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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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26.誤り

 結局、今日は一試合も行わなかった。試合に関係した怪我等の理由がなくて欠席なので、私がこつこつ貯めていた《ベラ》の半分が一気に吹っ飛ぶところだったが、メイトが肩代わりしてくれた。ありがたいかぎりである。


 【絡の籠】の深さは多種にわたるようだ。本当に高位の《ランク》の威厳としてだけ機能し、友達のような関係を築く人達もいれば、《ベラ》の支給はもちろん、訓練を同じ階層にしたり、食事のアップグレードの《ベラ》を代わりに払ったりといった養う関係を築く人達もいる。


 メイトは自由だった。必要なときは《ベラ》を渡す。ほしいときは言う。メイトが私達を日常的に呼び出すことはない。だが、私が毎週第一図書館に入れて、訓練服を気軽に買え替えられるほどの《ベラ》をくれた。ここは感謝して使わせてもらおう。もちろん追加で《ベラ》を頼む気はない。


 私は廊下を歩いていた。今日はさすがにもう誰にも絡まれないことを祈る。傷は消えたが、傷つけられた痛みは残る。身体をすりおろすと言われた時の、ひりつくような恐怖も。


 情けない。例えこの監獄で最底辺を這いずっていようとも、痛みも恐怖も、抑えてしまえるものは抑えなければ。そうでなければ生きられない。


 自分が【絡の籠】を締結して、改めて考えてみるとシュナと一級の関係はかなり特殊なのかもしれない。なんにしろ、シュナは三人とも【絡の籠】を締結しているのだから。――――一級はなぜあれほどシュナに固執している?シュナの独り占めもできないのに。一級は、メイトほど純粋ではない。


 今までは単に一級が心底惚れているだけだと思っていたが、そうではないかもしれない。いつもは考えもしないことに頭を回す。おそろしいほど高品質なベッドで寝たからか、身体はまだ怠いが頭はすっきりしている。


――――必要に駆られたから?


 その考えは自然に降ってきた。今の私がそうであったように。誰かが何かを必要としたから。そうでないと、いけなかったから。生きていけるかどうかに関わるほどに重要な?


 シュナが必要とした?それとも、一級が必要とした?


 シュナが監獄内で不自由なく生きていくには、一級と一人でも繋がりがあれば十分だ。なんだってできる。なんだって可能だ。それでは、一級がシュナを必要とした?十級を?最底辺を?どうして?それこそ意味が通らないではないか。


 分からない。


 私はそこで思考に区切りをつけた。ちょうど部屋の前に着いた。見慣れた飾り付け一つ無い鉄の扉が、どうにも安心する。今日はもう休もう。


 扉を開く。いつものように、誰もいない部屋――――。


「おかえり」


 無骨な部屋にふさわしくない、柔らかな声。濡れたような黒髪。私を見通すような銀の目。見間違いかと思い、だがそんな人など一人しか知らない。


――――なぜ、シュナがここにいる?


 今までシュナのことを考えていたせいか、反応が遅れた。いや、随分長い間会っていなくて、もう会わないと思っていたから反応が遅れた。そっちの言い方の方が正しい。


「今日はいるのか」


 私は散々躊躇った挙句、かろうじてそう言った。シュナは微笑んだ。色香の立ち上る、艶めいた笑み。相変わらずだ――――シュナを見るとそんなことばかり思い浮かぶ。


「試合は大丈夫だった?」


 なんと答えれば良いものか。大丈夫といえば大丈夫だし、酷かったといえば酷かった。私は出来る限り何事もなかったように、部屋に踏み入りながら言った。


「別に」


 直接答えるのを避けたのは、踏み込まれるのが怖かったから。何か余計なことを言えば、シュナに全てを暴かれてしまいそうだった。心に近いところに潜り込まれた上で、何かを言われることを私は忌避した。シュナは軽く人の弱いところに踏み込む。メイトにも、ヨミにもできない、他の誰にもできない。それが怖い。


「ヴィア」


 シュナはもう一度呼んだ。私は小さく息をして、心を閉ざした。シュナのその声は、誰彼もを揺さぶってしまうから。そう、私だけじゃない。


「大丈夫」


 私は迷った。そして口を開いた。これを口にすることが、これからの何かを変えるかもしれなかった。その覚悟はできた。


「メイトと【絡の籠】を締結した」

「――――そう」


 一息に言った言葉をシュナは静かに受け止めて、そう一言だけ発した。メイトが誰なのかも、どうして締結したのかも、シュナは何も訊かなかった。何か大きな反応を期待したわけではなかった。それでも、シュナが静かにそう返答したとき、心のどこかが冷えたのは否定できない。浅ましいこと。


「おやすみ」


 シュナはそれ以上何も言わずに、ベッドに上がり込んだ。私が見ている前で、掛け布団を引き上げる。黒髪が消える。明らかに不自然な話の途切れようだった。そもそも、シュナが何で今日いるのかも分からない。何かあったのか?


――――シュナ、どうした?


 その言葉が私の口から出ることはもちろんない。私はそんなにシュナと距離を縮められない。


 なんとなく、終わりかと思った。シュナと会話するとよく思う。シュナの態度は理解が難しくて、私はいつも反応に失敗する。もう一歩踏み出せば良いだろうに、そうしない。分かっていても、シュナに近寄ることができない。私は何度も間違える。

 

 私はこの日もそのまま会話を終えた。


――――私は後にこの判断を悔いることとなる。


 心の底から、心の底から。


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