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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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32.侵入

(メイト)

 大きくのびをする。ぷはあと息を吐いた。


 うんうん。今日も今日とて無事に終わった。決闘はあったけれど、久しぶりの対人戦としては手応えがある。廊下を機嫌良く歩く。今日はなんだか、歩きたい気分だったと言うことで。


 アイナは調子が悪かった?それとも油断していた?どちらにせよ、いつものようじゃあなかった。なんとなく、今までアイナには感じられなかった、後ろ向きな感情――――恐れとか怯えとか?そんな気配がした。後ろ向きの感情自体は悪いことじゃないけど、その感情の発生原因はなに?


 変な命令、か。


 アイナのその言葉がふと頭の中に浮かぶ。今の監獄は変。いや、最近の監獄は変だと言うべきだね。最近、いやもっと明確か。それはとても明確に、頭の中に浮かぶ。


――――()()()()()()()()()()()


 俺は、自分の部屋の扉を開けた。見慣れたはずの、真っ暗な部屋の前で、少し立ち止まる。見通せない奥を、しばしぼうっと見た。何か見えはしないかと、期待しているわけではないけれど。


 部屋の中に足を踏み入れる。本能が警鐘を鳴らすのと、俺の目がそれを捉えるのはどちらが早かったかな?


 《斬風(ざんふう)


 《刻印》を発動――――放たれた風の刃に、両断されるは黒い獣。間違いない、訓練で時たま相手をする獣と同一だ。黒い欠片が飛び散る視界からそれを読み取る。息をつく間もなく二、三体が襲いかかってきた。どうしている?どうして襲いかかってくる?さあ?


 凹凸の少ない獣の顔が正面に来る。その細部の、顎が最大限に開かれる動きがよく見えた。超接近戦。迷っている暇など、ない。掠る。飛び散る。裂く。捻る。跳ぶ。宙返りをする、緑髪が視界の中で翻り、獣は躊躇いもせず襲いかかる。音が消える。宙を渡り、風がその身体をもって獣を切った。


 獣自体を排除するのに時間はかからない。――――でも。


 いつからということもなく、背中を汗が伝っていた。いつでも飛び出せるようにして、俺はそれを待っていた。間違いない、何かがいる。何かがいて、こちらを見ている。姿は見えないのに、その圧倒的な存在感が空気を伝ってくる。


 俺は小さく息を吐いて、視線をずらさずに手の先から小さな風の塊を飛ばした。風を飛ばして、部屋の電気のスイッチを押した。視線を逸らしたら、まずい気がしていた。


 スイッチが入り、一瞬にして部屋が明るくなる――――その明かりを受け、それは突進してきた。距離は驚くほど簡単に縮まった。避けられない。


 視界いっぱいに、白髪が広がる。艶はあるのに瑞々しさのない年老いた髪。その白髪の隙間、長い大量の黒い睫毛に縁取られ、真っ赤な右目が笑っていた。そこだけが世界野中で浮き出ているような、人を絡めて離さないような一色の目。反応する間もなく尖った長い爪が目の前にあった。左の眼球の、その、ほんの少し手前に。あと少しで――――。


旋風陣(せんぷうじん)


 俺の身体はくにゃりと曲がった。風のようにつかみ所のないものへと。心臓は落ち着いていた。俺の金の目はどうにかこうにかまだ無事っぽい。

 

 部屋の反対側へと、身体の外形を崩しながら移動する。足で移動というよりかは最早、空中を渡るといった方が正しいかもしれない。相手は追撃してこなかった――――それは、大人の女性の形をとっていた。顔の左半分は赤い花が敷き詰められている。アイナを真似した?あんまり趣味がいいとは思わないね。豊満な身体は、フュスラが着ているようなワンピースに包まれている。深紅の唇がにたりと笑った。それは美しいのかもしれない。俺は正直、醜いと思うけど。


「――――アァ」


 それは声、だった。頬まで唇の先が裂けるほどに、ぎりりと笑ったまま、女は音を発した。


 甲高く、色味のない声。普段聞く、スビーカーからの音をかなり狂わせたら近くなるかも。


 女の足元から、どういう原理かゆたりと獣が現れた。それらは実に多種に渡っていた。肉食獣のそのままの形をとるものも、鹿のような下半身に、腕の四本付いた人の上半身をとるものも、コウモリの翼に、蛇のような胴体をとるものも、それらはありとあらゆる動物を子ども切り貼りして作ったように歪。作られた先から目が開く。それは感情の映らない妙なぬめりを帯びた赤い目。


 獣は増殖していく。俺の部屋は狭くない。いや、広い、と思う。訓練室を二つ繋げた程の大きさはあるのだから。けれども、女が生み出す獣は部屋を埋め尽くしそうな勢いであった。獣獣獣獣獣獣獣獣獣獣獣獣獣獣――――目目目目目目目目目目目目目――――きちがいの光景。赤い目は間違わずに俺を射貫いていた。その口を、その腕を、その足を、その暴力全てを目の前の小さな小僧にぶつけるために。これは訓練ではない。


 俺は自分が笑っていることを知っていた。心の底から、とても自然に、俺は笑っていた。美味しい食事に出会ったときのような、新たな《刻印》の能力を開発したときのような、カーテやヴィアと話しているときのような、俺にとっては一種類しかない笑みを、俺はいつも通り浮かべている。いいね。いいね。死地はこういうのなのかな?


 いつか死ぬときは、今日か。


 女は音を発した以外にはなにも話さず、俺も何も言わない。衝突の開始はてきとうで、子どもの遊びのように無邪気なもの。俺にとっては、それぐらい軽いってこと。


 宙を駆ける、動いた先から脆くも黒い欠片が無数に飛ぶ、風が渦となり獣を絡め取り、その腹の中で八つ裂きにする。腹にとりこまれるのを避けたとしても、無傷で逃げられるものはいない。赤い目が砕ける、肌が裂ける。赤い血が飛ぶ、黒い欠片と混ざりそれはすぐに分からなくなる。白い髪が煽られ膨らむ。それは互いの生死を賭けた、実に鮮やかで、どこまでも無音の舞踏会。


 両手で風をおこし、周りの獣を一掃する。隙間ができた。その隙間だけで十分。


神天撃(しんてんげき)》――――。


 両手に構えるは、風の槌。俺はそれを遠慮なく床に叩き付けた。


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