3.エレノアの夢
「——私、“おいしい薬”を作りたいんだ」
「……“おいしい薬”?」
エレノアの宣言を聞いて、ホリーは目を丸くしてフレーズを繰り返した。
彼が驚くのも無理はない。この世界では、薬と言えば生の植物。治癒力増強に役立つ薬草や、さっきもらったイタミドリのような特殊な効能を持つハーブ類を、必要に応じてそのままかじる。それがこの世界での応急処置だ。
しかし、エレノアの脳裏に焼き付くのは、竜災のときに見た薬草を吐き出す怪我人の姿。
「しんどいときに苦いものを飲みたがる人なんていないでしょ? せっかく便利な薬草があるんだから、使いやすくしないともったいないと思うの」
「なるほど……薬草を使いやすく、か。僕は薬草って口にしたことがないんだけど、そんなに苦いの?」
「あ、食べてみる? きっとびっくりするよ」
エレノアは店のバックヤードへ、ホリーを手招く。
保管してある薬草を1枚、一口大にちぎって差し出すと、ホリーは何のためらいもなくひょいとそれを口に入れた。
「……っげほ、ゴホッ!!」
「そうなるよね……お口直しにこれ、どうぞ」
続いてエレノアが差し出すのは、“キャンディ”とラベルのついた薬だ。
薬草特有の青臭さと苦味に耐えかねたホリーは、急いでそれを口に放り込む。
「! これはすごく……爽やかな……」
「でしょう? それも同じ薬草を使ってるんだよ。薬草の煮汁に、バイミントというハーブと、マンドラゴラの蜜を混ぜて固めたの」
「苦味が消えてる。甘いけど後味がスッとして、口の中が消毒されるような……不思議な感覚だ」
コロコロと口の中で飴玉を転がしながら、ホリーは感心したように頷く。
ミントのど飴をイメージして作ったので、狙い通りの食レポをしてもらえて嬉しかった。
「これなら病気や怪我があっても、飲むのが嫌じゃないでしょ?」
「むしろこれで不調が消えるなら、すすんで飲みたい人も多いだろうね」
「そう。だから“おいしい薬”を目指すの」
そもそもエレノアが――いや、前世のまだ何者でもなかった彼女が薬に興味を持ったのも、同じ理由だった。
現代日本に生まれた少女、天崎光梨。
幼いころから体が弱かった光梨は、薬なしでは生きていけなかった。
「こら光梨、また薬飲んでないじゃない!」
「だってにがくておいしくないんだもん! 学校でもだれものんでないよ!」
家にいるときは、母親が根気強く薬を飲ませてくれる。でも小学校にあがってから、そうはいかなくなった。
給食を食べたあと、苦い粉薬を一包、自分の力で飲まなくてはいけない。
まだ幼い光梨にとっては、それがたいへんな苦痛だった。
一度、薬局でもう薬は飲まないと駄々をこねたことがある。
一緒にいた母親だけではなく、薬局の事務員さんまで巻き込んで大騒ぎしたのだ。大層迷惑だったことだろう。
見かねた薬剤師のお姉さんが調剤ブースから出てきて、泣き喚く少女の頭を優しく撫でた。
「お薬、昼食後ですよね。小学校の給食は牛乳ですか? 水筒の飲み物は何を持って行ってますか」
「はい、牛乳で……水筒は今の時期はスポーツドリンクです。暑くなくなったら麦茶を」
母親の答えを聞いて、薬剤師のお姉さんはさらりと答えた。
「牛乳もスポーツドリンクもこの薬と合わせると苦味が際立ってしまうと思います。水道水もぬるいと匂いを感じやすいので非推奨です。水筒に冷たい水を入れて持っていったら、上手に飲めるかもしれません。水を口に含んで上を向き、唇に触れないように粉薬を口に入れてみてください。一気に飲み干すと、味は感じませんよ」
家に帰って、お姉さんの言うとおりに飲んだ薬はちっとも苦くなかった。
きっかけはたったそれだけの、小さなことだった。
(私みたいに薬を飲まないと生きていけない人たちが、少しでも苦しまなくて済んだら……)
ぼんやりとした薬剤師への憧れはやがて夢になり、猛勉強をして薬学部に入った。
そしていざ国家試験を受けようという日の朝――トラックに轢かれかけた子どもを助けようとして、呆気なく光梨は命を落とした。
気づけばこの世界に転生していた。
……と言っても、最初は前世のことなどすっかり忘れていたけれど。
10歳のとき——竜災の日にやっと、エレノアは全てを思い出した。
「……竜災の惨状を見たときにね、苦い薬を無理やり飲んでいた子どもの頃を思い出したの。それで、何か自分にできることはないかって考えるようになった」
「そっか。それで竜災のあとから、人が変わったように薬に没頭しはじめたんだね」
「え……」
前世の記憶を取り戻して、エレノアの考え方が大きく変わったのは事実だ。
見透かされているように感じてエレノアは言葉に詰まる。
しかしホリーは軽い調子で笑った。
「驚いたんだよ、君が何か一つのことに熱中するのを見るのは初めてだったから」
「あ、そういうこと……。熱中しすぎて、友だちも減ったもんね」
「ふふっ」
10歳までのエレノアは、もっと外を走り回ったり、どこかに出かけたりしていた記憶がある。
そんな人が突然自室にこもって薬の研究ばかりするようになったら、驚かれて当然だろう。
友人も減ったし、最近は父が用意するお見合いも連敗中だ。
「でもいいの。こうして店を開けられたし、祝いに来てくれる大切な友だちもいるしね」
「ふふ、それは光栄な役回りだ。でもね、ただ友だちってだけじゃなくて、僕はこのお店にとっても期待しているんだ」
「期待?」
予想外の言葉に目を丸くするエレノアに向かって、ホリーは微笑む。
「今味見させてもらって、もっと確信が強くなったよ。君の薬は、きっと世界を救うんだ」
まっすぐな瞳がエレノアを射抜く。
大袈裟だよ、と照れ笑いながらも、エレノアは心がじんわりと温かくなるのを感じていた。




