24.お薬御膳
白磁製のカップに、こぽこぽとお茶を注ぐ。
ポットの中身はハーブティーだ。ここに薬草を混ぜると店で売っている薬茶になるのだが、実は味は薬草を混ぜない方がおいしい。
まだまだ改良の余地ありだなぁ、なんて思いながら、エレノアは人数分のハーブティーを用意し終えた。
オーブンでこんがりと焼けた鶏肉は、香草代わりに使った薬草の香ばしさと相まって、空腹を呼び覚ますような香りを放っている。
四つに切り分けて、盛り付けてくれるのはデボラだ。
包丁を通すと、焼けた皮の割れるパリッという音が鳴り、断面から肉汁がたらりと溢れ出した。
「大成功、ですね……!」
満足そうにデボラは言う。エレノアも頷き、盛り付けが終わったものから食卓に運んだ。
ロランも率先して配膳を手伝ってくれた。
「悪いな。昔話のせいで、余計飯がまずい雰囲気にしてしまった」
「いえ。話せと言ったのは私ですから。それに……」
「きっと、どんな雰囲気でもおいしいですよ、これは!」
エレノアの言葉を引き継いで、台所から戻ってきたデボラが言う。
デボラが持ってきた分で全ての配膳が終わって、4人は再び席についた。
一同の目の前に並ぶのは、こんがりと焼けた鶏肉の香草焼きだ。
それから付け合わせのサラダにパン、ハーブティー。
待ち切れないというように、誰からともなくいそいそとカトラリーを手に取った。
「いただきます」
口々に食前の挨拶をして、大切りの鶏肉にナイフを入れた。
一口大に切って口に運ぶと、ふわりと香ばしい薬草の香りが鼻腔を抜けた。
続いて鶏肉の甘い脂の味が舌の上に広がる。
「おいしい……!」
予想以上の味わいに、エレノアは目を輝かせる。
エレノアの正面では、デボラも満足そうに頷いていた。
「エレノアさんの見立ては間違いありませんでしたね!」
「香草焼きにしようって決めてくれたのはデボラちゃんでしょ。それが良かったのよ!」
きゃいきゃいと互いを褒め合う二人に、横からレイモンドが驚いたように声をかける。
「これ、薬草か! なるほど、二人が意気投合した結果だな」
「へぇ……確かにおいしい。薬草って、食材として食べてもいいものなんスね」
「はい。うちの薬となると、糖分が多すぎたり摂りすぎるとよくないハーブを使ったりで、許容量が決まっているんですけど。薬草単体で言うと、どれだけ飲んでも問題ありません。この体で実験済みです」
「体でって……」
興味津々に尋ねたロランは、エレノアの答えを聞いて呆れたように笑った。
重く沈んでいたはずの空気が少しずつ緩んでいくのを、エレノアは肌で感じていた。
* * *
午後からの店番も、ロランとデボラで交代しながらつつがなく進んだ。
閉店後の作業や在庫の計算も残っていたが、一度にたくさん教えてもついてこられないかもしれない。
次回の出勤に持ち越すことにして、エレノアは店を閉める前に二人を見送った。
そうでもしないと、レイモンドとまともに話せそうになかったというのも理由だ。
長い遠征から帰ってきたところだというのに、ロランの件で持ちきりになってきちんと話せていない。
「……薬、足りましたか?」
何から聞けばいいか分からず、エレノアはぎこちなくそう切り出した。
難しい顔でロランの去っていった扉の向こうを見つめていたレイモンドは、エレノアのその一言でパッと笑顔に戻る。
「あぁ! そうだ、その礼をまず言わないとな。君の薬のおかげで、今回の遠征はだいぶと苦しい思いをしなくて済んだよ」
「……いつもは苦しい思いをしてたんですか?」
「まぁな。ちょっとした怪我でも他のやつらは治癒師に治してもらえるのに、俺だけ薬草を口に詰め込んで終わりだったから」
聞けば、危険が伴う遠征には治癒師が同行するらしい。
以前、遺跡調査に失敗してこの街の神殿に騎士団がなだれ込んできたときのように、治癒師のいない緊急事態の方が稀なのだそうだ。
どこか誇らしげな声音で、レイモンドは遠征のことを話す。
王都から西に魔導車を走らせ、交易街道沿いの森に出た魔物を掃討したこと。
魔法攻撃を多用する魔物に対して、魔法が効かない体質が功を奏して前線で活躍したこと。
エレノアの薬がどんな風に役立ったか、どれだけ効きがよかったかも事細かに聞かせてくれる彼の話を聞いて、大きな怪我はなかったとわかってエレノアは安堵した。
「しかし……ロゼもそうだったが、今回同行してた治癒師も薬の効き目に驚いてたよ。薬草じゃあんなに早く傷は治らない」
「治癒効率を高める何かがある、って話ですよね。自由に使える時間が増えたら調べてみようと思ってるんですけど……」
「そのためにも新しい従業員の教育、ってわけか。まぁ、提案したのは俺だしな……」
遠征の話を途切れさせ、レイモンドは天井を仰ぐ。
考えているのはロランのことだろう。
「ロランさんのことは、びっくりしましたけど。あの話を聞いて即、解雇ってするつもりは……その、言いにくいんですけど」
「ああ、わかってる。君がそういうやつだとわかってるからこそ、俺も面接に参加しておきたかったんだが」
「う、ごめんなさい」
迷惑をかけないようにと判断を急いだ結果、むしろレイモンドの心を乱してしまった気がする。
反省して縮こまったエレノアの姿を見て、レイモンドは困ったように苦笑した。
「エレノアを責めたいわけじゃない。ただ君の周りにいるのが、いざってときにちゃんと頼れるやつであってほしいってだけなんだ」
これからきっと長く世話になるからな、とレイモンドは目を細めて優しく笑う。
しかしその言葉の裏に、姉の死に目に残してきた彼の無念を感じたような気がして、エレノアはうまく返事ができなかった。




