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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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34.崩壊

(ヴィア)

――――シュナは元気?


 私はゆっくりと瞬きをした。アイナはそう間違いなくそう言った。残りの一級も、さっきまでの話はどこへやら私を見つめている。混乱した。なぜそれを私に訊くのか?シュナへの執心の強く繋がりの深い三人か三人ともそれを訊くのは、おかしくないだろうか。だって、シュナは。


「元気と言われても――――もう二週間も会っていない。アイナ達の方にいるかと思っていた」


 驚いたのは、一級の方だった。驚いたというよりかは、困惑していたという方が適切だろうか。


「会ってないの?というか、なんでシュナが私達の方にいるのよ」


 片眉を上げながら、アイナは呆れたようにそう言った。不機嫌そうな口調であった。なんで?どうしてそんなことを言う?喉にへばり付くような違和感。私の怪訝そうな顔つきは、一級にも伝わったらしい。三人の顔にも、消化できないような疑問が見られた。私は口を開く。


「今までだってそうだったから、私の部屋にいないときは――――」


 言い終わる前に大きな音が立った。部屋の注目が集まる。フュスラが勢いよく立ち上がった音だった。細い身体に垂れる長い金髪がざわりと揺れる。蒼い眼は大きく見開かれていた。


「なんて言った?」


 おそろしく整った小さな顔が、私の方に向けられた。複雑に蒼色を重ねた眼は、美しく繊細であり、何よりも殺気立っていた。淡い桃の唇が小さく震える。それは一級の凄み。私を殺そうとでもする態度であった。


 私は息を吐いた。何かがある。何か見過ごしていること、何かシュナが言っていないことが、ある。――――それは何?私は先に言葉を練った。息を吸って一息で言う。


「私はシュナと部屋を共有しているけれど、今まで夜にシュナが帰ってくるのは一週間に一度だけだった。だから、他の時は一級と過ごしているのだと思っていた」


 不自然な沈黙。一級は驚きを超えて、言うべき言葉が見つからないというような奇妙な表情を浮かべていた。私はなにかおかしなことを言ったのだろうか?


「どうやってそんなことをするのよ」

「どうって」


 アイナのその言葉に私は一層混乱する。どうもこうもないだろう。単純に部屋の外に出て、会いに行けば良い。私とヨミがメイトに呼び出されて訪れたように。簡単なはずだ。だってそうでなければ。そうでなければ。頭は恐れの正体を暴く。


――――シュナは毎晩、何をしていた?


 混乱。混乱。分からない。ああ、分からない。


「ヴァア」


 ヨミの声だった。私は斜め上を見上げ、形容のつかない顔をしているヨミを見た。水色の落ち着いた目が私を見下ろしている。その目を見ていると、心が落ち着いていくのを感じた。見たことがないほど優しく、ヨミは噛んで含めるように私に言い聞かせる。


「――――夜、部屋の鍵は閉まるだろ。部屋にいることを確認してから鍵がかけられて、朝どの部屋も同時刻に鍵が開かれる。外出はできない」


 その優しさを、私の頭は理解を拒否した。

 部屋の鍵が閉まるはずがない。そんなはずがない。


「閉まらない。私とシュナの部屋に、鍵がかけられたことは一度もない」


 部屋の中を、沈黙が支配した。それは先程の沈黙よりも濁っていて、曇っていた。今、出された事実は受け入れがたかった。


「シュナはいつも、変則的な時間に部屋に帰ってくる、私が目を覚ましたときにはいなくなっている」


 私は早口だった。それを自覚しながら、どうしようもできなかった。


「シュナと朝ご飯をたべているのではないの?」


 私の問いを、一級は無言によって答えた。私はシュナが朝ご飯を食べているところを、もっといえばいかなるご飯を食べているところを、見たことがない。それは一級と食べているからだと、そんな馬鹿な。


「シュナは訓練をしていただろう?」


 カーテの声は尖っていた。それは質問でありながら、その答えを知るものはいない。だってシュナは、一級のところにいるはずで。ああ、でも、サインはあった。私はシュナが怪我をして帰ってくるところを見たことがない。試合の日ですら、そんなことはない。私が知っているのは、艶やかに笑うシュナの顔だけだ。


「シュナの、シュナの《刻印》を知ってる?」


 私は訊いた。一級は沈黙した。一級は知らない。私も知らない。ふれあう機会がなかったから。訊く機会がなかったから。


「――――シュナは何をしているの?」


 フュスラは先程までの緊張を消し、呆然とした風に言った。シュナは、何をしている?監獄ではそんなに簡単な質問もないというのに、私達は答えられない。


「お前ら、シュナのことを何も知らないのな」


 ヨミは冷静だった。その言葉は私だけではなく、一級にも深く刺さったに違いなかった。何も知らない――――違う、知ろうとしなかった。私は、何をやった。


 知ろうとすれば、踏み込もうとすれば、何か変わっただろうか。シュナが躊躇ったその隙間を、埋めようとさえすれば、今私はシュナの外殻にこんなにも衝撃を受けなかっただろうか。


「罪な男だな」


 ヨミはそういって、私の肩をひっぱった。踏ん張ることもできずによろける。ヨミは小さく舌打ちをして、私を部屋の外へと連れて行こうとした。抵抗することもできない。なにもできない。それは一級も同じようだった。一級の顔は全て蒼白で、言葉を発していなかった。だれよりも好きな人が、だれよりも愛する人が、自らを誤魔化していたと知ったのだ。


「待て、話は――――」

「シュナに縋る理由があったんだろ」


 カーテの、最上の言葉をヨミは軽く遮った。カーテの言葉が止まる。ヨミは投げやりに言った、投げやりなくせに、その言葉は鋭かった。


「あいつが縋ることがあったか?」


 ヨミは一級にも、私にも背を向けていた。その言葉は、私の胸を穿った。拒絶をしたのは、私なのだ。私なのだ。


「男一人が思い通りにならなかったからって、五月蠅くさえずんなよ」


 一級は憤慨していいはずだった。憤慨して、ヨミを八つ裂きにしてもよいはずだった。だが、そうはならなかった。私を含めて全員がその言葉に真正面から踏み潰された。


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