15.この店に足りないもの
太陽がジリジリと街を照らす。
初夏の爽やかな風に、余計な熱気が混ざりはじめるころ。
エレノアは忙しい日々を送っていた。
店の客は増え、接客に割かれる時間も最初よりずっと多い。
薬がよく売れるのはありがたいことだが、今度は在庫管理の問題に直面していた。
薬草は熱を加えると日持ちがよくなくなってしまう。
作り置きできないため、エレノアは毎日客の入りを予想しながら追加の薬を作らなくてはいけなかった。
経営の経験があるわけでもない。薬の品揃えを保ちつづけるだけでも一苦労だった。
(本当は前にレイモンド様に使った塗り薬も、もっと改良したいんだけど)
新しい薬を試しはじめると、きっとエレノアはそれにかかりきりになって他のことを疎かにしてしまう。
その自覚があったから、塗り薬のことは懸命に見ないふりしていた。
今すぐ売り出すわけではないし、目の前でレイモンドが斬りつけられる光景を見るまでは、使いたいと思ったこともなかったし。
今はとにかく後回しにしておくしかない。
今日もお客さんの途切れた夕方の時間を見計らって、エレノアは台所に下がって在庫の補充に勤しんでいた。
ちょうど火にかけていた薬草から十分に煮汁が出たところで、店の入り口に設置しているベルがカランと音を鳴らした。
「いらっしゃいませー! 今行きます!」
一人で居住スペースに下がっていても来客に気がつけるように、ベルは最近新しく設置したものだ。
自動扉に連動していて、扉が外からの入店で開くときにだけ音を鳴らして知らせてくれる。
ベルの音がよく聞こえるように、居住スペースと店を区切っていた扉は取り払って、カーテンだけを吊るすようにしてある。
「ああ、いいよ急がなくて。俺だ、レイモンドだ」
「わ、レイモンド様! いつもありがとうございます」
ぱたぱたと走って店頭に向かうと、そこで待っていたのはレイモンドだった。
彼はずいぶんとエレノアの薬を気に入ってくれたらしい。
強盗に斬りかかられる目にあったというのに、あれから一ヶ月ほど経つ今日まで、毎週薬を買いに来てくれている。
今日は何か任務の帰りらしく、最初に会ったときと同じ騎士服を身につけていた。
「この呼び鈴、役立っているみたいだな」
「はい。おかげさまで快適です」
呼び鈴を設置してはどうかと提案してくれたのはレイモンドだ。
神殿でも使っている高性能な呼び鈴を教えてくれたのはホリー、扉を外して音が奥まで聞こえるようにしてくれたのはディエゴ。
周りの人々に助けられ、エレノアの薬屋生活はその場しのぎでなんとかなっている状況だ。
「酷い目に遭わせてしまったのに、よくしていただいてありがとうございます……」
「強盗のことか? あれは君のせいじゃないだろう!」
レイモンドは驚いたように眉を上げ、語気を強めた。
彼にそんなつもりはないのだろうが、突然の大声にエレノアの肩がびくっと跳ねる。
「……あ、すまない。つい大声が出た」
「いえ……こちらこそすみません、気を遣わせちゃって」
エレノアの二度目の謝罪に、気を遣ったつもりなどなかったレイモンドは困ったように目を泳がせて首筋を掻いた。
強盗によるあの襲撃に、エレノアもレイモンドも互いに責任を感じていたのだ。
微妙な沈黙をかき消すように、レイモンドが口を開く。
「……あー、今日も薬を。騎士団の仕事は怪我がつきものだからな。いつも助かってるんだ」
「は、はい! 何をご用意しましょう?」
レイモンドがいつも買っていくのは、大抵スナックか薬茶だ。スナックには薬草以外にも毒やしびれに効くハーブが入っているし、薬茶は体と心に安静をもたらす効果がある。
過酷な騎士の毎日に役立つそれらを、レイモンドは大層気に入っていた。
「今日もスナックとお茶を……念の為2週間分もらっておいてもいいか? もちろん一日の規定量を越えて飲むつもりはないが」
「来週はお忙しいのですか?」
「ああ、遠征があってな。詳しくは言えないが、いつ帰れるかわからない内容なんだ」
「それは大変ですね。じゃあ、たくさん買っていただけるのでおまけにキャンディもつけておきますね。単純な糖分補給にもなるので……でも一日2粒までがおすすめです」
「いいのか? 悪いな」
薬を手渡し、代金を受け取る。薬の入った袋を見て、レイモンドはしみじみと呟いた。
「買いに来ずとも王都まで仕入れたいくらいだ。それか店ごと買い取って薬を作ってもらうか……」
「い、いきなり何を言い出すんですか!? し、仕入れの話はその、嬉しいですけど」
レイモンドの口から飛び出したのは大それた提案で、エレノアは思わず声を裏返らせる。
もちろん店を買い取るというのは冗談だと思うが、騎士の財力と地位なら不可能なことではないのでたちが悪い。
「ふっ、悪い悪い。この街自体は嫌いじゃないから、買いにくるのも苦じゃないさ。この店が大きくなってくれるんならありがたいことこの上ないがな」
「もう、びっくりさせないでください……あ、でも」
店が大きくなる、という言葉を聞いてエレノアはふと思い出す。
しばらく会えなくなるようだし、このタイミングで相談しておくのはいいことかもしれない。
「実際、従業員を増やすのはどうかと悩んでて……接客とか、在庫を数えたり、畑に薬草を摘みにいったりとか。それを人の手に任せられるだけでもかなり楽になるとは思うんですけど、なかなか一人では踏ん切りがつかなくて」
ここ最近考えていたことを打ち明けると、レイモンドは顎に手を当てて悩むような仕草をした。
数秒後、何かいいことでも思いついたように、彼はパッと顔を上げる。
「この街で求人を出すなら商業ギルドか? 今日もやってるよな?」
「やってると思いますけど。どうして?」
「俺もついていく、今から行こう」
ぽかんとするエレノアをよそに、レイモンドはエレノアに向かってエスコートするように手を差し出した。




