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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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15.再開


 毎日はこれということもなく過ぎていった。


 手に持った短剣を振るう。その軌跡そのままに相手の身体に切れ込みが入る。剣ならば両断ができるがこの短剣では難しい。その代わり小回りは効くし、ちゃんと当たればちゃんと切れる。これ重要。


 最近は調子が良い。治療回数が少なくなっている。心なしか睡眠の質も良い。身長の伸びは鈍化し始めたが、体力や筋力は付いてきたし、身体がしなるということを覚え始めた。少しずつだが強くはなってきている。


 監獄から出る日は近いはずだった。なにしろ入居者は十五、十六歳ほどである。実戦投入するのに遅いということはないだろう。《刻印》もちは強力である。だが一向に命令は来ない。


 監獄内でまだ何かさせたいことがあるのだろうか?


 私は跳ね回りながら、頭の隅で考え込んだ。だが大した学もないこの頭で考えたって答えがでるはずもない。


 監獄内に居続けるということは、滅多なことがない限り死の危険に晒されないということであり、――――人を実際に殺さなくて良いということでもある。


 監獄の外に出ればどうなるのか?


 私達は人を殺せと命じられ、そして人を殺すのだろう。私達はそうして育てられた。人型を日常的に訓練相手とし、決闘と試合においては生身の人間を相手とする。《ランク》と《ベラ》により人生を管理され、それ以外の価値基準を知らない。恐らく実際に人を殺した経験のある者はいないが、人殺しになるぐらいならなら死ぬと言える倫理観をもつ者もいない。


 私の未来は分からないが、一級は羽ばたくのだろう。凄惨な最期を迎えるか穏やかな老後を迎えるかはさておき、圧倒的な殺戮を、蹂躙を両腕に抱えるに違いない。


 ああ、そうだ。一つの疑問が閃光のように脳内にひらめいた。


――――ではシュナはどうなる?


 監獄内でシュナが生きているのは【絡の籠】制度のおかげである。監獄の外ではシュナは生きていけない。シュナは私と同じ十級であるから。


 分からない。分からない――――だが、生きていく道を掴むのは私達自身である。その選択の結果を誰かに押しつけることはできない。生まれも、才能も、言い訳になりはしない。いや、言い訳にすることはできるがそれは結果を何一つ変えない。言うだけ無駄だ。


 訓練終了――――疲れは波のように私を覆う。毎日使っているはずなのに足は痛いし、手の動きは悪い。頭は鈍いし眠気もある。全く、困ったものだ。


 私は廊下に出て、疲労の溜まる身体を引きずるように歩き始めた。この近くには下位ランクの訓練室が多いからか、同時に十数人が扉から出て、同じように廊下を歩き始める。毎日同じ訓練室を使うのだから毎日同じ顔を見ているはずなのに、どうにも認識できない顔ばかりだ。・・・ただ私が注意を払っていないだけだが。


 廊下を歩いて行くと段々人気が減っていく。私の自室は他の人から離れた場所にあった。何故か?――――そんなこと知るか。最底辺は最底辺らしく、隔離されておけとでもいうことなのだろうか。


 歩いていると前方で嫌な音がした。何かが壁にぶつかる音だと、疲れている脳は私に告げた。それは少しくぐもった音であって、人の頭とかがぶつかった音ならそんな音がするだろうか。


 うっすらと怒鳴り声がする。揉め事に違いない。この廊下をそのまま進めば現場に出くわすだろう。だが自室に戻るにはこの廊下を進むのが一番早い。


 私は疲れていた。そう、私は疲れているのだ。訓練後なのだから仕方がない。狭く、汚いとしてもあれは私の自室だし、廊下なんぞで眠るより余程良い。安寧の場所だとは口が裂けても言いたくないが。


 私は足を踏み出した。気後れもせずに歩く。


 最近はどうも監獄内が暴力の気配に満ちているようだった。入居者は十五、十六であるから本格的な流血沙汰の気配はないが、近頃の暴力の匂いのきつさはそれが日常的に起きてもおかしくはないほどだった。


 そして私は現場に出くわした。


 三人。一人が壁に背を付けて座り込んでいるから恐らく被害者、残りの二人が加害者か。被害者の方が頭を打ったのだろう、加害者が被害者に向かって怒鳴っているところか。


 被害者の方を見て、私は珍しくその顔に見覚えがあると思った。容量の小さい頭の中の記憶をひっくり返す。


 それは細く、背の高い少年であった。透き通るような水色の髪と目。長い前髪が両目にかかっている。後ろの下の方で髪を一つに結んでいて、先端は背中の中程にまで達していた。整った顔立ちだ――――シュナほどの圧倒的な迫力はないが、澄んだ穢れのない綺麗さがあった。


「あ」


 小さな声が出て、私は自然と足を止めた。思い出した。


 私が絡まれていたとき、横を通った少年だ。徹底的な無関心だけを示していた少年。まあ、あれで結果的に助かったのだけれども。


 その少年は小さく顔を顰めていたが、それ以外の特段の感情を見せていなかった。少しだけ開いた色素の薄い唇が、どこまでも無感情であった。


 私が漏らした声を聞いて、加害者二人は私の方を向き直った。足をとめてしまったからにはもう見ていないふりをして立ち去ることはできない。運が悪いと正直に思った。――――運が悪い。今日は自室に帰るのが少し遅れそうだ。


 だがそうはならなかった。私の顔を認めた加害者の顔が面白いように青ざめた。かたかたと歯が音を鳴らし、明らかに逃げ腰になった。


 それは珍妙な光景であった。監獄において最底辺、《刻印》の能力の発動すらもできない非力な少女を二人の少年が恐れていた。即座に彼らは身を翻した。全力で廊下を駆けていく。私から一刻も早く遠ざかりたいとでもいうかのように――――何故?分からない。


 そして残るは私と少年。


 こうした実力差に基づく行為を直接見ることは稀ではない。いずれにしても気分の良いものではなかった。実力差故に虐げられた者はより弱き者を探して代わりであるかのように虐げる。醜い。


 私は立ち去っても良かったが、なんとはなしにその場に止まっていた。少年は顔を上げて、私を真っ直ぐに見据えた。


「名前は?」


 私の口はそう動いて、私はそう訊いた。

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