4.簡単にはいかない
期待している――ホリーはそう言ってくれたが、薬屋の営業はそう簡単にはいかなかった。
お客さんがいないわけではない。
商業ギルドの融資で、気合いを入れて広告も出した。
病気やケガで悩む人が来やすいように、あえて神殿のそばに店を構えた。
その戦略は間違っていなかったみたいで、興味ありげに店を覗きに来てくれる人は少なくない。
しかし、彼らの第一声は決まってこうだ。
「薬草はないのか?」
そう聞かれるたび、エレノアは一生懸命に店のコンセプトを説明し、おすすめの薬を選ぶ……のだが。
「飲みやすさを重視して、生の薬草は販売していなくて。痛みにはこの薬茶がいいですよ。お湯に溶いて飲むとすぐ効いてきます」
「……そういう新しいのはわからんのじゃが。ただ普通の薬草があればいいんじゃ」
「そう言わずに、一度飲んでみてください! 薬草よりずっと飲みやすくてずっとよく効きますよ!」
「いやぁ、薬草の方が安いしのう。他をあたってみるわ」
と怪訝な顔をして帰られることもしばしばだった。
ここ、フェルノースは山に囲まれた辺境の街。
豊かな自然は、薬草の栽培にも適している。
エレノアが作る薬がなくとも、薬草でよければ簡単に手に入るのだ。
(私も自分で畑を持ってるし、薬草を調達しやすいのは助かってる。でも私は、薬草より薬の方がいいって広めたいのに……なかなか、うまくいかない)
とはいえ、応援してくれる人がいないわけではない。
そう思っていると、ちょうど思い浮かべていた人が店にやってきた。
油のにじんだタンクトップから、筋肉のついた太い腕が覗く。
褐色の肌に汗を浮かべた、いかにも職人という見た目の男性だ。
「ディエゴさん! いらっしゃいませ」
「おう、今日も頑張ってるか? さっき手ぶらの爺さんが出てきたが」
「生の薬草がいいって、また言われちゃいました」
「そうかぁ……大変だな、嬢ちゃんも」
ディエゴは、エレノアの父が懇意にしている工房の親方だ。
エレノアにとっては、子どもの頃からよく面倒を見てもらっていた、第二の親のような存在である。
「今日も薬チップスを補充に来たぜ。飯につけるだけで労災防止になるってのはいいもんだ」
ニカリと笑って、ディエゴは店頭にある試食用のディスプレイを指差す。
緑、赤、黄色……さまざまな色の薬草とハーブがカラリと揚がったスナック菓子のような見た目だが、これもれっきとした薬である。
「ありがとうございます。工房の皆さんの役に立てているでしょうか」
「ああ。怪我はすぐ治るし、風邪を引くやつも減ったように思うよ」
彼の工房は、土木工事から魔導加工品の作成まで、街のあらゆる力仕事を請け負っている。
老いも若きも、多くの男性たちが日々汗を流して働く工房では、怪我をしたり体を痛めたりする人が絶えないらしい。
そこで、福利厚生の一環として、エレノアの作った薬を食事と一緒に従業員に出すことにしたのだそうだ。
ディエゴが定期的にこうして薬チップスを買いに来てくれるだけで、店はかなり助かっている。
エレノアは安堵の笑顔を浮かべ、薬を詰めるための紙袋を手に取った。
「それはよかったです。ハーブや野菜も入っているので、たしかに風邪予防にも効果はあると思いますよ」
「なるほど。いろいろ考えられてるんだな。野菜嫌いの若造どももよく食ってるし」
それがエレノアにとって一番嬉しい褒め言葉だ。
誰でも嫌がらず食べられる、“おいしい薬”。
なかでも、前世でいうポテトチップスから着想を得て作った薬チップスは、まさしく子どもや野菜嫌いの人向けである。
ほくほく顔でディエゴからの感想を聞いていると、ディエゴは工房を一人で背負う親方らしく、厳しい表情になった。
「あとは、もっと評判が上がるといいんだけどなぁ」
「う……そうですね。でも薬のことですし、試してみるハードルが高いのもわかるんです。何か、きっかけがあればいいんですけど」
「騙されたと思って食ってみろ、と触れ回りたいとこだが。誰も薬に騙されてぇ奴なんていねえしなぁ」
ただ薬を買ってくれるだけでなく、こうして弱音まで聞いてくれる人がいるのはありがたいことだ。
エレノアは感謝を胸に、紙袋いっぱいにスナック薬を詰めてディエゴに手渡した。
「お待たせしました! スナック一袋で、3000ゴールドになります」
「はいよ。ありがとな、また!」
軽やかに片手をあげて店を出ていくディエゴを見送ろうとして、エレノアはふと気がついた。
ガラス戸の向こうに見える、神殿前の広場がやけに騒がしい。
普段は穏やかな人の往来しかないのに、今は走り回る人の影が見えた。
「……何かあったんですかね」
「ちょっと見てくるよ」
ディエゴはそう言って店を出ていく。
そして広場の中心から人々の走ってくる方を見て、何かに気がついたようだ。
慌てて店まで戻ってきたディエゴは、自動扉が開くのも待ちきれないと言った様子で中のエレノアに向かって叫んだ。
「稼ぎ時が来たぞ、嬢ちゃん!!」




