17.ギルド長、ときどき父
部屋の中には、繊細な飾り彫刻の入った分厚い木の長机が、二つ向かい合うように並んでいる。
ギルド長でありエレノアの父、ギルバートは、すでに奥の長机に肘をついて、悠然と座っていた。
「お疲れ様です、ギルド長」
エレノアは深々と頭を下げる。半歩後ろのレイモンドも、見よう見まねで礼をした。
一瞬間が空いたあと、ギルバートは二人に着席を促した。
「よく来たね。事業が順調のようで何よりだ」
「はい。ありがとうございます」
親子ではあるが、あくまで“ギルド長”と“街の商店の代表者”という関係性に則ってエレノアは話す。
エレノアと同じ橙色の髪を撫でつけながら、ギルバートは笑顔を浮かべた。
恰幅のいい体を高級ブランドのスーツでめかし込んだ、いかにも儲かっている商人らしい風貌だ。
「それで今日は、求人票を出したくてご相談に来たのですが」
「貴店の規模を鑑みれば、従業員を増やしたいと思うのも妥当な考えだろうな。条件を聞いておこうか」
「はい。主な条件は二つありまして……」
受付で書いてきた書類の中から、求人の条件を書いたものを一枚抜き出す。
エレノアが新しい店員を雇うにあたって、求める条件は二つあった。
一つは、力仕事を任せられること。
薬草畑と店の往復や市場への買い出し、在庫の整理や店の模様替え……体力の必要な仕事はいろいろある。
エレノアが一人でできないことは、現状いちいち工房に依頼を出している。
工房の親方ディエゴがエレノアの薬屋の常連であり、快く頼みを聞いてくれるから苦労していないが、自分たちの力でできるならそれに越したことはない。
それに、前に店を襲ってきた強盗のこともある。
店が繁盛すればするほど、ああいう危機に晒される可能性も増していくだろう。
腕っぷしの強い人がいてくれた方がずっと安心だ。
二つ目の条件は、計算ができること。
エレノアが最近一人で頭を悩ませている在庫の管理を手伝ってもらいたいのだ。
毎日の来店者数や売上を記録して、翌日、翌週、翌月……とスケジュールを立てていく。
そんなに複雑なことはエレノアもやれていないので、高望みはしない。
それらの条件を淡々と読み上げると、ギルド長は顎髭を触りながら頷いた。
「ふむ。採用するのは一人だけか? 力仕事も計算もできる者を探すとなると少し難航しそうだが……」
「な、なるほど。二人でも大丈夫です、力仕事担当と、計算担当で」
「ならそれがいい。コストは上がるが必要な投資と思ってくれ」
ギルバートの手元にもタブレット端末があり、彼はぽちぽちと手を動かしてそこに何か入力しはじめた。
エレノアも忘れないように、求人票に「二人募集」と書き加える。
「ちなみに、任せる業務の種類は?」
「メインは接客をしてもらう予定です。ときどき私からの頼み事を」
「では特別なスキルは不要かね」
「はい。薬の種類は私から教えますし……愛想のいい方だと嬉しいですけど」
求人の相談を受け慣れているギルバートは、手際よく説明しながらタブレットの操作を進めていく。
エレノアに十分質問し終えたからか、その視線はチラチラとレイモンドの方に向かっている。
「ところで……付き添いの君は? 服装を見るに騎士だね」
「友人のレイモンドです。よく薬を買いに来てくれて、アドバイスもくれるんです」
「はじめまして。エレノア嬢にはいつも世話になっています」
ぺこり、と頭を軽く下げたレイモンドの顔を、ギルド長はまじまじ見つめる。
どうやら気に入ったらしく、ギルバートは目を細めてニコニコと笑いはじめた。
「うちのエレノアはどうかね? なかなか器量のいい子だろう。珍しい趣味をしているがそこはご愛嬌だ」
「ええ、いつも助けていただいています」
レイモンドも調子よくにこやかに答えているが、エレノアの背中には嫌な汗が伝った。
(まずい。お父さん、私の婚約者探しに躍起になっていたんだった……! 最近会っていなかったから、こういう人なの忘れてたぁ……)
げんなりするエレノアをよそに、二人の会話はなぜか盛り上がっている。
聞き逃してくれ、と頼もうとしたが、当のレイモンドもなぜか満更でもなさそうだ。
「エレノア嬢の作る薬そのものもそうですが、何より薬に向き合う真摯な姿勢が素晴らしいと……」
「そうだろうそうだろう。庶民だが礼儀も叩き込んである、それに真実の愛の前には身分差など関係ないっ!」
微妙に噛み合っていない父とレイモンドの会話を遮るように、エレノアは立ち上がった。
「ちょっとレイモンド様、なんで意気投合してるんですか! で、父さんは余計なこと言わないで!」
薬に生きると決めてあるのだ。変に結婚の話なんかして、レイモンドに呆れられたら店の売上が傾いては困る。
エレノアはレイモンドの腕を引き、立ち上がらせる。
「話は済みましたから! 求人、受理していただけますね!?」
「はいはい、わかったよ。一人ちょうど紹介できそうな求職者がいる、受付で話を聞いてけ」
「どうも、では失礼します!」
最初とは打って変わってすっかり親子のトーンだ。
エレノアはぷりぷりと声を荒らげながら、レイモンドをぐいぐい引っ張って部屋を出た。
「すみません、今父が言ったことは全て忘れていただけたら」
「はは、いいお父上じゃないか。求人の進展もありそうだし」
「気にしてないならいいですけど……。あんな社交辞令まで言うことなかったんですよ」
「社交辞令? ああ、薬作りの姿勢がいい、みたいな話か?」
レイモンドは階段を軽やかに数段飛ばして、エレノアの横に並ぶ。
長い足を少しかがめて、彼はエレノアの顔を覗き込んだ。
「本気だぞ。そうじゃなきゃこんなことまで手伝わないよ」
そのまま足早に階段を降りていくレイモンドの背を、エレノアは呆然と見つめる。
面倒で変な趣味だと言われることは多々あっても、まっすぐ褒められることなんて滅多にない。
言葉の意味を理解するのに時間がかかって、つい階段の途中でフリーズしてしまった。
「急にそんなこと……あ、ま、待ってください!」
素直にお礼を言うことはできないまま、エレノアはレイモンドの背中を追いかけた。




