12.計画はめちゃくちゃ
『エレノアの留守中に、ロランが金庫の金を盗めるチャンスを作ってほしいんだ』
二週間前、レイモンドから言われた。
当然デボラはぎょっとして首を振ったが、彼は引き下がらない。
ロランが裏切るつもりでこの店にいるわけではないと証明するために必要なことなのだ、とレイモンドは計画を話してくれた。
デボラは店の方に注意を向けながら、薬作りを続ける。
レイモンドの計画が無事に実行されているなら、そろそろ店に怪しい客が来るはずだ。
ロランに揺さぶりをかけて反応を見るためのサクラを、レイモンドが用意したのだ。
(レイモンド様、よっぽどロランさんのこと不審に思ってるんだな。ふつう、ここまでしないよ……)
気になってしかたがないが、デボラはあくまで素知らぬふりをしていなくてはならない。
もしロランが本当に金庫のお金に手をつけたり、何か問題行動を起こしたりしたときに初めてデボラの出番がやってくるのだ。
そう思いながらもそわそわしているデボラの耳に、店の扉が開いたことを示すベルの音が聞こえてきた。
続いて届くのは、ロランの接客の声だ。
「いらっしゃいませ〜! あっ、お疲れさまです親方!」
「おう。デボラはいるか?」
「呼びますね。おーい、デボちゃん? お父さんが来てるぜー?」
店に続くカーテンをぺらりとめくって、ロランが声をかけてくる。
予想外の人物の登場に、デボラは背中に冷や汗が伝うのを感じていた。
(なんてタイミングの悪い人……! これじゃレイモンド様の計画が……)
店にはロランとサクラの二人だけにしないと意味がないのに。
デボラはさっさと父親を家に帰すため、慌てて店先に出た。
「お父さん? どうしたの、スナックなら私が買って帰るからいいって……」
「いや、なんだ。近くまで来たもんだから、お前の働く姿を見て行こうと思ってな」
頬を掻きながら、デボラの父親・ディエゴは照れ臭そうに言う。
彼はもともとこの店のお得意様として薬をしょっちゅう買いに来ていたが、今は仕事帰りにデボラが薬を買って帰っているので事足りているはずだ。
それなのに妙な親心を発揮して店に来てしまったらしい。
よりにもよって今日、レイモンドが仕込みをしたこの日でなくてもよかっただろうに。
「じゃっ、じゃあ、薬を買っていく? 私が接客するから。働く様子が見たいならそれで十分でしょ?」
「ああ、いいなぁそれ。しかしお前、なんか焦ってるか?」
「別に? 急にお父さんが来てびっくりしてるだけ。ほらどうぞ、いらっしゃいませ」
デボラは投げやりな言い方をして、カウンターのレジの横に立つ。
その態度に苦笑しながらも、ディエゴはデボラに向かって薬の注文を始めた。
(よし。この調子で早く帰らせて……って、)
これでなんとかなる、と思ったのもつかの間。
再び、店の扉が開く音がする。入ってきたのは、明らかに怪しいオーラを放つフード姿の男だ。
ディエゴがちらりと後ろを確認し、身構えるのがわかった。
「おっと、いらっしゃいませ! 初めてのお客さんですか……って、アンタは」
一触即発の空気の中で、ロランがカウンターを出てフードの男に歩み寄る。
彼こそがレイモンドが用意した、ロランを試すためのサクラに違いない。
本当はここにいる筈ではなかったデボラは、怯えたふりをしながら、事態の行く先を静かに見守ることにした。
「……ロラン。決心はついたか?」
フードの男はロランよりさらに背が高かった。
値踏みするようにロランを上から睨みつけ、揺さぶるように問いかける。
ロランは逡巡したあと、男から目を離さないまま言った。
「デボちゃん、親方。ちょっと離れててくれない? 俺の個人的な問題に、二人を巻き込みたくないんス」
「で、でも……」
「何をする気だ、ロラン。個人的な問題って、ここはお前の個人的な場所じゃなくエレノア嬢ちゃんの店だろうが」
「わかってるスけど、これは——」
ディエゴに咎められたロランはなおも食い下がるが、それを遮るようにフードの男が淡々と言った。
「その男、神殿治療費の未払いがある。本来なら差し押さえが入り、店で雇うことも罪になるはずだ。どうして逃れたのかは知らんが……今すぐ払えるのであれば見逃す、払い方はなんでも構わん」
「それでロランに、何の決心が必要だって?」
「自分の給金で足りないのならどうすべきか、だ。この店だって、犯罪者を匿った非合法組織として扱われるよりマシだろう」
「……なんだって? 犯罪を取り締まるためにさらに罪を犯させてどうする? ロラン、お前もだ。そんな重大なことを隠していたうえ、まさか店の金を盗るつもりだったんじゃねえだろうな!?」
話を聞いてディエゴはヒートアップする。
フードの男にもロランにも噛みつく父の姿を見て、デボラの内心はめちゃくちゃだ。
(どどど、どうしよう。レイモンド様の計画だよね、これ。金庫のお金を盗らせようとしてたんだもん。それなのにお父さんのせいでもうめちゃくちゃ……!)
頭を抱えてみても、解決策は湧いてこない。
それどころか、店の中はどんどんうるさくなる。
「店の金に手を出すつもりはありません! でも、俺の貯金だけじゃ到底足りない。店に迷惑かけるわけにもいかないし、俺は……」
「なら辞めて俺の紹介する職に就くか? 罪を認め、償うにはそれしかないぞ」
「なんだ、そういうのがあるんじゃねえか。そうしろロラン、お前なんか辞めちまえ! 店は嬢ちゃんが帰ってくるまで、デボラと俺がなんとかしてやる!」
レイモンドの作った設定にも、少々無理がある気がするが。
それに直面して本気で悩むロランと、ロランが罪を隠してエレノアの懐に入ったと勘違いして怒るディエゴ。
そして本来の筋書きと違うはずなのに、淡々と追及を続けてくるフードの男の言葉に、デボラはだんだん不安になってくる。
(これ、本当は全部嘘……なんだよね? ロランさんが本当に神殿にお金を納めていなかった犯罪者ってわけじゃ、ないんだよね……? ああ、もうだめ我慢の限界!!)
収拾がつかなくなってきた店の中心。
デボラはキッと顔を上げて、叫ぶ。
「みんな、落ち着いて! これ全部、レイモンド様が考えたお芝居です! そうですよね、フードの騎士様!?」
一瞬前まで騒がしかった部屋の中が、シンと静まり返った。




