20.犬猿の仲
「こいつだけはダメだ、今すぐクビにしろ!」
「まあまあ。ちゃんと面接して認めてもらったんだから問題ないだろう? 久しぶりだな、レイ」
なんと二人は知り合いだったらしい。
ニコニコと人懐こい笑顔をレイモンドに向けるロランと、そのロランを忌々しげに睨みつけるレイモンド。
王都で暮らす騎士であるレイモンドが、どうしてこんな辺境に古い知り合いを持っているのか。
不思議だったが、エレノアが口を挟むより早く、レイモンドはまくし立てるようにエレノアを責め立てた。
「言っただろう、悪いやつが寄ってこないように俺が面接するって! こういうのが寄り付かないようにって俺は心配してたんだ!」
「か、勝手に決めたのはすみません。けど悪い人には見えな――」
「見えないから厄介なんだ!!」
顔はエレノアに向けたまま、ビシッと人差し指だけをロランに突きつけて怒鳴る。
レイモンドの勢いは凄まじく、唾を飛ばさん勢いで声を荒らげていた。
「まぁまぁ。店長をそういじめてやるなよ」
「誰が誰の店長だと!?」
ロランがなだめても、当然火に油を注ぐだけだ。
噛み付くようにロランの方を振り返ったレイモンドの勢いに、エレノアは気圧されていた。
「俺だって最初はコイツのこと、悪人になんて見えてなかったさ。もっと早く気づくべきだったって心から後悔してる」
「過ぎたあやまち、若気の至りだろ? そこまで言わなくたっていいじゃないか」
「黙れ! 姉さんのこと、俺以外の誰もが忘れても俺は許さないぞ」
いつもはもっと大人の余裕があるように思うのだが、今日のレイモンドは癇癪を起こした子どものように怒鳴るばかりだ。
姉さんという言葉が出てきて、エレノアは初めて彼に姉がいたことを知った。
ロランはレイモンドの姉と知り合いで、何か過去に因縁があるのだろう。
そのとき背後でガタン、と音がしてエレノアは振り返る。
先ほどまでエレノアの半歩後ろに立っていたはずのデボラが、怯え切った顔で背を壁につけてぷるぷる震えていた。
大の男の、それも国の二級騎士の本気の怒りを目の当たりにして、引っ込み思案な彼女が怖く思うのも当然だ。
(こんなに怒るなんて余程のことなんだろうけど……お店のためにも、私が止めないと!)
「ちょ、ちょっと二人とも。ヒートアップせずに詳しい話を……」
「ああ、すみません、レイが怒っちゃって! 俺たちもともと友だちで――」
「誰が! お前みたいな裏切り者と! 友だちなもんか!」
「もうっ、レイモンド様……!」
詳しく話を聞きたくても、対話の意思のあるロランの言葉はレイモンドに遮られてしまう。
エレノアはレイモンドの服の裾を掴み、ひそひそ話をするようにぐっと自分の方に引き寄せた。
「いったいどういう関係なんですか? そんなに嫌っているなんて」
「嫌いとか好きとかって問題じゃない、ロランは人間のクズだ。人の心のない最低の男だ。姉さんに……あいつは、酷いことを……!」
またヒートアップしそうなレイモンドの手を掴んで、なんとか抑える。
説得しようとエレノアは懸命に言葉を絞り出すが、たいしたことは言えなかった。
「面接で話したときは、いい人だとしか思いませんでしたよ? 人懐っこくて、大型犬みたいな」
「そんな可愛いもんじゃねえ。狼かハイエナか、そういうのだよあいつは」
ギロリとレイモンドに睨みつけられているのに、ロランは顔をくしゃっとさせて笑った。
彼はレイモンドに対して怒り返すこともせず、あくまで友好的な姿勢を貫いている。
「ごめんね、店長。俺、コイツと犬猿の仲みたい!」
「誰が猿だって!?」
「ハハッ! 言ってないって、そんなこと!」
前言撤回。ロランの言葉にもだんだん嫌味が混ざってきている。
笑顔を浮かべたままなのが、レイモンドの神経を逆撫でして楽しんでいるようで尚更たちが悪い。
「ロランさん! 変なこと言わないで! レイモンド様も間に受けないでっ……!」
「えぇ? 俺っスか? 言いがかりつけてきたのはレイの方なのに?」
「間に受けるも何もハナからコイツは……!」
エレノアの制止も効果はない。
額を突き合わせて睨み合いはじめたレイモンドとロランを前に、エレノアは途方に暮れていた。
すると、最後からぱたぱたと勢いよく走り寄ってくる足音が聞こえた。
「いっ……いい加減にしてください!! 私だって初出勤なんです、それを台無しにするつもりですか!?」
しんと店内が静まり返る。
デボラは叫んだ勢いで肩で息をしていた。
だんだん彼女の顔が赤く染まっていく。
「すっ、すみません……! わたし今何を……」
「うぐ……その、悪ィ……」
「……俺も大人気なかったよ」
小さなデボラから放たれた渾身の大声は、切実だった。
二人の大男がしゅんと背中を丸めて、デボラに謝罪する。
「ありがとうデボラちゃん。不甲斐ない店主でごめんねぇ」
「い、いえっ。でもちょっと怖かったです」
「そうだよねぇ」
エレノアは頑張ったデボラに抱きつき、情けない声をかけながら背中をよしよしと撫でる。
そこにちょうど、自動扉の開く音が響いた。
「……今、大丈夫かねえ?」
「わっ、はいっ、いらっしゃいませ! すみませんすぐ準備します!!」
エレノアは慌ててカウンターに戻り、手早く接客の準備をした。




