8.薬がいる理由
翌日から、騎士団による山中の調査が始まった。
凶暴化している魔物を討伐し、そうでない魔物は人里に降りてこないよう追い払うそうだ。
地図を片手にくまなく山の中を巡るらしく、苛烈な戦いが即座に巻き起こるわけではないとロゼが教えてくれた。
(昨日の私、よっぽど不安そうだったんだろうな……)
夜、なかなか寝つけないでいるエレノアを安心させるように、ロゼが今回の遠征についていろいろ話してくれたのだ。
その様子は、まるで子どもの寝かしつけだった。
ロゼのおかげでなんとか安心して、ベースキャンプを出ていく騎士たちを見送る。
まだ顔と名前はほとんど一致していないが、一糸乱れぬ連携で山に分け入っていく騎士たちの姿は頼もしかった。
「私は、私にやれることをしないと……」
エレノアは朝から薬作りに励んでいた。
せっかく時間と材料があるのだから、ひたすら研究あるのみだ。
拠点には何人か拠点防衛のための騎士が残っている。メメルやロゼも一緒だ。
食事こそ彼らと一緒にとったが、それ以外の時間ずっとエレノアは薬作りに明け暮れていた。
限られた環境と材料でいろいろ試してみることで、新しい発見があるかもしれない。
そして、いつの間にか日の暮れたころ。
「エレノア! 今戻った」
調理場の一角を借りて薬草をコトコト煮込んでいたエレノアに向けて声がかかった。
レイモンドだ。無事初日の調査から戻ってきたらしい。
エレノアは安堵してパッと顔を上げるが、すぐに血相を変えた。
「レイモンド様!? ちょっと、一体どうしたんですか!?」
「あぁ、ちょっと初日からかっ飛ばしすぎたか」
そう言いながらレイモンドは頬を拭う。
その顔と手には大量の擦り傷や切り傷が刻まれていた。
エレノアの心臓が、昨夜抱いていたのと同じ不安を思い出してどきりと鳴る。
(いったいどんな戦いをしたらこんなに……って、あれ? 服も汚れてないし、疲れてる感じもしない、よ?)
仕立てのよい騎士服にも、その上に身につけた鉄製の胸当てにも全く損傷がないことに気づき、エレノアは首を傾げる。
レイモンドは特につらそうな様子もなく、ついでに言うなら反省している様子もない。
道端でうっかり転んで怪我をしてきましたと言われた方がまだ納得のいく状況だ。
(それにしては、傷が多すぎるけど……)
渋い顔をするエレノアに、レイモンドは弁明する。
「心配いらない。ちょっとぶつけたりこすったりしただけだ」
「ちょっと、ですか……? あちこち血が出てますけど?」
「あぁ。エレノアが治してくれるだろ?」
そう言われてエレノアはつい、思い切り顔をしかめてしまった。
エレノアの不安や心配などつゆも知らず、無邪気に頼ってくるレイモンドの態度が腑に落ちなかったのだ。
「……薬に頼って捨て身の行動をするようなら、薬が出せなくなりますけど」
「別に捨て身ってほど無茶してるわけじゃないんだが……」
「じゃあなんですか。私は別に、レイモンド様が横着しやすくなるためについてきたわけじゃないんですよ!」
調理台の上に広げていた薬草や作りかけの薬を守るように手を伸ばす。
渡しません、とわかりやすくポーズを取ったエレノアを見て、レイモンドはやっとエレノアの主張の真剣さを理解したようだ。
頭を掻きながら身を屈めて、レイモンドは声をひそめる。
「これは別に今に始まったことじゃなくてだな。騎士団にとっては、これが普通なんだよ」
「そんなわけ……」
あたりを見渡せば、レイモンドと同じく今日の出陣から帰還した騎士たちが多く目に入る。
しかし、その中の誰もレイモンドのように小さな怪我を山ほどこさえてきているものはいない。
それどころか、皆ツヤツヤでピカピカの顔をしている。
(あれ……? いくら初日で危険がないとはいえ、さすがにレイモンド様以外の全員が無傷なんて……)
エレノアが違和感に気づいて顔を上げると、レイモンドは見透かしたように小さく頷いた。
「わかるだろ。どれだけ怪我を負っても、治癒師がリアルタイムで治癒魔法をかけてくれるならダメージはほぼ皆無だ。こんな小さな傷なら尚更な」
「……じゃあレイモンド様は、他の人たちが治癒魔法ありきで通る危険な道を、1人だけ生身で進んでるってことですか? 遠征中、毎日?」
「あぁ。“先駆け”なんて呼ばれちゃいるが、それは魔法戦のときだけ。普段はついていくのがやっとだよ」
「信じられない……」
エレノアは絶句する。
それでも仲間たちについていけてしまうレイモンドのフィジカルにも驚いたが、本題はそこではない。
レイモンドだけが無理をするこの状況が許され、受け入れられている環境そのものが、信じられなかった。
「どれだけ俺が君の薬で助けられたか、想像がつくだろ。そこに一ヶ月の遠征と来たんだ、呼びつけずにいられるか」
「……どうして、そこまでして任務を頑張るんですか?」
こんなことを聞いては失礼になるだろうと思ったときにはもう、言葉はエレノアの口から滑り出していた。
後悔しても、一度吐いた言葉は取り消せない。
レイモンドの瞳は、動揺したように一つぐらりと揺れた。




