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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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5. 執心

私とシュナは目を合わせてしばし固まった。


 シュナと部屋以外で会うことはめったにない。だからお互い驚いたわけなのだが。


「どうしてここに?」

 

 私の質問がシュナに届き、そしてシュナが答えようと口を開けた瞬間。


「シュナ――――――っっっ!!!」

 

 軽やかな声が響いた。鈴を海辺で転がしたような声。つまりは綺麗な声。私はその声が誰のものか知っていた。シュナの視線は私から外れた。


 間を空くことなく、廊下を走る音とすぐそばにいるシュナに飛びつく音がした。


「わっ」

 

 シュナは慌てたように声を出して、飛びついてきた人を両手で優しく受け止める。


「今日も勝ったよ――――」


 それはどこからどう見てもさっきまで戦っていたフュスラであった。燦めく金髪、複雑な蒼い目。だがその頬が桃色に染まっているのは気のせいではないだろう。


「どうだった?」


 フュスラは甘えるようにシュナに問いかけた。決闘していたときの様子とは全く違う。こっちのほうが本性なのだろうか。


「いつも通り余裕だったね」


 シュナの返答に、フュスラの顔は花が綻ぶように緩んだ。


 その笑みを見て、心のどこかが冷めたのをまざまざと感じた。


 フュスラはシュナにご執心だ。それはもう不思議なほどに。シュナの顔が好みなのかなんなのか、溺愛というのは少し違うようだが、依存とは言ってもいいかもしれない。


 フュスラはシュナを大切にしていて、シュナの望むことならどんなことであっても成し遂げようとすら思っている節がある。


 で、私が知る限りの間、フュスラとシュナはそんな関係をずっと続けている。監獄内ではあまり噂されないのは、フュスラを皆が恐れていて口にしたがらないからなのか。


 そう、シュナはフュスラに呼び出されてここにいたわけだ。


 相変わらず自分の察しの悪さに反吐が出る。そうでもしないと、シュナがこんな上層にいるわけはないのに。


 この監獄では、地下に降りるほど入居や滞在に必要とされる《ランク》は高くなる。決闘場だけは例外だが、それ以外は食堂も部屋も、訓練場も別の階となる。


 噂に聞くだけで私は地下に行ったことがない。おそらく一生行くことはない。


 シュナは《ランク》が低いことはもちろん、私と同じように《ベラ》もほとんど持っていない。稼げる手段がないから当たり前。


 だが、シュナは一級に呼び出されていて、1日のほとんどを最下層で過ごしている。もちろん《ベラ》は一切払っていない。ただ、その資格を与えられているだけ。


 この監獄で一級に気に入られるとはそういうことだ。多くのものが与えられる。豪華な食事、豊富な書物、――――《ランク》が高いはずの者を見下ろす権利さえも。


 それを身分不相応と罵るか、上手くやったと嗤うかは人による。どちらにせよ嫉妬も侮蔑も、避けては通れない。


 私は歩き出した。シュナと関わるのがばかばかしく思えた。私には無縁だ。誰かに心底愛されることも、――――その愛を全て受け入れることも。


 シュナは私に一瞥もくれず、フュスラと話し続けた。フュスラは元から私の存在を認めていなかった。その目が私を向くことはなかった。


 綺麗な、美しい二人であった。全てを削ぎ落としたとしても、それは事実と呼んで良いと思った。


 廊下を歩く。無心。


 次の曲がり角に到達したとき、向こう側から誰かがやって来ていた。


 で、避けるのが間に合わなかった。角寄りを歩いていたから、そんなものか。


 衝突。相手は大袈裟に叫んだ。


 当然のように私はニ、三歩下がった。ぶつかったのは体格のよい少女で、《刻印》がろくに育っていない私が身体面で勝てるはずがない。


 肩が痛い。


 顔を上げて、ぶつかったのは相手の顔を見たとき面倒ごとになる予感があった。


 どう見ても嫌な笑みを浮かべていた。偏見は良くないだろうが、今までの人生が嫌な未来を告げていた。


「何してくれんの?」


 少女の口から吐き出されたのは剣呑な声だった。


 両方落ち度はないし、悪い、の一言ですむ話だっただろう。私が十級で、最底辺でなければ、の話だが。私は黙った。なにを言っても無駄だ。


「お前誰っけ。どっかで見たことあるなぁ??」


 間違いなく、相手は私を知っている。名前は知らなくても、十級であることは知っている。上位の《ランク》と下位の《ランク》に属する人は厳しくチェックされている。もちろんそれは、下手な面倒ごとに巻き込まれないためと、いたぶって良い相手を知るため。


 誰かを下に見て、踏みつけて生きていかねば、自分が上から押さえつけられていることに耐えられない。


 自らが弱いと知りながら、強者の仮面をひっかぶる。いくら滑稽で哀れであろうとも、そうしなければ――――この監獄は地獄となろう。


「あーわかった。十級だな――――あいつと同室のやつだな」


 少女は大声で叫んだ。


 その言葉を聞いたとき、私はむしろ感心した。あいつ、がシュナを指しているのは明らかだった。で、多少侮蔑の色が滲んでいた。そんな大声で言ってフュスラの耳に届いた暁には、こいつは生きていけないだろうに。


 少女は辺りを見回した。誰もいなかった。そうだろう。下位の《ランク》でもなければ廊下を伝って移動などしない。おそらくこれから人がこの廊下を通ることもない。


 少女はさすがに声を落とした。だが、次に出てきた言葉はありありとした嘲笑を纏っていた。


「あいつどうやってんの??媚びてんの?女子に???うまくやるよねぇ、一級を侍らせてさ」


 刺を内在させた声であった。


 嘲りの矛先は私でなかった。黙ったままの私に目の前の少女は飛びかかって来た。それは酷く脈絡のない行動だった。


 私の身体は壁に勢いよく衝突した。少女が突き飛ばしたのだ。背中に痛みが走る。少女は私よりも背が高く、両腕で私の首辺りを掴み、遠慮なく持ち上げた。私はそこまで軽くないだろうに。首に力がかかり、息が詰まる。ぱちりと目の前に火花が走った。


面倒ごとだ――――面倒ごとだ。


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