11.その頃、各地
手持ちランタンの明かりだけが照らす、薄暗い天幕の中。
騎士団の上官たちが集まるそこは、異様な重苦しい雰囲気を放っていた。
普段は指揮官ライカンが寝泊まりしているテントに、呼び出された騎士が窮屈に詰めていた。
レイモンドの直属の先輩でもある副官ウルフロッド、拠点防衛の責任者を担う軍師パンテオン。どちらも一級騎士だ。
二級騎士であるレイモンドがいちばんの下っ端になる機会などそう多くはない。
重い空気なのもあり、緊張しながらレイモンドはテントに入る。
「レイモンド、到着しました」
「オウ。そこ座れ」
「はい」
筋骨隆々の男たちに囲まれて、レイモンドは体を小さくして座り込む。
呼び出した全員が揃ったのを見て、ライカンが話しはじめた。
「お前たち、寝たいところだろうに悪いな。手短に終わらせる。今日、第1調査班から報告があった……ウルフロッド、頼めるか」
「はい。ただの勘違いではないと確信しています。北東、ここから2時方向に見える山頂付近で——本日、竜の爪痕を発見しました」
竜。その言葉にレイモンドは顔を強張らせる。
ウルフロッドは、彼の見つけた竜の痕跡を詳細に語る。
「爪の痕は3本だったため、飛竜か土竜かと思われますが詳細不明。姿を見たものもおりません。しかし当該の山には他の魔物が見られず、竜から逃げた魔物が他所に出没している可能性が高いです」
「ではここ最近の被害も、竜に棲処を追われた魔物の仕業か……」
「ご明察です、パンテオン殿。そして、まだこの近くに竜がいるとすれば、こちらから居場所を捕捉し先に叩く必要があります」
ウルフロッドが言葉を切ると、三人の視線がレイモンドに集まる。
自分がなぜこの場に呼ばれたのか、レイモンドもその理由を察しはじめていた。
「そこで、だ。レイモンド、君は明日から、竜を探すために単独行動を取ってほしい」
ライカンの言葉は大体予想がついていた。
レイモンドは眉をひそめて、ライカンに苦言を呈する。
「俺1人で、ですか。いや、違うな……他の騎士や治癒師たちには伝えないつもりですか?」
「……ああ。無用な混乱は避けるべきだ。確実に居場所と竜種がわかってから、改めて対策部隊を再編成する」
「俺が確実に見つけられる保証はありません。先に他の者が接敵したら……」
「では、各部隊の隊長にだけは伝えよう」
譲歩したような態度をとっているが、最初からそのつもりだったのだろう。
ライカンという男はそういう指揮官だ。自分の最善を曲げず、部下を説き伏せる。
(不安だ。もし飛竜なら、俺が徒歩で見つけられる可能性は低い……それに、あの生き物が調査中現れたら、誰だって——)
レイモンドの脳裏に、かつて見た飛竜の姿が蘇る。
街に向けて火を噴き、羽で起こした風で建物を破壊し、その巨体で陽の光を翳らせていた、絶望の象徴。
魔法で起こされた炎も旋風もレイモンドには効かないのに、それでも足がすくんだ。
この遠征には新米騎士や魔物に慣れない治癒師も参加している。
レイモンドが無理を言って連れてきた、エレノアだっている。
彼らがもし最初に竜に会ってしまったら。レイモンドは最悪を想定して顔を白くするが、ライカンはさらに言い募る。
「お前なら治癒師もつけず、単独で竜種を探しにいける。薬を携帯しておけば命の危機に瀕することはないのだろう? 最も安全で確実な手段だ」
「それは、確かにそうですが……」
「諦めろ、レイモンド。なに、誰かが竜に見つかるより先に、お前が竜を見つけてやりゃいいんだ」
パンテオンが苦虫を噛み潰したような顔と声で言った。
彼はライカンに次ぐ年長者だ。こうなってはライカンが考えを曲げないことを身をもって知っている。
「その通り。そのための単独行動だ。頼めるな?」
「……わかり、ました」
どうあれレイモンドに拒否権はない。
そう理解して、彼は渋々ライカンの言葉に頷いた。
* * *
その頃一方、辺境の街。
エレノアの旅立ちから二週間が経ち、店主不在の薬屋は大忙しだった。
一度加工した薬は一ヶ月も経たないうちに悪くなってしまう。
出発前にエレノアが作り置きしていった薬がそろそろ店に出せなくなるので、在庫の整理をし、新しい薬を作らなくてはならない。
デボラとロランは2人で協力して棚卸しに励んだ。
古くなった薬の数を数えて、減った分だけ新しく作る。
幸い、売上の予想を立てて作っておいたおかげでそこまでロスは多くなかった。
しかし問題はここからだ。
次の2週間分の薬を作っておかなければならない。
薬草畑担当となったロランが畑と店を往復し、それを受け取ったデボラがたどたどしい手つきで薬を作る。
もちろん店にお客さんが来たらそちらの対応が優先だ。
薬作りは1日では終わらず、ここ2、3日デボラは台所にカンヅメだ。
そしてこの忙しい時期こそが、レイモンドの考えたある企みに適していた。
デボラは薬を作りながら、台所に吊られたカレンダーを見つめる。
(遠征開始から、ちょうど15日。今日がレイモンド様の言っていた日、だよね……)
出発当日の朝、デボラだけが呼び出されてレイモンドから話を聞いた。
ロランが本当に信用に足る人物か確かめるための策があると彼は言い、協力を持ちかけられたのだ。
そのときのことを思い出すと、そわそわと胸がざわめく。
デボラは店の方に不安げな視線を向けた。
揺れるカーテンの向こうには、何も知らずに店番を務めるロランの姿があるだけだ。
(どうか……どうか、何も起こりませんように)
静かに祈りながら、デボラは店の方をしばらく見つめていた。




