14.竜の巣
点呼を終え、拠点を出てすぐ。
レイモンドは他の騎士たちの元を離れ、単独で山を登っていた。
長官と部隊長を除くヒラの騎士たちは、この近くに竜がいるかもしれないという情報をまだ知らない。
混乱を引き起こさないように、レイモンドが一人で先回りし、竜の痕跡を探すことになったのだ。
(拠点は大丈夫だろうか。戦力の薄くなったところに竜が出たら……)
竜は飢えていたり危機を感じたりしない限り、人を自ら攻撃することはないと言われている。
それでも心配なものは心配だ。
今朝もエレノアの前で、何度か挙動不審になってしまった気がする。
『ふふっ、そこまで言葉を並べなくても、もう無茶するなんて疑ってませんよ。ちゃんと薬をお渡しします。応援してますから』
薬を携帯したい、と言ったときのエレノアの言葉が耳に残っている。
応援している、とまっすぐに言われてしまったが、自分の今している単独行動が無茶でなくて何になろうか。
騙しているような気分になって、それから拠点のことが心配になって、レイモンドの脳内は忙しい。
(でも、俺が竜を見つけたうえで無事に報告を持ち帰れば、何の問題もないんだよな。うん、そうだ。そうしよう)
悲劇を未然に防ぐため。なんとしてでも役目を果たさないといけない。
ポケットに入れた、エレノアから託された巾着袋に触れ、レイモンドは気合いを入れ直した。
* * *
「うわぁ、すごい……っ! なんですかこの景色! 天国!?」
「はは、大げさだね。いや、エレノアにとってはそうなのか」
「はい、そうです。そうなんです! うちの近くで買おうと思ったら、今回の遠征の報酬金でも足りません。それくらいのお宝ですよっ!?」
拠点を抜け出し15分ほど歩いたところに、一つ目の採集スポットがあった。
先導してくれていたアルフレッドを追い抜いて、エレノアは思わず駆け出す。
そこに広がっていたのは、貴重なハーブの群生地だった。
「これは火傷に効くヌメリソウ……しびれ消しの天狗花に、気付けのハーブもこんなにいいものが……!」
「よくそんなに種類を覚えてるね」
「もちろん、知らないものもあります。これはなんでしょう? うわっ、折ると汁が……」
足元に生えていた見たことのない植物の茎をポキリと折ると、白い液体がとろりと漏れてきた。
多分触ると手がかぶれるタイプだ、と経験則から判断して、慌てて手を離す。
折れた茎の中に、アロエのようなプニプニしたゲル状の身が見えた。
(多肉植物!? この世界で初めて見た……!)
驚きを声に出しそうになってギリギリこらえた。
“この世界で”なんて言ったらアルフレッドに変人扱いされかねない。
もうすでにちょっと引かれている気がするし。
「気が済むまで採集したら、次に行くから声をかけて。ちょっとトレーニングしてるよ」
「はいっ」
アルフレッドはエレノアを自由にさせて、自分は見晴らしのいい木のそばで時間を潰していてくれるようだ。
彼の言葉に甘えて、エレノアはしばしハーブ摘みに没頭した。
(あれ? 今何か……)
採集を始めてから、何分経っただろうか。
時の流れも忘れて没頭していたエレノアは、ふと手を止めて顔を上げた。
今日は晴天。夏の太陽が燦々とあたりを照らしている。
ここは木に囲まれているので木漏れ日しか感じないが、今一瞬、空が陰った気がしたのだ。
「アルフレッド様ー? いま、何か通りませんでした? って、素振りしてる……」
少し離れたところにいるアルフレッドに声をかけるが、彼は剣を抜いて素振りを繰り返しており、こちらに注意を払う様子はない。
返事もないので、エレノアはもう一度改めて空を見上げてみた。
雲ひとつない、快晴。木々の隙間からでも青空が見えている。
遮りそうなものは何ひとつ、上空には見当たらなかった。
(鳥でも通ったのかなぁ? 凶暴な魔物じゃないといいけど……襲われてないってことは、平気だよね)
ひとつ首を傾げたあと、エレノアはまだまだ目の前に広がるハーブの群れに意識を戻した。
* * *
「はぁ、はぁ……見つけた……」
拠点から北東、2時方向の山頂を越えた先。
木々がなぎ倒され、捻じ曲げられて、森の中に不自然に穴が空いたようなくぼみができていた。
それを発見したレイモンドは、気配を殺しながら静かに近づく。
竜の生態には詳しい。
騎士として、それに竜災の惨さを知る者として、知識をつけ対策を練ることは当然の使命だ。
ウルフロッドから報告のあった痕跡の場所を起点に、次の痕跡、また次の痕跡と探していくと、ここに行き当たったのだ。
(竜の巣……大きさ的に、番か子持ちだな)
くぼみは目測でも直径20メートル近くあった。
竜は大きいものでも体長4メートルがせいぜい。1体でこの広さは持て余すだろう。
捜索にかなり時間がかかってしまい、空はすっかり夕暮れの赤色だ。
暗くなる前に、竜の姿を確かめておかないと。
身を隠しながら、外周をぐるりと回って竜の姿を探す。
羽を休めている小型の飛竜が1体、見えた。
(まだ子どもだ。親は——)
レイモンドは拠点の方を振り返る。
遮る木々がすべてなぎ倒された竜の巣からは、山の麓の景色がよく見える。
赤い陽に照らされて空を横切る、灰色の巨躯も。
「まずい、そっちは……!」
ちょうど拠点の方角に向かっていく2体の飛竜の姿が、確かにレイモンドの目に映っていた。
レイモンドは身を隠すのも忘れて、草木をガサガサと踏み分けながら、全速力で来た道を戻る。
「っ……間に合え、被害が出る前に……!!」
頬を草木の枝が切り裂き、山の斜面を滑り落ちて服が破れる。
一瞬痛みに顔を顰めたレイモンドだが、エレノアにもらった薬を口に放り込むと、再び帰路を急ぎはじめた。




