23.オーブンで20分
魔法のおかげでオーブンの余熱は一瞬だが、じっくり火を通すのには結局時間がかかる。
20分のタイマーをセットして、エレノアとデボラは一度食卓に戻った。
レイモンドとロランは、二人ともムスッとして、顔を合わせないようにそっぽを向いて座っていた。
エレノアたちが帰ってきたのを見て、助けを求めるようにロランが立ち上がる。
「やっとご飯……ってわけではなさそうっすね?」
「あ、ごめん……興が乗っちゃって」
「デボラの料理の腕に惚れ込んで、手のかかる料理を試してみたくなっちゃったって顔だな」
何気ない風を装いながら、レイモンドが図星をつく。
エレノアはぎくりとしながら、レイモンドの隣の席に腰を下ろした。デボラはロランの隣に座る。
人を招くこともあるかもしれないと、4人掛けのテーブルセットを買っておいてよかった。
「全くその通りで……あと20分かかります。その間に! 二人の話を聞かせてもらいますよ。これじゃおいしいご飯もおいしくなくなりますから」
「……私も、そう思います」
デボラに念を押されてレイモンドはピクリと肩を揺らした。
先ほど怒られたのがよほど堪えているらしい。
「……実は俺も昔、この街に住んでたんだ。もう10年以上前の話だ。そのとき俺は、姉のカシミアを通じてロランと知り合った」
そして、レイモンドは話しはじめた。
まだ彼が王都の騎士となる前、幼いころの姉との思い出を。
レイモンドの三つ年上の姉カシミアは、魔法が得意で聡明な少女だった。
家族や友人の間はもちろん、学校でも将来有望と評され、大人たちからも一目置かれていた人気者。
魔法が効かない体質のせいで魔力操作が下手くそだった幼いレイモンドにとっては、憧れの存在でもあった。
「レイモンドに紹介したい人がいるの。会ってくれる?」
15歳で街の学校を卒業したころ、カシミアは照れたような表情でレイモンドにそう言った。
そしてカシミアが紹介したのが、彼女の恋人――ロランだった。
「すごくかっこよくて、頼りになる私の相棒よ」
「相棒? じゃあ姉ちゃんは、ソイツと一緒に魔法士になるわけ?」
「ソイツとか言わないの、年上よ? でもそうね、これから先も一緒にいれたらいいって思うわ」
声をひそめた、だけど嬉しそうな姉の笑顔をレイモンドは今でも覚えている。
ロランはいつも笑顔で明るくて、気持ちのいいやつだった。
才色兼備で恋人なんて選びたい放題だったはずのカシミアが選ぶのも納得がいくほど。
何より、そのカシミアがロランを信頼しきって、心を許していたから、レイモンドもいつの間にかロランを認めるようになっていた。
それなのに。
事件は起こった。レイモンドが14歳、カシミアが17歳のとき。
魔法士になるための資格試験の数日前、カシミアは魔法を暴走させてしまい――命を落とした。
「ロランっ!! 大変だ、姉ちゃんが!」
「――そうか」
「どうにかしろよ、お前カレシなんだろ!? 早くしないとっ、このままじゃ……!」
レイモンドの必死の訴えに、ロランは顔色一つ変えなかった。
結局ロランはカシミアを看取りに来ることもなく、それどころか葬式にも顔を出さなかった。
(何だったんだよ、ロランのやつ。姉ちゃんは絶対、もう一回会いたかったはずなのに……くそ、姉ちゃん…………)
悲しみは心に渦巻くが、日常は止まることなく動きつづける。
カシミアの死から数日経ったある日、レイモンドがとぼとぼと街を歩いていると、見知った背中が目に入った。
「あれは……間違いねえっ、ロランだ!」
捕まえて問い詰めてやろうと、レイモンドはロランの背中を追った。
神殿前の広場、よく待ち合わせに使われる場所でロランは誰かを待つようだ。
レイモンドが走り寄るよりも前に、ロランの待ち人がその場に現れた。
姉とは正反対の、小柄でかわいらしい少女が、ロランの懐に飛び込む。
甘い笑顔を浮かべて女を抱きしめ返すロランの姿を、レイモンドはその目で見た。
「……声はかけなかった。そのあとすぐ俺は王都に引っ越すことになって、それきりだ。もう会うこともないと思ってたが、再会するとはな」
レイモンドは忌々しげな呟きで、話を終えた。
今の話が本当なら、ロランは恋人を失ったあと数日で、また別の女性と恋仲になっていたということだ。
浮気や二股といえばそれまでだが。ただ破局しただけならともかく、死別してそれは確かに、変だ。
レイモンドがロランのことを異様にクズ扱いするのも、少し納得がいってしまった。
「その……本当、なんですか? 今の話……」
エレノアはおずおずとロランの方を見た。
ロランは否定せず、静かに首を縦に振る。
「何も嘘や思い込みはない。そう取られて無理のないことを俺はしました。……カシミアのことは本当に愛していたし、誓って浮気もしてないけど。信じるかどうかは任せますよ」
「信じられるかよ。悲しむ素振りの一つも見せなかったやつが――」
――ピピピピ! ピピピピ!
レイモンドが反駁しかけたそのとき、台所からけたたましいタイマーの音が響いてきた。
全員が言葉を止めて、そちらを見る。
「あ……昼ごはん、できたみたい」
重い空気から逃げるように、エレノアはそそくさと台所に向かった。




