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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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25.【絡の籠】

(ヴィア)

 目を覚ましたとき、目の前には誰もいなかった。――――ここはどこ?


 寝心地と広さからしてとんでもなく高級なベッド。真っ白な天井。すごい。鉄が見えない。照明が明るい。空気が綺麗だ。


 私は目を閉じた。何も見えないようにして、束の間身体をベッドに委ねる。監獄内にいて、こんなに柔らかなベッドに横たわったことなどない。小さく呼吸をする。ゆっくりと、長く、細く、三回


 直後、思い切り目を見開いた。おきたばかりで貧血でふらつかないように、慎重に身体を起こす。そのままベッドから出て、自らの足で立つ。そこまでして気づいた。服が替わっている。髪もどうやら洗われたようだ。手の通りがいい。


 そこで気づいて、私は肩を触った。やはりというべきか、そこにあるはずの傷はなかった。両肩ともない。辺りを見回して鏡があることに気づく。身体全体が映るような、大きな鏡である。澄み切っていて、照明の光を反射してきらりと光る。


 少し考えることがあって、私は上の服を脱いだ。上は肌着一枚になる。――――不思議なものだ。傷跡のない肌。何度も千切れ、何度も抉られ、何度もくっつけられて、歪んでいて歪なはずなのに、なんの痕跡も残っていない。細い。監獄にいる他の人より小柄。力はなくて、頼りない。訓練を毎日やって、ちゃんとご飯もとっているのにこのありさまだ。


 私は小さく息を吐いた。これが私か。正面から私の全身を見て、そして目を合わせるのは初めてだった。なんと陰気な表情か。そこにいるだけで、華やかな空気がむちゃくちゃになってしまうような人だ。


 かちゃりと音がした。私が振り向くのと、扉が開くのは同時だった。扉は開いて、ヨミが顔を出した。両方が相手を認める。ヨミの目が面白いくらいにまん丸になった。うん、面白い。


「げ」


 ヨミの口からびっくりしたように声が出て、乱暴に扉が閉まる。


「おい!服を着ろ!!」


 扉越しに大声が聞こえる。そんなに慌てることもないだろうに。私は返事をせずに、もう一度鏡の中を覗き込んだ。鮮やかさの欠片もない、塗りつぶしたような黒い目が覗き返す。悪くない。こんな無愛想な顔が、私にはよく似合う。


 服に袖を通す。訓練服を新調してくれたらしい。最近は服の交換が激しい。《ベラ》が足りなくなりそうでため息が出る。服のボタンを一つずつ留めていく。新しくなった服は綺麗で、すぐに汚れてしまうのが目に見えている分貴重に思えた。


 私は歩いて、扉を開けた。ヨミがこちらを見下ろしている。だが視線が合ったかと思った瞬間、ヨミは視線をあからさまに外した。横顔が少しだけ赤い。


「お前、自分の部屋でもないのに、服を脱ぐのは止めとけ」


「分かった」


 私は素直に頷いた。部屋はシュナと共有だからそれはそれで問題だろうとも思ったが、特に何も言わなかった。


「メイトは?」


 あのとき助けてくれたのはメイトに違いなかった。緑髪で私の知り合いなんて一人しかいない。メイトがどうやって、私達の状況を突き止めたのかはよく分からないけれども。


「メイトとどういう関係だよ、いや、メイトが誰か知っているのか?」


 私は唇を開きかけて止めた。ヨミの水色の目は、さっきとは打って変わって私を捉え、尖っていた。一つ目の質問に答えるのは簡単だが、二つ目の質問の意図が分からない。メイトは、誰か?


「前、図書室であって、【絡の籠】の締結を求められた。・・・メイトは誰?」


 メイトが誰なのか。知っておく必要がないと思ったから知ろうとしなかった。メイトがどうあろうと、私には関係がないだろうと考えていたから。だけどそれは、状況を先送りにしたに過ぎなかったということ。


「メイトは、二級だ。監獄名はタールサザグアキ。知っているだろ?」


 私が知っている人なんて殆どいない。一級の三人は例外、シュナも、ヨミも知っている。そしてもう一人知っている人がいるとすれならば――――。


「知ってる」

「な。【ウロボス】所属、二級。無邪気な鬼」


 それで、もう一人、知っているとすればそれはタールサザグアキ。でもそれは、タールサザグアキが、二級であるから知っているのではない。


「ヴィア――!大丈夫?」


 その時ちょうど、話題の中心にいた張本人が現れた。賑やかな声、心配そうな言葉でありながら、顔に浮かぶのは実に無邪気な楽しそうな笑み。なるほど。確かに、()()()()()()()()


 私はメイトを見た。


「メイト、ありがとう。大丈夫」


 メイトは首を傾けて笑った。横にヨミが並ぶと、身長差が際立つ。こんなに小柄なメイトだが、実力は監獄でも屈指。私とは違う。


「メイトは、タールサザグアキだったか」


 メイトは返事をせずに、にっこりと満面の笑みを浮かべた。それが答えだった。そして多分、私はメイトがなぜ私に声をかけたのかが分かった。私は何かを聞きたそうなヨミに顔を向ける。ヨミになら話しても良いだろう。


「私の最初の試合の相手はメイトだった」


 監獄に入ってすぐ、試合があった。《ランク》もなにもない、私はメイトとあたって、文字通り半殺しにされた。私の監獄での生活で一番痛い思いをしたのはあのときだし、一番繰り返したくない出来事もあのときだ。


 十年前の少年の面影など、とうの昔に忘れた。緑髪だったと言われればそうだったかもしれないと思うが、赤髪だったと断言されればそうかもしれないと思う。それほど曖昧。だが、その名前だけは忘れなかった。最初の敗北は、最大の敗北で、最大の悪夢で最大の絶望であったから。


「え。――――それなら、なぜ【絡の籠】を」


「俺、ちょっとおかしいでしょ」


 ヨミの疑問を遮って、メイトは言葉を発した。


「ああ」


 ヨミは間髪入れず答える。メイトは声に出して笑った。ヨミの素直さを、好意的に受け止めたようだった。


「俺さ、最初の試合をやったのがヴィアだったから、みんなあんなもんだと思ってたの」


 ヨミの顔に理解の色が浮かぶ。それはでも、どことなく、諦観の色を滲ませているようだった。絶対的強者からの言葉を、世界の外だと捉えているようだった。ヨミらしい。


「でも、それから色々やって、ヴィアが人一倍我慢していただけだったってことが判明してさ」


 五歳前後だったとは言え、私は最後まで泣かないで耐えようとした。耐えようとしただけで、もちろんそれを成し遂げることはできなかった。痛みはあまりに暴力的だった。


「いつか会ったら、すごかったねって言いたくってさ。でも再開したらヴィアは俺を覚えていないようだし、なんだか十級やっているし、もったいないなぁって思って~」


――――だから【絡の籠】をね。


 私の監獄での奮闘はもったいないなぁで片付けられる。まあ、そんなものか。メイトは実に表裏のない。表裏なく生きていくことを許されていたから。


「ね、【絡の籠】を締結しようよ。――――二人とも」


 私はヨミを見た。ヨミは気まずそうに、頬を掻いた。


「あ――、俺も実は一ヶ月まえぐらいから、締結しようって言われててさ。なんだか、そういう気分になったからだって」


 私とヨミの考えていることに、大差はないと思った。メイトは私達の生きている意味を軽く踏みにじる。メイトは単に理解できず、私達とメイトがわかり合うことはない。だから、私達は【絡の籠】の締結を拒み続けてきた。


 それでも、それでも――――そのせいで、ヨミ(ヴィア)が傷つくのであれば、傷ついてしまうのであれば。


「締結しようか」

「そうだね」


 迷うことなど、何もない。


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