6.全時空共通の
真っ先に調理場に向かったメメルは、薪を組み上げながらエレノアたちを待っていた。
近くにはいくつも引き出しのついた大きな食材の保存庫がある。
魔法が組み込まれていて、冷凍も冷蔵も保温も引き出し一つ一つに自在に設定できる優れものだ。
鍋を用意し、メメルは組んだ薪を指差す。
「ここに火をつける。コンロはないのかという苦情は受け付けない」
「はっ、はい」
確かに、保存庫のような魔導具を持ってくるならコンロも持ってくればいいのに。
メメルに言われて気がついた。車に乗り切らなかったとかだろうか。
(でもまぁ、火打ち石で火起こしとかじゃないだけマシ……かな?)
エレノアはメメルの指示通り、薪に向かう。
きょろきょろと近くを見渡して、見つけた木の枝を地面から拾い上げた。
「じゃあ、ここに……〈着火〉」
小さく呪文を唱えると、木の枝の先にポッと火が灯った。
火が自分の方を向かないように、風向きを考えながら種火を薪の真ん中に放り込む。
「……意外。サバイバルの知識があるの?」
「え? いや、そういうわけでは……」
「初心者はたいてい薪に直接〈着火〉を打つ。そして火だるまになる」
メメルは平坦な声で恐ろしいことを言う。
確かに、こんなによく燃えそうな乾いた薪に直接炎の魔法を打ってしまったら大変なことになりそうだ。
その光景を想像したところで、エレノアはハッと気づく。
「じゃあ、私が火だるまになるのを見ようと……!?」
「違う。守っていたから火だるまにはならない、けど……不要だった」
メメルが指先をつーっと宙に向けて動かすと、エレノアの手を覆うように水色の光の膜が現れる。
ふっと指先を振るとかき消えたそれは、防御魔法の光だ。
自分に使われるのはもちろん、目の前で実際に目にするのもエレノアは初めてだった。
「すごい……! 珍しい魔法ですね!?」
「うん」
メメルはただでさえ深く被っていたフードをさらに引っ張って顔を隠した。
それが会話終了の合図に思えて、エレノアも口を閉ざす。
そこにロゼが水と生米の入った大鍋を持ってきた。
「エレノア、そこの三脚を取ってくれる? 鍋をかけるから」
「はいっ」
金属製の頑丈そうな鍋掛け三脚が用意されていたので、いそいそとそれを広げて焚き火の上に置く。
そしてロゼの持つ鍋を二人で協力してそこにかけて、蓋をした。
大勢の騎士たちのお腹を満たすために、土鍋の中にはずっしりとお米が入っている。
「騎士18人に治癒師6人、魔法士2人とエレノアだから……27人? これでも足りないから、もう一往復行くわよ。メメル、焚き火をもう一つ用意してもらえる?」
「しょーち」
ロゼと話すときのメメルは少し声が柔らかい気がした。
自分もこれくらい心を許してもらえるように頑張ろう、とエレノアは心に決めて、昼食の用意に精を出した。
太陽が空のてっぺんへ進み、影がどんどん短くなっていく。
火を焚いていることもあって、調理場はジリジリと暑かった。
定期的にメメルが魔法を使って冷風を流してくれるのだが、それだけでは涼しさが保たないほどだ。
「コメ、蒸らしに入る。野菜は?」
「切れました。お鍋そっちに行きますね!」
「うん」
1時間近くかけてやっとお米が炊き上がった。
お米を炊いていた土鍋と交換で、野菜と水の入った大鍋を火にかける。
キャンプで作る料理の定番は、異世界でも変わらないらしい。
全時空共通のキャンプ料理、カレーを今から作るのだ。
根菜とお肉をふんだんに入れて煮込み、沸騰したらスパイスを入れる。
カレールウの文明はこの世界にないので、適度な目分量で数種類の粉末を入れていくみたいだ。
味付けはロゼが手際よくやってくれた。
「お、いい匂いがしてきたな」
設営の途中で通りかかった騎士の1人が、ひょこりと調理場を覗いていく。
「暑くなる、出て行け。まだできてない」とメメルにすげなく追い払われていたが、騎士たちは皆お腹を空かせてこちらを気にしている。
実際、カレーの鍋からは食欲をくすぐるスパイシーな香りが漂っている。
(ここに薬草を入れたら嫌な匂いもしなくておいしいかも……)
と、いつでも薬のことを考えてしまうのはエレノアの職業病だろうか。
火の番をしていたエレノアの隣に、ロゼが歩み寄ってくる。
「ここに薬草を入れるのもイイな……なんて思ってる?」
「うぇっ!? な、なんでわかったんですか」
「ふふ。やっぱりね」
心の中を読んだかのようなロゼの言葉に、エレノアは仰天する。
ロゼはエレノアの反応を見て、いたずらが成功した子どものようににんまりと笑った。
「そういえば、あの植物図鑑は役に立ったかしら」
「あ、はい! じっくり読みました。ありがとうございます。熱で薬草の苦味成分が変質して、吸収を早める酵素の役割を果たすって話……」
「気になるでしょう? 遠征中も薬を作る機会は何度もあると思うから、試してみましょう?」
「はい、ぜひロゼさんにも見ていただけると!」
慌ただしくしていて、お礼を言うのをすっかり忘れていた。
協力的なロゼの言葉が嬉しくて、エレノアは声を弾ませる。
「もちろんよ。でも今は——先に腹ごしらえね!」
調理場の周りでは、設営を一区切りつけた騎士たちがソワソワと食事の用意を待っていた。
早く配膳をして、力仕事に明け暮れる彼らを労ってあげなくては。
カレーの盛り付けを始めながら、エレノアのお腹もぐうと鳴った。




