29.無邪気な鬼
「ないね」
「ないな」
あれから二週間ほどがたつ。私とヨミの意見は一致した。
私達の住む居住区の一階層、そして居住区と決闘場のある二階層、図書室のある三階層、どれも全て立入禁止区域というものがなかった。つまり管理人がいそうなところはない。私達が立ち入れるのは《ランク》の関係で三階層までだが、これは絶対だ。
「上に行く手段も見つからなかった」
「なかったな。隠されているんなら別だが」
「――――外に行く手段は物理的に存在しない?」
呆れたようにヨミは息を吐いた。最近は馬鹿にされることが多い気がする。気のせいだろうか。
「それならどうやって俺達を戦場に送り出す気だったんだよ」
「確かに」
沈黙。ヨミはフォークで刺した肉にかぶりついた。私も野菜を口に押し込む。水気のない食感。ここは食堂。入居者が大勢食べている中、部屋の隅で私達はひっそりと話していた。ひとしきり食べた後で、ヨミは再び口を開く。
「エレベーターはどうだ?」
「メイトに会うのに使ったやつ?使い方がよくわからなかったけれど、上に行けるかな」
「分からんな」
エレベーターは使用に許可がいる。《ランク》によった許可であり、《ベラ》は役に立たない。私達十級にはもちろん許可がないから、前はメイトを通した許可だった。
「後は力技か。天井を壊せば、究極的には外に行ける」
「そりゃそうだが、俺達じゃ無謀だな」
「メイトでも厳しいかも。メイトの《刻印》は破壊力に特化しているわけでもなかったし」
再び食事を開始した。肉を頬張る。繊維を噛み切り、どうにか喉の奥に押し込んだ。顎の力が弱い私には難しい食事だ。
「訓練で大怪我をすると、治す機械が出てくる。どうにかその機械の出所に潜り込めないか」
「ヴィアの体躯なら可能か。だが、一歩間違えれば圧死の可能性もあるしな」
そもそもあまり考えるのが得意でない二人が集まったところで、生まれるアイデアはたかが知れている。必然、黙って残りの食事をかき込むこととなった。食事はおかわりだけは自由だ。ヨミは私のゆうに二倍は食べた。
「メイトの方に相談してみるか」
二週間の間、私達とメイトが会うことはなかった。そもそも、日常は訓練と試合だけで埋まってしまっているのだ。睡眠時間の確保は必須だし、階を三つだけ調べるのにすら二週間という時間がかかってしまう。メイトと会うような暇はない。あっちからこっちに訪れてくれるなら話はまた別だが、そうしない限りメイトと関わることはない。
「やあ、お二方!」
私達は同時に声のした方に顔を勢いよく向けた。私達の会話を聞いてでもいたのだろうか?毎度毎度、いいタイミングで登場するものだ。
メイトは変わらず金の目を輝かせ、こちらを見ていた。軽い口調は、メイトが与える幼い印象をより強いものにしている。
私達ができる限り要領よくしようと説明するのを、メイトはうなずきながら聞く。とはいえこれくらいのことはメイトも考えているだろうが。
「なるほどね。どれもできそうだけど、どれも決め手に欠けるなぁ」
「だよな」
どれも少しでも考えれば思いつきそうなものばかりだ。あまり良いものではない。ヨミもそれを思っていたのか、話題を変えた。
「今、こっちにいて良いのか?訓練が始まるだろ」
お昼時間も半分を過ぎた。メイトがいくら《ベラ》を保持していると言っても、訓練に遅れたとかの無駄な消費は控えたいだろう。
「あれ、知らないか。これから決闘あるからさ、こっち来たの」
私とヨミは目を合わせた。メイトの無邪気さを目の当たりにした身からすると、名も知らない、メイトに決闘を挑んだ人に同情する。最近、確かにメイトは決闘を行っていないから取るに足りないと踏まれたのか。
「そりゃまた、相手の可哀想なこと」
ヨミの茶化すような声に、メイトは首を傾げた。心底不思議そうであった。
「そんなに俺を買ってくれるの?」
「買ってくれるのって――――お前、やりすぎないようにしろよ。相手をいたぶるのは良くないからな」
そこまでヨミが言ったとき、メイトは盛大に吹き出した。笑われて、ヨミの顔が若干引き攣る。ここで私の頭にはある考えが閃いた。
「大丈夫だよ。決闘を挑んだのは俺だから」
「は?」
ヨミの頭は処理に困ったようだったが、徐々にその意味を飲み込んだのか、表情から色が抜け落ちていく。腹の辺りに、ひやりとした異物が混じっているような気がする。メイトはとんでもないことを言っている。
「――――俺は一級になるよ」
メイトの白い歯が、そっと剥かれた。子供特有の、何の気負いもない可愛らしい笑顔をメイトは浮かべていた。ああ、でも。無邪気さも塗り込めてしまえば狂気に達するのだと、私はこのとき初めて理解した。
「――――私達のためか?」
私のその言葉は、自分を高く見積もりすぎている。それは十分理解しているとも。だが、私はそれを訊かねばいけなかった。訊く必要があった。
「俺のためだよ?」
果たしてメイトはそう言って、私達の前から消えた。緑髪が揺れる。少年を飾り立て、その堂々たる態度を誇示していた。二級の、監獄の一角を占めるものにのみ備わる風格。
私とヨミにできたのは、言葉なくメイトの後ろ姿を見送ることだけであった。
一級と、二級の決闘自体は行われないことはない。だが、大抵の場合面子は固定されているし、互いに力量も把握している。一発逆転を狙った二級が一級に挑むことが多く、一級が負けたことは一度もない。大怪我をおったことすらもない。
肌がひりつく。メイトの本気とは、どのくらいであろうか?その力は一級に届きうるのだろうか。その肌を裂き、血を暴き出すだろうか。
嫌な予感がする。それはヨミも同じだったようで、私達は黙りこくった。食堂に飾られた、大画面を二人で見上げる。そうかからずに、決闘は始まった。
最初に大写しになったのはメイト。
そして、次に画面に映されたのは、つまりメイトの相手は――――。
私は天を仰いだ。どうなるか検討もつかない。
それは美しい少女。赤髪の混じる黒髪は丁寧に結い上げられ、金の簪が止めている。赤い目は油断なく開かれ、黒と赤の着物に彼女は身を包んでいた。右手には閉じられた扇。赤い唇が、これからの決闘への高ぶりを示してか、つり上がっている。
――――二級メイト対一級アイナ。
決闘の火蓋が落とされた。




