7.訓練
訓練の相手は仮想的に生み出されている。獣型、虫型、ヒト型など種類は多いが、どれも手抜きのように黒の濃淡色で構成されていて、ヒト型に至っては目すらない。あと、切っても黒いポリゴンが飛ぶだけで、血が舞うことはない。
いつも通りである。私は相手を切り刻む。同時に私も皮膚を何回か切られ血が滲むがそこはご愛敬。
懐といってよいのかは微妙な線だが、蜘蛛と人を掛け合わせたような敵に接近する。足は蜘蛛。無数の産毛が生えているのすらよく見える。一歩で空中を渡り、短い腕が届く範囲にまで移動する。両腕を回転させ腹を裂くと同時に足の一本を断絶した。流れにそって黒いポリゴンがまかれる。
壁に着地し、片時も止まることなくもう一度空中へ。バランスを崩した蜘蛛人間は首への一撃を避けられない。
抵抗な振りぬいた短剣と、切り落とされた端から黒いポリゴンへと変換されていく人とも蜘蛛とも判別のつかない頭。
こういった敵と対戦するのは難しくない。腕が足か、腹か、耳か、少しずつ削っていけばよい。私は非力だが素早いし、空中戦は得意だ。それに体力はかなりある。
面倒なのは何匹かが一斉にかかってきたとき。敵一人にかかりすぎるとすぐにやられる。
さっきの蜘蛛人間が今度は三体同時に出現した。時間もかからず囲まれる。どれも私の身長の二倍はある。
三体から同時に突き出された足をかいくぐり、そのついでに足を切り落とす。面倒といえど、頭を使わない攻撃はそこまで怖くない。足を切り落とされ、バランスを崩した蜘蛛を一匹ずつ削っていく。
足は八本。まずは足を二本切る。もう一度。もう一度。それぞれの蜘蛛人間が大体同じくらいのダメージになるように傷をつけていく。どれか一匹でも視界の外に行って見失えばまずい。なんたって私の防御力は紙以下だ。
蜘蛛人間の足の一撃がまともに当たれば、私は容易に戦闘不能になる。
私はしばらく短剣で切り続け、そして止まった。
蜘蛛人間の足の数は半分に。浅いが身体への切り込みは五カ所ずつ。どれも右腕の一部はえぐりとっていて使えない。足から腹にかけても傷つけているから、身をよじるのも大変だろう。生物的に正しい関節の配置にしてくれているから助かるというものだ。
床を蹴って飛ぶ。ここまでくれば止まった的とも等しい。一息で三匹の首を切り落とした。
訓練は順調だった。だが訓練は加減というものを知らない。目の前の相手を倒せば、より強い、あるいは面倒な相手が新たに生み出される。蜘蛛人間が一匹から三匹へと変わったように。
大型の人。大剣持ちだ。
小型の獣。私と同じくらい素早い。
ナメクジのような相手。短剣では切りにくい。
たまに休憩をはさみながら、私は短剣を振り続けた。訓練に終わりはないし、上限はない。強い相手と戦うのはきついし、疲れる。
突進を躱し、跳ぶ。背後を取って虎のような獣の背中に着地すると同時に、力いっぱい短剣を突き刺した。暴れだすのも構わず渾身の力で短剣を固定する。虎は暴れ、短剣の傷はひとりでに、より深くなっていく。根本まで埋まった短剣の傷口から、出血のように黒いポリゴンが噴き出た。
しばらくそうしていると、虎はポリゴンのかけらとなって消えた。
私は動き続けた。
で、それはそんな遠くなく起こった。
ぱっと赤い色が飛んだ。血が飛んだ。私の血だ。もちろん、この部屋の中で私しか赤い血を流す人はいないのだから当然か。
それは少しの判断ミスだった。だが、右に飛ぶか後ろに下がるかを悩んだ隙の代償は大きかった。
剛力でもぎ取られた右腕が、肩から丸ごとそのまま宙を舞った。赤い液体をまき散らしながら、かなり歪な放物線を描き、短剣をその手に握ったまま床に落ちる。嫌な音と臭いとともに赤が床に散らばった。時を同じくして私の肩からは大量の血が噴き出し、床に落ちた肩の先からも遠慮なく血が溢れる。
声も出ない痛みとともに私は体勢を崩した。身体の右半分が怖いほどに軽い。なんの手ごたえもない。
同時に今敵対していた相手が霧散した。私が訓練不能になったため、訓練は一時停止である。
「治療」
明らかに合成か録音の声がスピーカーから流れる。床の一部が開き金属のアームが右腕を拾い上げる。血が金属の隙間に入り込んで壊れないのかは、何回治療を受けても永遠の謎だ。
ふらりとした。視界が心なしか暗い。血が流れているからか。私は床に倒れこんだ。
次いで床の一部が開き、バンドが現れ私を固定した。アームが私の右肩と、拾い上げたとれた腕の接着面を遠慮なく押し付ける。もはや、痛みといってもいいレベルなのか怪しい衝撃が肩から腹、頭の髄まで響いた。
「————っつうう」
今度は天井があき、レーザー光のような光が発射された。目の前すぐ近くでぱっと淡い光が弾けた。少し時間をおいてもう一度。ちぎり取られた腕と肩の境目、傷口のあたりを光がめぐっている。
「ぐぅうううううううっつう」
喉の奥底から痛みに耐えかねた声が漏れた。固定されていなければ床の上を転げまわっているところである。実際、私を固定しているバンドは私の動きにあわせて鳴っていた。
身体の中身を直接かき混ぜられているような形容のできない痛みが走っている。金属かなにかの棒で神経も血管も内蔵も、何もかもを無視してぐちゃぐちゃにされているような感触。
唐突に痛みはやんだ。
私はしばしぼうっと倒れこんだままだった。そろりと右指に動けと意識を向ける。律儀に短剣を握っていたままだった右指は、同じくそろりと動いた。くっついたということである。
私は立ち上がった。失った血の分の補給を受けて、そうしたら訓練再開だ。今日はこの治療があと二度ぐらいで終わればよいのだが。――――無理だろう。
今までも何回も切られているせいで、元から私の服には肩より先の布がない。露出した腕をぐるりと動かし、私は補給を受け始めた。
明日は試合の日だった。
間違いなく、全身に今のような治療が行われることとなろう。息を吐いて、私はとりあえず、訓練に集中することにした。




