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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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24.二級

(ヨミ)

 ヴィアの肌に刃があてられ、それが引かれる寸前まで俺は叫んでいた。ヴィアが痛みに声出す気がないのは見てわかったし、三人がヴィアが声を出すまで彼女を離す気がないのも明確だった。ヴィアが傷つく。


 俺には何もできない。――――俺には何もできない。ヴィア、止めてくれ。


 怒りはあるのに、それよりも懇願の念の方が強い。俺は自分が無力だと知っているから、怒りに染まることはない。だから、どこか冷静に状況を捉えていた。薄情だ。救いようがない。俺は無力だ。


「三,二,一――――」


 誰かきてはくれないか。一級でも、誰でも。何かが起こってはくれないか。


 カウントダウンが終わる。終わってしまう。


 そう願っていて、だから扉が派手な音を立ててはじけ飛んだとき、それが救済の音に聞こえた。本当に聞こえたんだ。


 三人が飛ばされて、壁に叩き付けられる。その結果だけがはっきりとしていて、動作の途中は全く見えなかった。


 そいつ、はそこにいた。三人を弾き飛ばしたことなど気にもとめてないように、倒れかけのヴィアの目の前にしゃがんでいる。


 鮮やかな緑髪だ。監獄でも見ない、くすみのない色だった。小柄だ。筋肉がついているようにも見えない。はっきりいって弱そう。だがそれは俺が言えたことじゃない。


「ヴィア」


 そいつはしゃがんで、ヴィアにささやきかけた。ナイフで刺される前から、ヴィアの体調は悪そうだった。普段涼しげな顔を崩さないくせに、こめかみのあたりに汗が浮かんでいた。――――おい、ヴィア、返事をしろ。


 ヴィアの身体が少し動く。色のない唇が小さく震える。


「――――ヨミを、助けて」


 ぱちりと俺の中で何かが弾けた。呆然として、ヴィアを見た。正直に言おう。今この状況に至っても、俺のことを気にかけるなんていかれてる。


「大丈夫だよ」

 

 緑髪の少年は微笑みながらそう言った。ヴィアの全身から力が抜ける。緑髪の少年は立ち上がった。俺の方を向く。


 俺は正面からその少年と向き合った。逆さまだが。いつものくせで、ざっと頭からつま先までを見る。


 本当に小柄だ。今逆さまになっているから正確には分からないが、俺と十センチは身長が違う。もちろん低い方に。監獄の中でも男子としてはかなり小柄だろう。目の色は澄んだ金。両目は大きく溌剌と開かれていて、邪気のない笑みが浮かんでいる。普通、今笑うか?


 だがそれよりもなによりも――――これは誰だ?分からない。頭を回転させる。だが直近二,三年で見た全ての決闘をひっくり返しても、目の前の少年が誰か分からない。


そんなことなどありえるか?

 

 今見せた実力からして、そうとうランクだ。それは間違いない。だが、この髪の色、目の色、目立つはずなのに心当たりがない。


「お前っ、なにしやがる」


 壁に叩き付けられた少年の一人が起き上がる。俺を逆さづりにしている水の《刻印》を操っているやつだ。意識を失っていないから、俺は解放されていないのか。


 今、緑髪のやつに反抗するのは馬鹿だろ。実力差がはっきりしているやつにかみつくのは無謀だ。


「やっほ――」


 緑髪のやつは壁に叩き付けられた少年に右手を振って、軽く挨拶をした。まるで友人に挨拶をしているような温度である。手を振られた方の顔面に、怒りが浮かんだ。


「何したのか分かっているのか!俺らは【三頭竜】に加入しているんだぞ!争いは御法度じゃないか!!」


「手を出したのはそっちだろ」


 我慢できず、俺は吐き捨てた。勝手に暴力を振るったのも、ヴィアを痛めつけたのも、お前らではないか。


「【三頭竜】に加入してないやつが何を言ってる?まさか、ヨミ、お前そんな権利があるとでも思ってんの?」


 嘲りの声に、俺は口を噤んだ。そんな権利がないことぐらい承知している。俺達十級にそんな権利はない。


「おい、お前、名前を言え!」

 

 緑髪のやつは不満そうに口を尖らせた。


「ねぇ、俺がこの状況を許すとでも思ってるの~?」

「はあ!?よく分からんことを」


「ご紹介します」


 緑髪のやつはくるりと一回転して、大袈裟に一礼をした。ぱちりと目が開く。楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「何を――――」

「俺はタールサザグアキ」


 タールサザグアキ?あ。


 聞いたことがある。聞いたことがある。聞き覚えがある。本当に珍しく、監獄名だけが有名になっているやつ。一級カーテが率いる【派閥】【ウロボス】の――――。


「【ウロボス】所属、副長を務めております。二級、メイトと申します」


――――どうぞよろしく。


 その言葉が言い終わるかどうかの内に、暴風が吹いた。三人の少年達は意識があるかどうかに関係なく、再び壁に叩き付けられる。落ちたところで風に巻き取られ、部屋の中央付近に運ばれた。


 ぱちりとメイトは指を鳴らす。


 三人の少年を巻き込んだまま、風は部屋中にぶつかっていった。最初の頃は叫び声が聞こえていたが、段々とその声も小さくなる。体中をすさまじい速度で部屋中にぶつけているのだ。やがて声が途切れたところで、俺の身体は水の拘束から解放された。


――――タールサザグアキ。


 二級。俺が最近の決闘を思い出しても分からないのは当たり前だった。タールサザグアキ、メイトは決闘を申し込まれていない。随分と昔、まだ《ランク》が確定していなかった頃、タールサザグアキは挑まれた決闘全てで相手を半殺しにした。何の躊躇いもなく、何の慈悲もなく、何の手加減もなく、それを行った。それ以来、タールサザグアキに決闘を申し込む者はいない。それは恐ろしいから。


 一級の方が実力は上だろう。だが、一級はみな、弱い者と戦う方法を知っている。適度に痛めつけて、降参させる方法を知っている。タールサザグアキは知らない。タールサザグアキは実に無邪気に、人を殴り、人を傷つける。


 ついたあだ名が――――無邪気な鬼。


「あ・・・」


 呻き声は消えた。俺の拘束は解かれた。だから、三人はもう気を失っている。もう戦意はないはずだ。


 なのに、なのになぜ――――目の前のこいつはまだ、三人の身体を風に乗せて振り回している?

 

 鈍い音がする。三人の身体が壁や床やその他のものに当たる音だ。


 やり過ぎだ。体中の骨でも折る気なのか?


「え――っと、ヨミだっけ」


 メイトは、こっちを見た。にっこりと笑った顔は、年相応の少年そのままだった。これはホントに、無邪気な鬼。絶対に反感を買いたくない。


「大丈夫?」


 俺は唇を噛んだ。視界の端にヴィアが映って、俺は腹をくくる。


「そろそろ、《刻印》を止めたほうがいいのでは?」


 メイトはきょとんと首を傾げた。ただ単に、純粋に不思議そうだった。


「え、でも、こいつらヴィア達に酷いことしたんだよ――。ね――?」


 ちょい、ヴィア。もうちょっとだけ俺に勇気をちょうだい。


「ヴィアが、危険そうなので」


「わ、そうだった。ごめん」


 あっけない謝罪と共に、《刻印》の能力がぱたりと止まる。メイトはヴィアに駆け寄った。三人の身体は興味を失われ、床に放り出される。


「医務室運ぶよ――――ここでは良い治療ができないからね」


 メイトはヴィアを抱き上げた。ヴィアの黒髪が揺れて、メイトの肩に当たる。


「ヨミも来てね」


 金の目が閉じられて、メイトはにっこり笑って俺にそう言った。


 なあヴィア、俺の対応は正しかっただろうか?


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