18.夢見るデボラ
「キャシーさん、戻りました」
「おかえりなさいー。書類回収しますねー」
「はいっ」
そういえば、ギルド長に見せろと言われていたのに持って帰ってきてしまった。
しかしキャシーはエレノアを責めることもなく、淡々と話を進める。
「ギルド長から求職者の紹介がありますが、会って行かれますかー? ちょうど今日、面談でここにいらしているのですがー」
「えっ、すごいタイミングのよさ! ぜひお会いしたいです。あ、レイモンド様も大丈夫ですか?」
「ああ。同席しよう」
「承知しましたー」
とんとん拍子に面接が決まり、エレノアは硬かった表情を緩ませる。
薬屋の未来が動き出しそうな気配に胸が躍った。
* * *
「は、はじめまして。デボラと申します……」
がちがちに緊張した少女、デボラは震える声で名乗った。
ピンク色のおさげ髪を手で落ち着きなくこねながら、赤い瞳を不安げに揺らしている。
エレノアはデボラのことを一方的に知っていた。
ディエゴの娘だ。確かエレノアより少し年下だったはず。
話したことはないが、ご近所さんとして勝手に認識しているのだ。
「エレノアです。ギルド長から紹介いただいて、求人の案内に来ました」
「付き添いのレイモンドだ。エレノアの店の、常連ってとこだな」
受付嬢のキャシーがほんの数分で作ってくれた求人案内のプリントを、デボラに手渡す。
エレノアが先ほど記入した募集要項や業務内容が、わかりやすくまとめられていた。
「あっ、あの薬屋さん! いつもうちで薬草の……スナック薬でしたっけ。いただいてます……!」
「工房の食堂で出してくださってるんですよね。いつもありがとうございます」
「ご存知でしたか……! そうです!」
エレノアはニコニコと笑顔を浮かべて、デボラが求人案内に目を通すのを待っていた。
ディエゴのおかげで、工房ではスナック薬が定番となっているらしい。嬉しいことだ。
しばらく黙って案内を読んでいたデボラは、やがて目を輝かせて顔を上げた。
まだ緊張の色は残っているが、それでも彼女の声は弾んでいた。
「わ、わたしっ……ぜひ、ここで働きたいです!」
エレノアはレイモンドと顔を見合わせる。
どちらからともなく顔がほころんでいった。
「本当!? ありがとうございます……!」
「はいっ。……わたし、将来は料理人になりたいんですけど。今のままじゃ引っ込み思案で商売っけがないから無理だって、父や工房の大人たちからよく言われるんです」
デボラは職を探すに至った境遇を、恥ずかしそうに早口に話す。
夢を追いかける心はエレノアも同じだ。彼女のことをもっと知りたくなって、エレノアは興味津々に尋ねた。
「今は工房でお仕事を?」
「お昼と夜に、食堂の手伝いだけ……本業は学生です」
「お。じゃあもしかして、売上や在庫の計算もできるんじゃないか?」
レイモンドは声を弾ませる。
デボラは目を泳がせながらも、曖昧に頷いた。
「計算は……得意って言えるほどでもないですけど、学校の成績は悪くない、です」
「つまり得意ということじゃないか。学校の勉強についていけるってことは素晴らしいことだ!」
レイモンドは学校に苦い思い出があるのか、言葉に熱が入っている。
エレノアは彼の学生時代を想像して苦笑しつつも、デボラに向きなおった。
「じゃあうちで働けたら、接客も商売のことも修行になりそうかな」
「は、はいっ。その、将来は……やっぱり、夢があるので。ずっとは、働けないんですけど……」
「そこは気にしなくって大丈夫ですよ。……あ、でも。本当は今すぐ飲食店で働きたかったりしますか?」
商業ギルドに求人が来るかはわからないが、街に飲食店がないわけではない。
そこに弟子入りした方が、デボラの夢の実現にぐっと近づくのではないだろうか。
そう思って聞いてみたが、デボラは弱々しく首を振るだけだった。
「街じゅうの飲食店に直接聞きにいったんです。でも、どこも学生は雇いたくないって……」
引っ込み思案と自称していたが、行動力は人一倍あるらしい。
しょんぼりと肩を沈めてしまったデボラに、エレノアは慌てて言葉を探した。
しかし先に口を開いたのはレイモンドだった。
「世知辛いものだな。ちなみにどんな料理を?」
「えっ、料理ですか。えっと、今は工房で職人たちの食事を用意してるので、とにかくスタミナがつく大衆料理をよく作ってます。揚げ物とか焼き肉とか。でも本当に好きなのは王都の古典料理で、子どものとき一度だけ父に同席して、王都で食べたコース料理が本当においしくて……! 辺境の飲食店のレベルは王都には遠く及ばないかもしれないけど、食材の質なら負けてません。だから辺境の食材で古典料理を――」
つい数秒前まで肩を落としていたのに、料理について聞かれたとたんデボラの顔は輝いた。
古典料理――前世でいうフレンチのような、クラシックで高級な料理について、まくし立てるように早口で語る。
彼女の瞳は爛々とした光を宿していて、エレノアとレイモンドは圧倒された。
「――はっ、すみません!! 話しすぎました!」
二人がぽかんとしていることに気がついて、デボラは言葉を止める。
口を両手で押さえてペコペコと頭を下げるデボラに向かって、エレノアは優しい笑顔を浮かべた。
「大丈夫です、すごく料理好きなんだって伝わってきて嬉しかったです。それに――」
「君たち絶対気が合うぞ! ぴったりだ、ははっ!」
気持ちはわかります、と言おうとしたエレノアの声に、レイモンドの笑い声が重なる。
レイモンドの前ではそんなに薬について語った記憶はないのだが、彼はデボラとエレノアに何か共鳴する部分を見つけたらしい。
「採用で決まりだな。そうだろ?」
「……はい。デボラさん」
「はいっ!」
デボラはピシッと背筋を伸ばし、エレノアを見つめる。
その潤んだ赤い瞳を見つめ返して、エレノアは微笑んだ。
「あなたの夢が叶うまで、これからよろしくお願いします!」
「は……はいっ! よろしくお願いしますっ」
嬉しそうにはにかんで、デボラは何度もペコペコと頭を下げた。
精一杯のその様子がかわいらしくて、エレノアは微笑ましくそれを見つめていた。
* * *
「心配なのは……ちょっと若すぎるかな、ってところなんですけど」
デボラには後日店に来てもらうように伝え、日時だけ決めて今日はお開きにした。
受付に戻ってきて、エレノアはレイモンドに懸念を打ち明ける。
「あぁ……彼女は君より年下か? 用心も兼ねて力仕事のできる人を、って最初の前提からすると真逆だよな」
「二人雇うって話になったので、もう一人の求人を年上の男性に絞ったらいいですかね。それで、店に高頻度でいてもらうようにして……」
デボラはまだ学生だし、工房の手伝いもある。毎日働きに来てもらうことはできないだろう。
それならもう一人新しく入れる従業員にがっつり働いてもらうのが得策かもしれない。
「求人票書き直してもらってきますね!」
「あ、あぁ。……年上の男性、か。変なやつに当たらないといいが……」
受付に駆けていくエレノアを、レイモンドはもやもやした複雑な気持ちで見送った。




