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おいしい薬の作りかた 〜近未来の魔法世界に転生したのに、なぜだかみんな薬草だけは生でかじってばかりです〜  作者: りっく
第1章 辺境の薬屋と無敵の騎士

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13.望まれぬ来訪者

 目の前にナイフがひらめく。

 エレノアは何もできずに、ただ口をあんぐりと開けてその光景を見ているだけだった。

 防御の姿勢すら取れない。ナイフを向けられた経験など、これまで一度だってないのだから。


「――危ないッ!!」


 目の前に鮮血が舞う。

 しかしそれはエレノアの血ではなかった。


 叫んだのは男で、斬られたのも男だ。

 違和感を察知して、エレノアを守るために戻ってきた男。

 レイモンドの肩に深々とナイフが突き刺さったのを、エレノアはただ、見ていた。


「っお前、何者だ!!」

「ぐっ……なぜ、騎士が――かはっ」


 レイモンドは右肩を貫かれながら、一切鈍らぬ動きでフードの男を制圧した。

 右手で腕をひねり上げ、鳩尾に左の拳を叩き込むと、フードの男は意識を失い、その場に倒れ込んだ。


 その間、一瞬。

 数々の修羅場をくぐり抜けてきた二級騎士にとって、辺境の街の強盗など他愛もなかった。


 ――騎士ってすごい。

 エレノアは驚いたように、二つほど瞬きをした。

 絶体絶命のピンチだと思ったのに、あっという間にレイモンドがなんとかしてくれた。


「ありがと――っ、!?」


 しかしお礼を言いかけて、エレノアは声にならない悲鳴を上げた。

 レイモンドが肩に突き刺さったナイフを乱雑に引き抜くと、どくどくと血が流れ彼の服を汚していく。

 ぽたり、ぽたりと腕を伝った血が、店の床にも跡を残した。


「っ、傷が……!!」

「あー……ちょっと、向こう見ずだったか」


 どこか太い血管を切ったのだろう。

 止めどない流血の量に、エレノアは軽くパニックを起こす。

 前世で習った応急処置のやり方や止血の方法も、何も出てこない。


(だ、だってこの世界じゃ治癒魔法があるから、前世の知識なんていらない――そうだ、治癒魔法! すぐホリーかロゼさんを呼んで、)


 エレノアは店の前に飛び出し、広場を歩く人を適当に捕まえて頼む。

 切羽詰まった表情で状況を伝えると、街ゆく男性は頷いて、神殿に電話をかけてくれるようだった。

 礼を言い、店の中に戻る。


 レイモンドは背を壁に預け、床に座り込んでいた。

 肩を自分の左手で押さえてはいるが、血はまだ止まっていない。

 エレノアが戻ってきたのを見ると、レイモンドは荒い息をしながら言った。


「おれは、……神殿には行けないんだ」

「え、でもそれじゃ傷が――」

「治らない。最初に会ったときも治ってなかっただろ。ほうっておけば血は止まるから、心配するな」


 レイモンドは自分の服を空いた左手でちぎって、右肩に巻きつける。

 左手と歯を器用に使ってぎゅっと肩の付け根を縛り、止血を終えた。


 一人で傷の処置をするのに慣れている人のやり方だ。

 エレノアは、初めて見たレイモンドの姿を思い出す。

 

 どこもかしこも傷だらけで土に汚れて、くたびれた顔で薬草を欲しがっていた。

 神殿に行けば騎士は優先して治療を受けられるはずだったのに、彼はそうしなかった。


「まさか、治癒魔法が効かないの……?」

「あぁ。俺はあらゆる魔法が効かない体を持った、“無敵の騎士”。その代償に、当たり前の医療も受けられない」


 何もかも吸い込んでしまいそうな黒い瞳が、エレノアを見つめる。

 治癒魔法を持つ者が金の瞳をしているように、彼の黒い瞳もまた、あらゆる魔法を受け付けない特性を反映しているのかもしれない。


(あれ? でも――)


 記憶の続き、くたびれていた彼はどうなったか。

 エレノアは気がついて、慌てて店のカウンターの下をごそごそと漁った。


(薬なら……薬なら効くんだ。私なら、この人の痛みを治せる!)

 

 あの日エレノアの薬を飲んで、レイモンドは本人も驚くほど早く回復したはずだ。

 エレノアは急いで、二つの薬を取り出す。

 一つは以前も大活躍した薬茶、もう一つはまだ開発途中で店には出していない塗り薬だ。


「まずは薬茶を、どうぞ!」

「……助かるよ」


 試飲用に、店頭に紙コップを常備していてよかった。お湯を注ぎ、ぷかぷかとティーパックを浮かせたそれをレイモンドに手渡す。

 ふわっと緑色の治癒成分がしみだしたそれを、レイモンドは一息に煽った。


 続いて、エレノアはレイモンドのそばまで駆け寄り、傷ついた方の肩の袖をグイグイと引っ張る。

 ナイフで傷ついた生地は、エレノアの力でも簡単に破れた。


「まずは傷口を洗いますね。〈流水(アクア)〉」


 傷口を擦らないように気をつけながら、指先からちょろちょろと流れる水で血を流す。

 床に赤い水たまりができるが、そんなのはお構いなしだ。


「よし。では塗り薬、失礼します。まだ開発中なんですけど、毒ではないので!」

「あぁ頼む……ってうお!? なんだこれいってェ!?」

「良薬とは()()()ものです、すみません!」


 すりつぶした薬草と毒消しのハーブ、やけど治しの蜜まで混ぜた万能の軟膏だ。

 配合の割合に納得がいかず試行錯誤の途中だが、ないよりはずっといい。

 血がこれ以上傷口から流れ出さないように、上から塞ぐようにぺたぺたと軟膏を塗っていく。

 完全に傷口を塞ぎ切る頃には、レイモンドは額に青筋を浮かべて痛みに耐えていた。


(……そんなに痛かったらむしろ薬の意味がないよね。要改良だな)


 咄嗟に使ったが、エレノアの“おいしい薬”のポリシーには反するものだったようだ。

 口に入れないから、ついつい使用時の苦しさの観点をおろそかにしていた。


 内心で反省モードになりながら、エレノアはレイモンドに笑いかけた。

 エレノアの知る薬屋さんとは、患者にそうするものだから。


「これでもう大丈夫。きっとよくなりますよ」


 何か眩しいものにあてられたように、レイモンドは一つ、瞬きをした。

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