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おいしい薬の作りかた 〜近未来の魔法世界に転生したのに、なぜだかみんな薬草だけは生でかじってばかりです〜  作者: りっく
第1章 辺境の薬屋と無敵の騎士

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14.魔法みたいに

 エレノアの店は、オープンしてからもうすぐ一ヶ月になる。

 薬屋としてお客さんに信頼してもらうには、店の内装の清潔感も大切だろう。

 居抜きで借り受けたこの建物はそのままでも店として使えそうだったが、エレノアはあえて大枚を(はた)いて、店舗部分の壁と床を全て新しい木に張り替えたのだった。


 ……という情報を聞き出したレイモンドは、必死に床を拭いていた。

 雑巾でゴシゴシと擦るが、そこに広がった血の跡は消えそうにない。


「くそ、訓練所の雑巾掛けよりずっとしつこいぞ……」


 一人で文句を言いながら手を動かしていると、不意に外からバタバタと足音が聞こえてきた。

 自動扉が開き、二人の男女が慌てた様子で駆け込んでくる。


「大丈夫か、エリー!?」

 

 そう叫んだのは茶髪の男だ。

 金の瞳と、エレノアを愛称で呼ぶことから、彼がホリーという治癒師だとわかる。

 確かエレノアとは幼馴染で、ロゼの恋人だと。


(ということは……やっぱいるよな)


 ホリーとともに入ってきたのは、彼とランチの約束をしたと少し前に上機嫌にこの店を出て行ったばかりの女だ。

 彼女はレイモンドの顔を見て、きっと眉を吊り上げる。


「ちょっとレイ! あなたがいながら、どうして襲撃なんか許したのよ!? 休みだからって気を抜いてたんじゃないでしょうね!?」

(ちげ)ぇよ、ていうか俺が……」

「ロゼ? この方と知り合いなの?」


 口論になりかけたところに、ホリーが口を挟む。

 今にもレイモンドに罵倒を浴びせそうだったロゼの勢いがふっと弱まる。


(ナイス助け舟。っていうかロゼのやつ、そういう感じかよ?)


 ロゼはホリーが隣にいることを思い出したのか、一気にしおらしくなった。

 いつも強気で騎士にも構わず指図してくるような女が、言葉を選んで冷静を気取っているさまはなかなかおもしろい。


「あっ……ええ。彼は王都の騎士で、今日私をこの薬屋に来させ……こほん。連れてきてくれたの」

「なるほど。じゃあ薬茶を広めた話題の騎士様が彼ですか」


 ホリーはレイモンドに、笑顔で手を差し出す。

 握手を返すと、その細身からは想像もつかない力で手を握りつぶされそうになった。

 涼やかな笑顔のまま、手を握る強さだけでミシミシと圧をかけてくる。


「それで、エレノアは?」

「……っああ、ちょっと……取り込み中というか」

「まさか何かあったわけじゃないですよね?」


 ずいぶん幼馴染のことを気にかけているらしい。

 レイモンドは冷や汗をかきながら、奥の部屋に繋がる扉を指差した。


「……薬の研究に火がついたらしい」

「薬の研究に? なんで今……」


 ホリーは眉をひそめ、手に込めていた力を緩めた。

 事態を静観していたロゼが腑に落ちたように頷く。


「つまり、通報にあった怪我人とはあなただったのね、レイ。そして私たちに頼らず薬で傷を治した。けれど何か薬の反省点が見つかって研究モードに……ってところかしら」

「そう、その通りだ! 肩をグサッといかれたんだがこのとおり、もうすっかり無傷さ」


 レイモンドは肩をぐるぐる回してみせた。

 エレノアが包帯を巻いてくれたが、おそらくもうその包帯の下では傷が消えているはずだ。

 痛みも痒みもちっとも感じない。


「魔法みたいに治ったよ。すごいな、彼女の薬は」

「ええ。そうでしょう」


 レイモンドはしみじみと呟く。

 治癒魔法とは無縁のレイモンドの人生の中で、傷というのはなかなか治らないものだった。

 

 深く傷ついた仲間たちは苦しそうな顔をしながら神殿に運び込まれていき、出てきたら次の瞬間ピンピンしている。

 魔法攻撃を受けないレイモンドは彼らのように重傷に陥ることはないが、逆に小さな擦り傷や打撲とすら、時間をかけて付き合わないといけないのだ。

 

 些細な傷にすら苦しめられることを、自分の運命だと思っていた。

 それがエレノアの手にかかれば、本当の魔法みたいに傷が治るのだ。

 感動しないはずがない。


 レイモンドの言葉に、ホリーがなぜか誇らしげに同意した。

 彼はレイモンドの手を離し、エレノアと話しにいくのだろう、奥の部屋に向かっていった。


 部屋に残されたレイモンドとロゼは、顔を見合わせる。


「……強盗は?」

「自警団に突き出したよ。隣町から来てた怪しい行商だったそうだ」

「もともと盗み目当てかしら」

「さぁな。騎士だって名乗ってるのに、詳しいことは俺にも言えないとさ」


 肩をすくめるレイモンドに、ロゼは目を半分にして憐れむような視線を向けた。


「王都に魂を売ったと思われてるのかもね」

「……かもな」

「掃除、手伝うわ。あなたの血で汚れちゃったんでしょ」


 床に置いたままのバケツと雑巾を見て、ロゼは手伝いを買って出る。

 彼女は進んで汚れ仕事をする柄ではなかったはずだ。

 意外そうに目を丸くするレイモンドの視線から逃げるように、ロゼはしゃがみこむ。


「好きな人の好きな店だもの」

「……へぇ」

「何。人の恋がそんなにおもしろいかしら?」


 これ以上おもしろがったら本気で怒らせそうだ。

 レイモンドはそれ以上追及するのをやめて、ロゼと肩を並べ床掃除を再開した。

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