3.レイモンドの策
「手紙には具体的なことは何も書いていないって聞いたからな。俺から説明した方が判断しやすいだろうと思って」
「確かに、協力してほしいってだけで具体的なことは何も……」
便箋の大きさの割に、手紙には一つの文章がさらりと書かれているだけだった。
エレノアの答えを聞いて、レイモンドはカウンターの前まで歩み寄る。
話が長くなることを示すかのように、彼は体をカウンターにもたれさせた。
「これは口外無用で頼みたいんだが、来月、一ヶ月かけて王都北部の山岳地帯を調査することになった」
「来月? 急な話ですね」
「キャラバンを襲う魔物の報告が増えててな。それ自体は交易路を迂回させることで対策できるが、王都にかなり近いところでも被害報告が上がりはじめた。放置するわけにはいかない」
レイモンドの言葉は切実だ。
騎士団の仕事のほとんどは、人ではなく魔物と戦うことだ。
近隣の国とは友好が築かれ、戦争は歴史の中の出来事。国内の治安は街ごとの自警団や一部の近衛騎士が保っている。
レイモンドのようなタフな若い騎士たちが飛び込むのは、街の外に広がる、魔物の棲む自然界だ。
知識としてはエレノアも知っているが、まるでゲームの中の勇者だといつも新鮮に感動する。
小さな街の閉じたマップを飛び出して、魔物が出てくる未踏の世界に立ち向かうことで世界を守るのだ。
「また君の薬を活用させてもらおうと思ったんだが、一ヶ月もかかっちゃ使用期限が切れてしまうだろ? というわけで、薬を作るために同行してほしいんだ」
「なるほど……え?」
「生の薬草なら一ヶ月もつが、加工したものはすぐダメになる。なら加工できる人を連れて行けばいい、ってな!」
エレノアは言葉を失って、ただ目を瞬かせる。
てっきり王都に呼ばれたのだと思っていたが、この言い方ではまるで遠征に同行しろと言われているようではないか。
なんとか詰まる喉を再び動かして、エレノアは確認する。
「……行くんですか? 私が?」
「ああ」
「教えますよ? 薬の作り方くらい。ちょっとコツがいりますけど今から一ヶ月練習すれば……」
「一生懸命作ったものをそんな簡単に言うな! それに、君に来てもらいたい理由は他にもある」
レイモンドはそこで言葉を切り、バックヤードにつながるカーテンの先を見た。
エレノアの居住スペース、もとい従業員の休憩所となったそこには、今日はもう誰もいない。
「ロランのことだ。もし本当に何か企んでいるなら、エレノアが一ヶ月店を開けたらきっと尻尾を出すはずだ」
「そんな、カマをかけるみたいな……」
「ずっと疑い続けるのは俺だって嫌なんだ。何事もなければ、俺はあいつがここで働くことをもうとやかく言わない」
ロランを試そうとするレイモンドの策は、魅力的な提案に聞こえた。
エレノアは最初からロランのことを疑ってはいないが、レイモンドから聞いた彼の過去がちっとも頭にちらつかないわけではない。
余計な不和の種がなくなるなら、それだけの価値はあるように思う。
(遠征は驚いたけど、レイモンド様と一緒だし。店の今後のためにもなるなら――)
エレノアが頷きかけたそのとき、店の扉がカランと鳴った。
お客さんかと思って、エレノアとレイモンドは会話を止めて二人で扉の方を見る。
「――僕は反対だよ、エレノア。レイモンド様も」
しかしそこにいたのはお客さんではなく、事情を知りうるもう一人の人物。
ホリーだ。彼の金色の瞳が、レイモンドを射抜く。
「話はロゼから聞きました。しかしたとえば、騎士団の遠征に同行できる治癒師は選ばれしものだけ。それも厳しい訓練を経てやっと認められるはずです」
「……そうだな」
「そうまでしないと危険な役目ということでしょう。エレノアが同行できるとは思えない」
エレノア以上に状況を把握しているホリーに鋭い気迫で詰め寄られ、レイモンドは一つ咳払いをした。
「……今回の遠征は、拠点を安全な場所に一箇所構えて、そこから騎士が各個出陣する形式を取る。エレノアには拠点にいてもらうし、常に防衛用の騎士や魔法士が近くに配備される予定だ」
「それで本当に危険がないと言い切れますか? 自分がずっとそばにいることもできないのに?」
「痛いところを突くな……」
“先駆けのレイモンド”と呼ばれるだけあって、レイモンドの役目は前線を張ることだ。
ずっとそばにいてくれるわけではない。そう思うと、エレノアもだんだん不安が増してきた。
(ホリーの言うとおり、自分の身を自分で守れない私が遠征についていくなんて無茶かも……)
エレノアの瞳が不安そうに揺れる。
思わず、カウンター越しにすぐそばに立つレイモンドを上目遣いで見上げた。
「私、どうしたら……」
「……最終的に、決めるのは君だ。俺の言葉もホリーの言葉も踏まえたうえで考えてくれればいい。しかし一つ言うなら――」
「言うなら?」
ホリーはまだ厳しい目線でレイモンドを睨んだままだ。
語気が強いのもエレノアを想ってこそだと思うと、エレノアの頭の中の天秤は揺れていた。
未知の挑戦と、薬屋が大きくなっていくこれからの未来。
自分の身を慮ってくれる幼馴染の助言。
どちらを選び取ればいいのか――決め切れないエレノアに向けて、レイモンドは優しい声で囁いた。
「遠征先の山には、貴重な特薬草やハーブが群生しているらしいぞ?」
「……卑怯ですよ!?」
焦ったようなホリーの声が店の中に大きく響く。
エレノアの天秤が、大きくぐらりと傾いた。




