16.商業ギルドへ
街は、神殿を中心とした放射状の道に沿って広がっている。
なかでも、南北にまっすぐ走る太い街道は、王都へ向かう車が通る重要な交通網の一部である。
街の内外から来る客を狙って、たくさんの商店が軒を連ねていた。
「ここの活気は変わらないな」
「あれ、昔をご存知ですか?」
「あ、あぁ。竜災の前と比べてた」
レイモンドはその話をするつもりではなかったらしく、バツが悪そうに目を逸らして答えた。
この街が、“悲惨な竜災の被害にあった街”として世間に知られているのは事実だ。
レイモンドがそこに注目するのもおかしなことではない。
エレノアは話題を変えようと、近くの店を見回した。
街中を走るために減速した魔導車が、二人の横の道路を通りすぎていく。
「もうすぐ着きますよ。1階が武器屋になっているひときわ大きな建物が、商業ギルドです」
「……あぁ。あれだな?」
レイモンドが指差した先の店では、ショーウインドウに剣と盾が飾られている。
荘厳に鈍く光るそばのディスプレイの横を素通りして、二人は店内に入っていった。
「いらっしゃい――おや、お嬢様! ギルドに用ですかな?」
「お久しぶりです。その呼び方は恥ずかしいのでやめてください」
武器屋の店主は、エレノアの顔を見るなり相好を崩した。
ニコニコと笑顔を浮かべ、手をこねながらエレノアに話しかける。
「薬屋の調子はどうです? おや、そのお隣の騎士様は?」
「順調です、彼は友人です、いつも気にかけてくれてありがとうございます! ではギルドヘ行ってきます!」
エレノアは無理やり店主の質問攻めを躱して、2階にあるギルドの受付に続く階段に向かった。
レイモンドも戸惑いながら、それについてくる。
「いいのか? 知り合いなんだろ?」
「父の知り合いです。話すと長いので」
「……そういうもんか。しかし、君のお父上はいったい、」
言いかけてレイモンドは口を閉ざす。2階に到着したのだ。
商業ギルドの受付はガランとしていた。
数人、くたびれた男が新聞や雑誌を読んで何かを待っているだけ。
受付嬢は暇そうに頬杖をついて、ときどきぱちりと算盤を鳴らす。
「お疲れ様ですー。本日はどういったご用件でー」
「キャシーさん、お疲れ様です。求人を出したくてご相談にきました」
「あら、エレノアさんでしたか。求人ですねー」
受付嬢キャシーは手元の端末を操作しはじめた。魔法で通信するタブレットだ。
キャシーがタブレットに何か話しかけるのを、レイモンドは物珍しそうな目で見つめる。
「商業ギルドには初めて来たが、こんな雰囲気なんだな」
「……空いてるのはこの街だからだと思いますよ。王都はもっと商売への熱に燃える若者で溢れているとか」
「へぇ。でもなんで君がそんなこと知ってるんだ? 彼女とも知り合いのようだし……」
「キャシーさんはいつも気だるげな方ですが、仕事ぶりは確かですよ」
声をひそめて尋ねてくるレイモンドの追及をエレノアは曖昧に躱した。
ここ商業ギルドでのエレノアの立場は遅かれ早かれわかることなのだが、なんとなく自分から嬉々として説明するのは気が引けたのだ。
「はい、登録完了しましたー。のちほどギルド長のお部屋にご案内しますので、申請書に求人条件の記入をお願いしますー」
「ありがとうございます!」
記入の必要な書類が5枚ほど挟まったバインダーを受け取る。
商業ギルドの手続きは何もかも書く量が多くて面倒だ。
このあとのことも考えるとますます気持ちがげんなりとしてきて、エレノアはぶんぶんと首を横に振った。
(せっかくレイモンド様が発破をかけてくれたんだし。これも薬屋の未来のため)
待合の席に戻り、エレノアはペンを取る。
「レイモンド様はゆっくりくつろいでいてください。本や新聞も置いていますから」
「あ、あぁ。君は? 何か手伝おうか」
「頼みたいのは山々ですが、ここの書類はたいてい代筆不可なので」
「そうか……」
自分からついてきたのに所在なげなレイモンドを見て、エレノアはつい笑いそうになる。
彼を待たせないためにも、さっさと書類を書き終えてしまおう。
エレノアは、求人票の要項を手早く埋めていく。
ちょうど書き終わった頃に、キャシーから声がかかった。
何気ない風をしているが、エレノアの手が止まるのを見計らっていたのだろう。
「エレノアさんー。ギルド長、準備できてますー。お連れの方も一緒に4階へどうぞー」
「ありがとうございます! この書類は?」
「ギルド長が見るので持っていってくださいー」
「はぁい」
彼女の特徴的なしゃべり方につられて、エレノアの声も間延びする。
気づいたレイモンドに笑われて、顔に血がのぼった。
「じゃあ、行きましょうか」
「あぁ」
商業ギルドは3階が倉庫、4階がギルド長室や会議室の並ぶオフィス階となっている。
長い階段を登り、ギルド長室の扉の前に辿り着いたところで、エレノアは後ろを振り返った。
「……今から会うギルド長ですが、私の父です」
「へぇ。……え?」
「ちょっと面倒な人なので、ご了承ください」
そう言い切って、エレノアは扉に向き直る。
重厚な木の扉に手をかざすと、ゴゴゴ……と低い音がして扉がひとりでに開きはじめた。




