4.始まった日常
✅4.始まった日常
期待している――ホリーはそう言ってくれたが、薬屋の営業はそううまくはいかなかった。
お客さんがいないわけではない。
人が来るように、実家の場所ではなくあえて街の中心部、神殿のそばに店を構えたのだ。
治癒魔法をかけてもらいにいくほどではない、軽い擦り傷や打ち身、風邪、腰痛……主訴さまざまなお客さんたちが、店にやってきてはくれる。
しかし彼らの第一声は決まってこうだ。
「薬草はないのか?」
決まってエレノアは一生懸命に店のコンセプトを説明し、おすすめの薬を選ぶ……のだが。
「ええと、はい。飲みやすさを重視して、生の薬草は販売していなくて……痛みにはこの薬茶がいいですよ。お湯に溶いて飲むとすぐ効いてきます」
「……そういう新しいのはわからんのじゃが。ただ普通の薬草があればいいんじゃ」
「そう言わずに、一度飲んでみてください! 薬草よりずっと飲みやすくてずっとよく効きますよ!」
「いやぁ、薬草の方が安いしのう。他をあたってみるわ」
と怪訝な顔をされて逃げられることもしばしばだった。
辺境の街だから老人が多く、農業をしている人も多い。
薬草を栽培している人自体はそこまで珍しくないのが裏目に出ていた。
(薬草を調達しやすいのはいいことだし、助かってる部分もあるけれど……生の薬草信仰、みたいなものを感じる)
エレノア自身も父の知り合いから土地を借りて、薬草畑をやっている。
この街は薬作りに最適な自然豊かな街だが、それゆえに敵も多かった。
(応援してくれる人がいないわけでもないんだけど)
そう思っていると、ちょうど思い浮かべていた人が店にやってきた。
汗と油のにじんだタンクトップからムキムキの腕をのぞかせる、いかにも職人という見た目の男性だ。
「ディエゴさん! いらっしゃいませ」
「おう、今日も頑張ってるか。さっき手ぶらの爺さんが出てきたが……」
「生の薬草がいいって、また言われちゃいました」
「そうかぁ……大変だな、嬢ちゃんも」
ディエゴは、エレノアの父が懇意にしている工房の親方だ。
エレノアにとっては、子どもの頃からよく面倒を見てもらっていた、近所のおおらかで豪快なおじさんである。
「今日もスナックを補充に来たぜ。飯につけるだけで労災防止になるってのはいいもんだ」
彼の工房は、土木工事から細々した魔導加工品の作成まで、街のあらゆる力仕事を請け負っている。
若者からベテランまで、多くの男性たちが日々汗を流して働く工房では、日々怪我をしたり体を痛めたりする人が絶えないらしい。
そこで、エレノアの店の薬を食事と一緒に従業員に出すことにしたのだそうだ。
「いつもありがとうございます! 皆さんが働きやすくなってるなら嬉しいです」
「おう。おかげさんでみんな元気そうだ。風邪も引かねえしな」
「それはよかったです。通常の薬草だけじゃなくて、野菜やハーブもたくさん入れているので栄養もバッチリ取れるんですよ」
ディエゴがいつも買ってくれる“スナック”という薬は、その名の通り薬草や野菜を使ったパリパリとした食感の食べ物だ。薬というより、お菓子と言ったほうが正しいかもしれない。
前世でいうポテトチップスから着想を得て作ったのだが、出来上がったのはオーガニック野菜チップスといったところだろうか。
揚げたことで生の薬草特有の苦味は薄まっているので、塩を軽く振るだけでおいしく食べられるのがポイントだ。
「あとは、この店ももっと評判が上がるといいんだけどなぁ」
「そうですね。でも薬のことですし、試してみるハードルが高いのもわかるんです。何か、きっかけがあれば……」
「騙されたと思って食ってみろ……と触れ回りたいとこだが、誰も薬に騙されてぇ奴なんていねえしなぁ」
ただ薬を買ってくれるだけでなく、こうして弱音まで聞いてくれる人がいるのはありがたいことだ。
エレノアは感謝を胸に、紙袋いっぱいにスナック薬を詰めてディエゴに手渡した。
「お待たせしました! スナック一袋で、3000ゴールドになります」
「はいよ。ありがとな、また!」
軽やかに片手をあげて店を出ていくディエゴを見送ろうとして、エレノアはふと気がついた。
ガラス戸の向こうに見える街の中央広場がやけに騒がしい。
普段は穏やかな人の往来しかないのに、今は走り回る人の影が見えた。
「……何かあったんですかね」
「ちょっと見てくるよ」
ディエゴはそう言って店を出ていく。
そして広場の中心から人々の走ってくる方を見て、何かに気がついたようだ。
慌てて店まで戻ってきたディエゴは、自動扉が開くのも待ちきれないと言った様子で中のエレノアに向かって叫んだ。
「稼ぎ時が来たぞ、嬢ちゃん!!」




