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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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17.【絡の籠】の締結依頼

 ――――どうしてこうなった?


 私は図書室にいた。確かに図書室であった。私が毎週通っているのも図書室だし、今私がいるのも間違いなく図書室だ。


 で、あるのに私はぽかんと口を開けていた。口を開けて、図書室を見渡していた。それはもう、なにもかもが言葉を失うほどの驚きだった。


「わぁ、すごい驚いてるね」


 隣に緑髪の少年は立っていて、私の反応を見て悪戯っぽく笑った。私はその言葉を聞いてようやく正気を取り戻した。


「凄い」


 正気は取り戻せたものの、言語能力は戻ってこなかった。私の頭の中には凄いの一言しかでてこなかったし、なんというか、それすらもどうでもよい。毎日訓練ばっかで、手足切り落として人に見下されて、未来に一つも明るいことが無くて――――それが何??


 今このとき、私の頭は目の前に開かれている図書館以外に何も気にしていなかった。こんな感覚は、久し振りだ。


 緑髪の少年は一歩踏み出して、私の前に立った。金の目がくるりと開かれる。年齢不詳の無邪気な笑みが、心の底から楽しそうな笑みが顔に浮かんだ。私よりも少し高いくらいの背を誇らしげにぴんと伸ばした。少年は図書館の利用客の迷惑にぎりぎりならないくらいの声で言った。


「ようこそ、第一図書館に!」


 私は何も知らなかった。私が毎週利用していた図書室が第三図書館で、この監獄には三つも図書館があるらしい。もちろん第一が一番上。利用できるのは《ランク》が高い人だけだ。


 第一図書館は――――凄かった。広さが桁違いだ。私がいつも使っている第三図書館だって狭くはない。本は積み上げられるほど並んでいるし、私は十年ほどいてまだ半分も読み終えていない。だが第一図書館はそれを遥かに上回る。


 迫力を醸し出す本棚が立ち並んでいて見渡せない、端が見えない。どこまであるのだろうか、何があるのだろうか。凄い。


「ありがとう、メイト」


 私はそう、メイトと名乗る緑髪の少年に言った。本当に心の底から、心の底から私はメイトに感謝した。この監獄内にいて、こんなに感謝することなんてない。


「どういたしまして」


 メイトのその声は、見なくても笑っているのがわかるほど愉快に弾んでいた。


――――事の始まりは少し前に遡る。


 試合は十日に一回しかなく、今週はない。身体への負担が全く違うから、試合がないというのはありがたいものだ。…五年前ならともかく、最近の試合の怪我の酷さは洒落にならない。私の死はそんなに遠くないのかもしれない。まあ、そんなことはさておき半日の自由時間に私は図書室に来ていた。何のことはない。いつも通りのことだ。


 私はざっと本棚の合間を縫って歩き、適当に本を取り出していた。監獄を出れば今とは違った生活が待っていて、そしてこんなふうに本を手に取ることもなくなるかもしれないと思った。


 で、それは突然だった。椅子に座って本を読もうと私が踵を返したその真ん前に、少年は立っていた。緑髪金目、あまりにも見事な組み合わせで印象に残っていたから、先週私に話しかけてきた少年と同一だと分かった。


「やぁ、こんにちは」


 私はそう言われて、こんにちはと小さな声で返した。そして今一度、目の前の少年を見た。金の目が痺れが伝わってきそうなほどに強くきらめいている。


 陽光というものを見たことはあるかもしれないけれど記憶になくて、書物で触れたことしかない。だから私は陽光というものを知らない。だが、きっとこんなものなのだろうと漠然と思った。きらりと光って底なしに明るく、純粋でかつ強烈――――誰も無視できない、そんなもの。


 そして少年は言ったのだ。人好きのしそうな満面の笑み浮かべて、あどけなさと変わりかけの青年の力強さの混じる手を差し伸べて。


「――――俺と生きない?」


 私はくるりと身を翻した。


 何か知らないが私で遊ぶ気なのだろうか?どちらにせよよく分からないものには関わらないほうがいい。…もちろんそれができるのは、関わらないという選択肢がある時だけで、その選択肢はないだろうなと思った。最底辺で生きるということは、取る事のできる選択肢が少ないという事だから。生きることと選べることは違うっていうのは本当だ。


「うわっ、ちょっと待ってよ」


 案の定少年はそう声をかけてきた。私は振り返った。誰だかは知らないが、相当ランクが高いのは間違いない。あんなふうに笑えるのは余裕のある人だけだ。私に拒否はできない。


「俺はメイト」


 メイトと言った少年は、通称だけ言った。監獄名は言わなかった。


「ヴィア」


 私は口の先だけを小さく動かして答えた。答えながら、ヨミも私に名前を訊かれて同じような気分だったのかと思った。――――面倒ごとに引っかかった、と。


「図書館は好き?」


 私はメイトを見た。好きだ。何にしろ一週間に半日しかない貴重な時間となけなしの《ベラ》を使っているのだ。と、そんな感じのもろもろを考えた上で私は単に頷いた。メイトは笑って、決定的な言葉を放った。


「――――第一図書館に興味はない?」


 そう、私はその言葉の魅力に逆らえなかった。それにただで入館させてくれるときた。断る理由はどこにもない。メイトのことは知らなかったが、どうせ最底辺として生きている身だ。騙されていたとしても遊ばれていたとしても失うものなど何もない。


 で、第一図書館は想像以上だった。


 見渡す限りの本、本、本――――これは夢だろうか?夢なら覚めないでと願う気持ちが、今ならよく分かる。


 本棚のあたりをふらついて、ようやく本を選んで私は読むための席についた。当然のように目の前にメイトが座る。私は本を開こうとして、さすがに我慢した。メイトと目を合わせる。


「一緒に生きるって具体的には?」


「【絡の籠】の締結」


 まあ、それはそうか。でも疑問は腐るほどある。


「どうして私?」

「――――気に入ったから!」


 間髪入れず返される声。私は目を細めた。ああ、なんと無邪気なこと。無邪気な声が私を品評する。私にはよく分からない。


「なんで気に入ったの?」

「え、んと、目が澄んでいたからかな」


 不思議な答えだ。目が澄んでいると思っただけで、メイトは名も知らない女子に手を差し伸べることができるのだ。私には理解できない。


「なるほど――――第一図書館に連れてきてくれてありがとう」


 私はそれ以上会話を続けようとせず、メイトの申出を断ろうとした。メイトはそれを分かったからか、私の次の言葉を遮った。


「まあ、少し間を開けて考えてよ。あ、別に断っても第一図書館に毎週これるぐらいの《ベラ》は渡すからさ。ぜひ楽しんでね」


――――は?


 私はメイトの目の奥を覗き込もうとした。《ベラ》を実に無邪気にどぶに捨てるメイトの本心を知りたかった。だが直ぐに悟る。それは無駄な行為だった。メイトはどこまでも純粋に、心の底から今の言葉を吐いたのだ。私が永遠に手の届かないところから、熟れた果実を未練なく放り出した。実に、私が滑稽に思える。端から見れば、実に憐れだ。


「《ベラ》の無駄遣いじゃない?」


 私に言えるのはせいぜいそれくらいであった。メイトはきょとんとした。


「どこが?」


 ああ、うん。生きる世界が違う。メイトは、方向性は大分違うけど、シュナのような人だ。――――決して相容れない。


「暫く考えるよ」


 私は言った。考える気など、どこにもなかった。


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