7.英気を養う
野営地の芝生の上、みなカレーの乗った木皿を片手に思い思いに座り込む。
虫が突然たくさん現れた人間たちに驚いたかのように、地面を右往左往していた。
カレーの匂いに釣られたのか、空には大きめの鳥も飛んでいる。鷹系の魔物だろうか。
虫や動物が苦手でなくてよかった、とエレノアは内心安堵する。
もしいちいちそれらに怯えていたら、ここでは心臓がいくつあっても足りなさそうだ。
エレノアの両隣には、それぞれロゼとレイモンドが座って、カレーを頬張っていた。
「設営お疲れさま。今日中に終わりそう?」
「もうあと2、3時間で終わるんじゃないか。ベースのテントは立て終わって、あとは魔物避けを張るだけだ」
「魔物避け?」
「ああ。人を襲うようなやつじゃなきゃ俺たちも無闇に狩らないが、ここに入ってきたらややこしいからな。迷い込み防止の簡単な柵を作るんだ」
「逆にそれを越えてくるような攻撃性の高い魔物がいたら、駆除対象になる、というわけよ」
エレノアの疑問に、レイモンドとロゼが順に答える。
安全な拠点を確保するために、山の中に柵まで立てるらしい。
それは設営に丸一日かかるわけだ。
「なるほど。大変ですね、騎士様たち」
「まあ慣れたことさ。あ、そうだ、エレノアに俺の友人を紹介しておこう」
レイモンドはふと視線を遠くに向け、手招きをする。
彼の目線の先には、一番最後にカレーを取りに来てペコペコしていた、人のよさそうな茶髪の騎士がいた。
「どうした……って、もしかして彼女が!?」
「ああ。いつも薬を作ってもらってる、エレノアだ」
「わぁ、思ったより普通の……ごほん、可愛らしい女性だね。はじめまして、四級騎士のアルフレッドです」
「エレノアです! いつもレイモンド様にはお世話になっています」
エレノアたちと向かい合うように、アルフレッドは芝生に座り込む。
ぺこりと頭を下げると、気のいいニコニコとした笑顔が帰ってくる。
「俺の士官学校からの同期なんだ。優しいやつだから、何かあると頼るといい」
「はい。よろしくお願いします!」
騎士の階級のことはよくわからないが、四級ということはレイモンドの二階級下だ。
同期でもそんなに階級差がつくものか、とエレノアは驚く。
「騎士の昇進って、何で決まるんですか? 経歴じゃないんですね」
「経歴ももちろん関係するさ。ポイント制と言うのか? 任務や遠征に参加するだけでも評価は積もっていくが、武勲を上げたり危険な役目を担った者は昇進が早い」
「そうそう。だから僕が遅いんじゃなくて、レイが早いんだよ? いつも危険な先頭を走ってるからね」
「あ、すみません。失礼なことを……」
「大丈夫。もーっと嫌味っぽいことたくさん言われてるから、ねぇ?」
慌てて謝るエレノアに対して、アルフレッドは気分を害した様子を一切見せず、冗談めかして躱す。
レイモンドが彼を優しいと評した理由が早々にわかり、エレノアはホッとした。
「でも、お前も今回の遠征で昇級なんだろ? アル」
「まぁね。……そろそろ認めてもらえるといいんだけど」
「あら。噂のかわい子ちゃん?」
ロゼの口から飛び出すのは一見脈絡のない言葉だ。
首を傾げるエレノアに気がついて、アルフレッドは苦笑しながら説明する。
「好きな人がいるんだけど、ね。彼女本人にも家族にも、関係を認めてもらえてないんだ」
「彼女本人にも、ですか」
「でも想い合ってるのは確かだよ。この遠征が終わったら、改めて心からの想いを伝えるんだ」
アルフレッドはまっすぐな瞳で言い切った。
レイモンドは楽しそうにヒュウと口笛を吹いて茶化しているが、エレノアは背筋に嫌なものを感じていた。
(これって、いわゆる死亡フラグってやつじゃ……)
思いついた嫌な言葉を、頭をぶんぶん振ってかき消す。
遠征の間、自分を元気づけるために好きな人のことを考えるのが、悪いことなはずがない。
(それにしても。恋愛かぁ……)
隣にはロゼ、目の前にはアルフレッド。
2人とも自分の芯を持ったかっこいい大人に見えるが、恋をしているわけで。
エレノアは二度の人生で、どちらも恋愛とはさっぱり無縁だ。
だからと言って2人を羨ましいとは思わないが、案外不要なものでもないのかもしれない、と周りの人を見ていると思う。
(でも、私は……)
「エレノアちゃんは、恋人や好きな人はいないの?」
「えっ!? あ、もしかして声に出て……」
「うん。『恋愛かぁ……』ってプリンセスのようなため息をついてたよ」
「わぁ! 再現しないでくださいっ!!」
アルフレッドに指摘されて、エレノアは顔を真っ赤にする。
その隣で、なぜかレイモンドが真剣に息を呑む音が聞こえた気がした。
「わ、たしは……薬一筋なので! 恋愛の予定はありません!」
「そっかぁ。残念だったね、レイ」
「……お前な」
アルフレッドがニヤニヤとレイモンドを揶揄い、レイモンドはそれに仏頂面と低い声で答える。
なぜレイモンドに呼びかけたのかわからず、エレノアだけがぽかんとして首を傾げた。
* * *
何事もなく1日が過ぎ、夜。
テントがいくつも並び、魔導具の明かりで煌々と照らされたベースキャンプの中を、エレノアは歩いていた。
女性用のテントは4人で共用の、広いものだった。
エレノアとメメル、ロゼともう一人、ガーベラという女性の治癒師が一緒に使うことになる。
山の夜は涼しく、寝心地もよさそうだ。ジリジリという虫の音が、BGMのように響いている。
嬉しいことに、仮設の魔導シャワーが設置されていて汗を流すことができた。
エレノアはその帰りというわけである。
(寝て起きたら、いよいよ騎士の人たちは戦いに行くんだよね……)
まだキャンプは寝静まらない。
迫る戦いの気配に、エレノアはぷるりと身震いした。




