2.生活は慌ただしく
「ええっと……」
書いてある言葉の意味は理解できる。
レイモンドとロゼが、エレノアの薬の評価を伝えてくれたのだろう。
それで騎士団の役に立つと判断されたから、呼び出されたのだ。
(……誰が? 私が? 騎士団に? いやいやいやいや……)
貴族から手紙をもらうなんて、それだけでとんでもないことだ。
ふつうに生きていたら人生で一度もないような機会。
前世で言うなら、政府から表彰される……みたいな感じだろうか。
「どうしよ……」
一応は拒否権もあるらしく、回答期限は1週間後と書かれていた。
荷が重いから正直今すぐ断りたいが、レイモンドとロゼの名前を出されるとどうにも断りにくい。
エレノアは一度見なかったことにして、手紙を机の端にどけた。
そうすると目の前に残るのは、一冊の本だ。
古めかしい表紙には、掠れた文字で『山の植物について』と書かれている。
中には開きグセがついていて、自然と開いたページにふせんが貼られていた。
「なになに……? “薬草の加熱に関する記述。ヒントがあるかも”?」
ロゼが書いたのであろう達筆の文章を読み上げ、一緒に書かれた矢印の先を見る。
そこには確かに薬草と見られる二股に分かれた植物の葉っぱのスケッチと、古代語の文章が書かれていた。
「火……緑、苦い……うーん読めない!」
古代語は学校で習ったきりだ。
現代語と同じ単語もあるのでところどころは意味がわかるが、基本的に読めない。
エレノアは根っからの理系である。
「辞書、辞書〜……」
とはいえロゼからの情報は気になるので、学生時代に使って以来の辞書を引っ張り出す。
引っ越しのときにわざわざ店に持ってきていたのが役に立った。
器用に2冊の本を机の上に広げて、見比べながら少しずつ図鑑の内容を紐解きはじめる。
(火にかけると細胞が変質して……? 緑色が抜けて、苦さが――)
古文を少しずつ解読しながら、エレノアの頭はうつらうつらと船を漕ぎはじめていた。
――翌朝。
窓から差し込む太陽の光で目を覚ます。
いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。
鏡を見ると、枕にしていた辞書のページの跡が頬にベッタリとついていた。
(……って、もうこんな時間!)
時計を見るやいなや、エレノアは慌てて飛び起きた。
今日はデボラもロランも出勤してきてくれる日なのに、危うく寝坊するところだ。
急いで身支度をして階下に降りると、ちょうど裏口のところに二人が集まっていた。
エレノアはうわずった声で彼らを出迎える。
「おはようございます、今日もよろしくね!」
「おはよ……クマ酷いっスよ、店長!?」
「う。ちょっとね……」
「お薬の勉強ですか? 無理はしちゃダメですよ」
「そう言うデボラちゃんも、遅くまで料理の本とか読んでそうっスけどね……」
裏口から二人を家に入れ、店の開店準備を行う。
時間は朝8時。9時までに店を開けていればいいので、じっくりと研修できるだけの時間がある。
エレノアはふと、昨夜読んだ手紙の内容を思い出した。
(あの招聘を受けるなら、私が店をしばらく空けることになるよね。二人に任せられるようにしておかないと……)
手紙にあった騎士団の協力者としての誘いを受けるかどうか、エレノアはまだ決めあぐねている。
だからこそ、準備だけはしておかないと。
行きたいのに店のことが気に掛かって動けない、なんて結果が一番ナシだ。
「今日は、二人に金庫の開け閉めからやってもらおうかな」
「は、はいっ」
金庫は店のお金を全て管理する中枢だ。
エレノアの言葉にデボラが緊張したように返事をする。ロランも真剣な面持ちで頷いた。
それから4日ほど使って、エレノアはデボラとロランに店の営業についてひたすら叩き込んだ。
二人の頭がパンクしないよう、気遣いながらゆっくり少しずつ仕事を教えていたこれまでとは全然違う。
きっと異変を感じていながらも、二人はエレノアのペースについてきてくれた。
「それじゃお先に、お疲れさまっス!」
「はーい、お疲れさま。明日もよろしくお願いしますね」
「店長はゆっくり休んでくださいね。最近疲れた顔してるから」
「う……はい。気をつけます」
騎士団からの手紙のことを考えていると眠れないし、ついついロゼからもらった植物図鑑を読むのもやめられない。
ついでに店の研修プランまで考えなおしているので、エレノアの睡眠時間はどんどん短くなっていた。ロランの指摘に耳が痛い。
(まぁ、今日はもうお客さんもほとんど来ないだろうし……)
今は火曜日の午後1時。
ロランには週に6日来てもらう代わりに、お客さんの少ない火曜日と木曜日は昼までで帰ってもらっている。
エレノアは久しぶりに一人になって、のんびりと店先のカウンターに体を預けて時間を過ごした。
「よう、お疲れさん」
「レイモンド様!」
次の瞬間開いた自動扉の向こうを見て、エレノアはパッと姿勢を正す。
その姿を見て、レイモンドはくすくす笑った。
「楽にしてていいぞ。今日は一人か?」
「あ、はい。さっきまでその、ロランさんがいましたけど」
「ふぅん」
ロランの名前にもっと反応するかと思ったが、レイモンドは特に気にしていない様子だった。
薄く、穏やかな笑みを浮かべながら彼は告げる。
「ロゼから手紙を受け取っただろ。今日は、その話をしに来たんだ」




