13.あとで怒られるとしても
(ああ、ごめんなさいレイモンド様……。私、もう見ていられなくて……)
静まり返った店の中。
デボラは心の中で一人、王都の北の方に向かって謝罪する。
そんなことをしても、何も意味はないのだが。
「あぁ、俺はレイモンドに依頼されてここに来た演者だ。……が、言ってよかったのか?」
「え? 嘘? ど、どういうことだ、デボラ!」
「じゃあ……俺の神殿への未払いは? 最近発覚したっていうのは、」
「でっちあげだ。とはいえ取り立て自体は俺の本業だ、騙されるのも無理はない。悪かったな」
そう言って、男は被っていたフードを下ろした。
焦げ茶色のさらりとした長髪がこぼれ、店の光に照らされる。
「近衛騎士のラインハルトだ。普段は王都で暮らしているが、レイの友人ならこれからも会うことがあるかもな」
言葉に反して悪びれる様子もなく、ラインハルトと名乗った騎士はロランに握手を求めた。
ロランは不服そうに首を何度も傾げながらも、とりあえずその手を取る。
その様子を見ていたデボラは、安堵して肩の力を抜いた。
(ロランさんがお店を裏切るつもりじゃなかったのは、私が確認したもの。これでよかった……よね)
帰ってきたレイモンドに怒られたとしても、お店が今めちゃくちゃになるよりも何倍もマシだ。
これで一件落着だ、とデボラは自分に言い聞かせるように何度も心の中で呟いた。
* * *
店でそんな一悶着が起きていることなどつゆ知らず。
翌朝、エレノアは浮かれた気分で早起きをしていた。
早朝のキャンプは厳かな空気で満ちている。
まだ太陽は山に阻まれて姿を見せず、あたりを照らすのは朝焼けの薄明かりだけ。
ときどき、ランタンもつけず武器を磨く騎士がいる。
まだ眠っている仲間を起こさないようにしているのだろう。
金属の擦れる音だけが響くなか、エレノアは仮設シャワーまで顔を洗いに行った。
頭をさっぱりさせてから歩く涼やかな午前6時前。爽快な気分だ。
「エレノア? 珍しいな、こんな時間に」
「レイモンド様。おはようございます」
「おはよう。ちょうどよかった、話しに行こうと思っていたんだ」
「なんでしょう?」
最近は毎朝決まった時間にレイモンドの元を訪れ、傷を診て、薬草の効き目を確かめさせてもらっている。
しかしレイモンドの方からエレノアに用があるとは珍しい。
エレノアが首を傾げると、レイモンドは言いにくそうに頬を掻いた。
「俺は……俺の班が、昨日までよりさらに前線に向かうことになって。薬を携帯しておくように、長官から言われたんだ。もちろん無理はしないぞ? ただ念のため、もし万が一何かあったときの生命線として——」
「ふふっ、そこまで言葉を並べなくても、もう無茶するなんて疑ってませんよ。ちゃんと薬をお渡しします。応援してますから」
「あ……そうか。ありがとう」
いつかエレノアが無茶をするなら薬を渡さない、と叱ったことが堪えているのだろう。
やけに丁寧なレイモンドの物言いに、エレノアはくすくす笑う。
レイモンドは恥ずかしく思ったのか、目を逸らしながら礼を言った。
「あとで傷を診にくるときに、一緒に薬もお持ちしますね。甘くないミントキャンディを作ってみたんですが、それでいいですか?」
「ああ。キャンディなら持ち運びしやすいし、助かるよ」
「はい。では後ほど」
寝起きでタオルしか持っていない油断しきった姿のエレノアは、一度そそくさと自分のテントに戻った。
きちんとした外出着に着替え、髪をセットしていると、起きてきたロゼが不思議そうにエレノアを見る。
「今日はずいぶん早起きね。機嫌もいいし、何かあるの?」
「あっ、わかっちゃいましたか? ふふふ……なんとついに! 薬草狩りに行けることになったんです!」
「なるほど、それなら納得だわ。気をつけていってらっしゃいね」
「はい。アルフレッド様が一緒なので、困ったときは頼ります!」
今日はアルフレッドが拠点警備としてキャンプに残る日。
そのついでに、エレノアに拠点の周りの採集スポットを案内してくれると言うのだ。
彼の提案にエレノアは二つ返事で乗っかった。
他の騎士には内緒だと言われたが、ロゼには話しても大丈夫だろう。どうせ出発するときにはバレるし。
「あら、それじゃ今日の留守番は私一人ね」
「メメルさんもガーベラさんも、今日は出陣ですか?」
「うん。久々の任務」
「私もお休み明けです。がんばりますよぅ」
女性用テントを一緒に使っているメメルとガーベラは、二人とも今日は調査班に同行するらしい。
ロゼ以外の三人でともにテントを出る。
メメルとガーベラはそのまま調査隊に加わるが、エレノアはレイモンドの元に向かった。
「レイモンド様! これ、持って行ってください」
「ああ、ありがとう。……今日も拠点で待機、よろしくな」
薬の入った巾着袋を手渡すと、レイモンドに普段言わないことを言われてエレノアはギクリとする。
今日の予定を見透かされているのかと思った。
なんとかごまかそうと、エレノアは作り笑いを浮かべる。
「昨夜の傷は跡も消えていますね。でも、今日も無理なさらずに」
「ああ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
幸い、それ以上追及せずにレイモンドは出陣の合図を待つ騎士たちの列に加わった。
このあと点呼があってから、騎士たちは部隊に分かれて各自の目的地に向かう。
儀式のようなそれを見送ったところで、エレノアの後ろに歩み寄る影があった。
「よし、無事にみんな出発したね。僕たちも行こうか」
「アルフレッドさん。今日はよろしくお願いします!」
「ああ。とはいっても、今回の調査では拠点の周りじゃほとんど魔物は見つかっていない。きっと僕の出る幕はないと思うけどね」
「確かに聞きませんね。普段の遠征なら、拠点でももっと魔物の気配を感じるものですか?」
「そうだね。2ヶ月前に森にキャンプを張ったときは——」
二人は雑談をしながら、軽い気持ちでキャンプを抜け出す。
その日が長い長い運命の一日になるなんて、二人とも——いや、誰一人予想していなかった。




