19.二人目の志望者
用を終えた二人は、行きと同じく一階の武器屋の店主をあしらって建物を出る。
すっかり外は日が暮れて、暗くなっていた。
街灯と店々から漏れる光のおかげで大通りは明るいが、昼間のような活気はなかった。
「すみません、遅くまで付き合わせて」
「いや、俺がついていくと言ったんだ。明日は遠征に備えて丸一日休みだし、問題ないさ」
「……ありがとうございます」
商人ギルドで手続きをするのは店を開けたときぶりだった。
一人だと父親の知り合いやお近づきになろうと企む大人たちに声をかけられるのが嫌で、あまり気が進まない。
レイモンドがいてくれたおかげでずいぶん助かった。
「そうだ、次の男も俺が面接しよう。次に来れるのがいつになるかわからないが、それまで待っててくれ」
「えっ、そんな――」
これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
エレノアは申し出を断ろうとしたが、レイモンドは畳み掛けるように言った。
「悪い虫がつかないように、だ。わかったな? それじゃあ、俺はここで」
言い返す間もなく、強く諭すようなトーンで言ったあと、レイモンドは振り返る。
その視線の先には、ちょうど王都行きの魔導バスが止まっていた。
片手を上げてバスに向かって走りはじめるレイモンドの姿を、エレノアはぽかんと見送る。
(騎士ってバスとか乗るんだ……。ていうか、最後ちょっと怒ってた、かな?)
次に雇う男性の面接について、ずいぶん気にしていたみたいだった。
デボラに安心して働いてもらうためにも、いい人を探さないといけないのはエレノアだってわかっている。
それでもあんなに苛立たせてしまうということは、今日一日付き合ってもらったことで、エレノアの言動を見て不安に思う部分があったのかもしれない。
(頼らなくても、一人でなんとかできるようにしないとな。お客さんに心配をかけすぎるのって、いいお店とは言えないし)
そう心に決め、エレノアは家路を急ぐ。
レイモンドの想いとは全く真逆の決心であることに、エレノアは気づいていなかった。
* * *
それから1週間と少し。
遠征に行くという言葉通り、レイモンドはぱたりと店に来なくなった。
代わりにやってきたのは、求人広告を見た一人の男性だ。
背は高くがっしりしているがレイモンドのような圧はなく、爽やかな人懐こい笑顔にどこか温かみを感じる、短髪の青年である。
「名前はロラン、22歳です。力には自信あります!」
「ロランさん。よろしくお願いします。どうしてうちの店に?」
もはや店のバックヤードと化している、エレノアの居住スペースの一階、食堂。
エレノアとロランは向かい合って座り、面接を行なっていた。
「もともと魔導車のメンテガレージで働いてたんスけど……けっこーキツくて、体壊しちゃって。ゆっくり働けて、リハビリ程度に体も動かせる仕事を探してたら、ここの広告を見つけたって流れです!」
「なるほど。薬屋って、前と全然違う仕事だと思うんですけど……そこは大丈夫でしょうか?」
一人で面接をするのは、前世も含めて初めてだ。
面接をされる側だった遠い記憶を呼び起こしながら、つとめてそれっぽく話す。
「穏やかな気持ちで働けそうで、むしろ魅力的っす。お年寄りと子どもによく好かれるんで、いけるかなって!」
にぱっと満面の笑みを浮かべて言うロランは確かに愛嬌十分だ。
接客にはぴったりだろうと思い、エレノアの心はすでにかなり採用の方向に傾いていた。
「素敵ですね。ちなみに、腕に自信は?」
「子どものとき体術をちょっとしてましたけど。なんかあったんスか?」
「一度、強盗未遂があって……私一人じゃどうにもならないので」
「あ、なんか聞いたかも! 先月くらい……この店の事件だったんですね。そういうことなら、俺に任せてください!」
頼もしい返事と笑顔に、エレノアもつられて口角を上げる。
この人ならきっと大丈夫だ。レイモンドの言葉が頭をよぎったが、エレノアは首を振ってかき消す。
(頼りすぎないようにしようって決めたのは私だ。それにこの人なら、レイモンド様も認めてくれるはず!)
立ち上がり、ロランの前に手を差し出す。
ロランの顔がパッとわかりやすく輝いた。
「頼りになりそうな方で安心しました。ぜひ、これからよろしくお願いします!」
「やった! こちらこそです!」
ロランも席を立って、差し出されたエレノアの手を強く握った。
* * *
さらに時は経ち、ロランの採用を決めた次の週明け。
エレノアは早朝から気合いを入れて、店とバックヤードを片付けていた。
いよいよ今日から、デボラとロランが店に来て研修が始まる。
定刻になり、二人の新従業員がエレノアの薬屋に揃った。
「おはようございます。改めて、二人ともよろしくね!」
「おう!」
「よ、よろしくお願いしますっ」
エレノアの挨拶に、二人とも明るく返す。
背が高く明るいロランと、背が低くおどおどしたデボラ。
性格も見た目も正反対に思える二人が自己紹介しあうのを待って、エレノアはこの店と、取り扱う薬の説明を始めた。
「私のお店は、薬草を必要とする人が少しでも苦しい思いをしなくて済むように、というモットーでやってます。良薬口に苦しと言うけど、私は美味しい薬を作りたい。そういうお店です。それで具体的には――……」
それから30分ほど、エレノアはあちこち移動しながら、ざっくりと店のことを説明した。
冗長にならないように、あらかじめ用意していたメモ通りに薬の解説を終える。
「……と言っても、話を聞くだけではピンと来ないと思うから。私が接客するから、横に立って見ていてもらっていいかな? それで、わかってきたら交代しましょう」
「はい……!」
「覚え切れる気がしねーっスけど……」
思い思いの反応をする二人を連れて、店頭に戻る。
自動扉も閉ざして明かりも消した薄暗い店内を、エレノアは迷いなく歩いていった。
「明かりはここ、自動扉のスイッチはこっちです。扉は起動すると外から中が丸見えになるから気をつけてくださいね」
「はーい……って、早速誰か来てますよ?」
「あ。この間の」
ひょこり、とデボラが体を伸ばして扉の向こうを見る。
透明な扉越しに目が合ったのは、久しぶりにやってきたレイモンドだった。
今日は非番らしく、ポロシャツに身を包んだラフな装いをしている。
彼は穏やかに、朝の晴れた街を歩いてこちらに向かっていた。
しかし、途中で何かに気づき、血相を変えて走ってくる。
自動扉を抜けるころには、ゆっくりと開く扉を待ちきれないような様子だった。
開口一番、レイモンドは青ざめた顔で、ロランを指差して叫んだ。
「勝手に決めるなって言っただろう!? こいつはっ、こいつだけはダメだ!!」




