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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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30/35

30.一級対二級

(ヴィア)

 画面の中で、メイトとアイナは少し喋っているようだった。画面越しでは《刻印》発動の音は拾えるが、それ以外の音は基本的に拾えない。


 ただ二人の笑みが一層深まって、緊張が一気に高まった。指で引っ掻けば、ばちりとはち切れてしまいそうなほどに二人は本気だった。


「これ、大丈夫なのかよ」


 ヨミは思わずといった口調でそう零した。私は唇を引き結んだ。メイトは死なないか?アイナは死なないか?


 死ぬ時は死ぬだろうし、その可能性はある。分からない。


 アイナが先に動き出した。滑らかに、素早く、艶然と扇を開く。赤い花が舞っている。自らの動きが人を魅入ることを知っている動作。


――――動き出したのはアイナが早かったが、そこからの動作はメイトの方が格段に早かった。


紅纖華(あかはな)


 赤い花が辺りを覆う。その中をメイトは躊躇いもせず駆け出した。瞬間、私の目はメイトの動きを捉えられなくなってしまった。おそらくそれはアイナも同様だった。その赤い目が揺れる。


疾天駆飛(しってんとひ)


 その次の瞬間、メイトは空中にいた。鮮やかな緑髪が空中に線を描く。メイトは、アイナの斜め後ろの空中にいた。アイナの口から笑みが消えて、振り向こうとした瞬間――――ばっと赤い花びらが飛んだ。決闘を観戦していたもの達から、驚きの声が上がる。悲鳴のような声さえ聞こえた。


 メイトの金の目が楽しそうに色を滲ませる。


 赤い花びらが溢れた。――――アイナの身体から。最初の攻撃はメイトの勝利。


 メイトはアイナを飛び越える際に、両肩をいかなる手段によってか切ったのだ。アイナの鎖骨の辺りから、両肩を通り二筋の深い傷が刻まれた。普通であれば血が飛び散るはずだが、代わりに赤い花びらが飛び出したのはアイナの《刻印》の能力なのだろう。


 骨への傷は流石に避けただろうか?どちらにせよアイナは怯まなかった。アイナの身体から溢れた花びらは、そのままゆらめく炎となってメイトの追撃を阻もうとする。


 だが、もしそんなものでメイトが止められると思っているならば、それはメイトをみくびりすぎである。

 

 メイトは地面に足がついた直後に身体の向きを変え、突進した。その目は炎を捉えているが、同時に炎を捉えていない。私が思うにメイトには、おそらく恐怖という感情がない。恐怖を感じることがない代わりに、他者の恐怖も理解できない。ゆえに無邪気。


 メイトが動く。アイナの赤い目が見開かれる。


風 が、吹いた。――――《疾天駆飛(しってんとひ)


――――アイナは横に跳んだ。すぐに扇を握った腕から赤い花びらが舞う。メイトの攻撃。だが、浅い。


 メイトは?メイトは笑っていた。その左足し膝より少し下のあたりに完全な見事な赤花が咲き誇っている。《紅花(あかはな)》、カウンター。二撃目は痛み分け。服が裂かれていて、花はよく見えた。肌から直接生えている。私は自分の肌が泡立つのを感じた。


 二人は距離をとって、一時的に睨み合った。両者の笑みはより猛々しいものへ。


 アイナはおもむろに自らが着る着物に手を伸ばす。メイトは行動を起こさなかった。ぱちりと音がして帯から下の着物の左横が開く。そもそもそういう作りになっていたのだろう。アイナの白い左足が半ばほど露わになる。床に咲いた赤花と対照的でよく映えた。


 今までアイナはずっと動きにくい着物でやってきたわけで、つまり、まあ、そういうこと。


 次に動いたのはアイナだった。その速さに息を呑む。今まで一度も、自ら打って出たことがない分それは完全に予想外だった。


 赤い花が螺旋を描くように舞い散る。花に紛れて斬撃が飛ぶ。メイトは躱そうとするが、その隙を利用してアイナはさらに距離を詰めた。


 一気に接近戦となる。アイナの扇での攻撃に、メイトは素手で立ち向かう。風を纏った拳が花を打ち払い、扇が至近距離から斬撃を飛ばす中、両者は激しくぶつかり合った。お互いの髪が乱れる。その笑みだけ維持して、二人は互いを傷つけ合う。


 いくらかの打ち合いの末、メイトの左肩から首筋を這い上り、左耳下部までに一斉に花が開いた。肌に生まれた赤い、残忍な華。メイトの肌を侵食しようと蠢き、蕾を結ぶ。三撃目はアイナの勝利。


 メイトは素早くアイナと距離をとった。アイナは追撃しない。それは無駄な動作であった。アイナはメイトより遅い。メイトが先に動いて遠ざかった場合、アイナが追いつく可能性はない。メイトはその点有利であったが、植えられたアイナの赤い花には手を焼きそうだ。


 アイナは即座に次の行動に移った。戦闘の初期に比べると鮮やかさを些か失った唇が開く。


赫炎花(あかはな)


 メイトの首筋に生えた花が突如炎と化す。アイナの《刻印》の能力の真骨頂。巻き上がるように燃え上がり、メイトの肌を舐めるように焼こうとする。――――メイトのとった行動は単純であった。


 メイトは手を伸ばした。自らの首に広がる炎を、まだ燃えていない赤花ごとちぎり取った。それはちぎり取ったという形容がふさわしかったが、なぜ目の前をちらつく炎におびえを感じないのか、そして炎に手を突っ込むことに対して恐れを感じないのかは分からない。ともかくも、メイトの幼い指は炎をむしり取った。それは多分、メイトの燃え始めの肌の欠片までもを含んでいただろうが、メイトは何ら躊躇しなかった。


 炎の欠片がぱっと舞った。不思議な光景だった。凄惨なはずなのに、驚くほど鮮やかだ。


 炎は勢いを失ったが、未だくすぶっていた。メイトに余裕はない。一方、アイナの方も楽ではなかった。気を抜けばメイトの速さに仕留められる。相対的にアイナの方が優位に立っていたが、その優位は頼りなかった。


 メイトの周りを暴風が覆った。アイナの炎と干渉し合い、空気が酷く歪む。赤い花が焼け溶ける音を、風が踊り肌を切ろうとする音を感じることすらできそうであった。主の意のままにあろうとする《刻印》同士が牙を剥く。あの二人が立っている場は、苛烈という言葉すら生温い、傷つけあいの場。


 再び両者は目を合わせた。その双眸には互いに何の躊躇いもなかった――――私達はそう育てられた。見知った人を傷つけろと、同じ境遇で足掻く者を踏みつけよと。


 赤い花が生まれる。生まれた先から炎に転ずる。揺らめく明かりが肌を照らす。風が吹く。吐き散らし、炎を荒し、その見えない身をくゆらせる。


 終わりは唐突だった。


――――前触れなくぱちんと画面が黒くなった。


 私ははっとした。遠くにいっていた意識が無理矢理引き戻されたようである。気づけばそこには、炎も花も風も存在しない。


 スピーカーから音が流れてきた。


 「訓練時間の規定により、決闘は中止――――」


 一秒だけ静寂があって、その次に食堂を埋め尽くすような怒号があがった。


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