14.半日の自由時間(雑多な視点から 2)
ターゲットは決まった。後はどうやって実行するかだ。
「《刻印》使いたいよな」
「だな!でも、廊下で堂々と使うのはさすがにな」
「手近な訓練室に押し込めば?訓練室の中なら《刻印》の使用は禁止されてないだろ」
おおっと一同声を上げた。既に会話は倫理を軽く飛び越えており、その暴走を止める気のあるものは誰もいない。
「なんかせこいけど確かにそやな」
「よしよし、やろうじゃないか、あっは、めっちゃ楽しそうなんやけどぉ!」
「最近、つまんないしね。この監獄じゃあ、俺等の未来は知れてるし」
「俺等実力的に七、八級どまりやからね。正直、これから外にでたって使い捨ての駒にしかならんわ――笑えるわ」
「お前が死ぬときゃ、心の底から笑ってやるよ」
「くそ性格わりぃな」
「いつも通りだろ」
違いないと声が上がって、馬鹿馬鹿しくなるほどの笑い声が満ちた。
「じゃ、実行日を決めようや。いつが良い?試合の後がいいか?」
「そんな待てんわ、こんな面白そうなイベント」
「明日??」
「嘘やろ、早すぎ!でもよし!!」
「「「「「けって~~い!」」」」
「――――何が決定なのかしら?」
それは女の声だった。艶を含んだ音だった。少年達は顔を見合わせる。この中の誰かの悪戯か?いや、そのようには見えない。
「あ」
顔を見合わせたその後ろ、それに気づいた少年の一人は唇を震わせた。顔から血の気が一気に引く。その目は如実に怖れを映していた。
「ああっつ」
少年達はそれを見た。同様にざぁっと全員の表情が色をなくす。驚きを超えた絶句と反射的な服従。
結われ、飾られたしとやかな黒髪。混ざる赤髪が彩りをもたらす。凄みを宿す開かれた赤い両目。黒を下地にした赤色の花が咲き誇る豪奢な着物。唇に塗られるは鮮やかな赤。
それは美しく、世にも危険な一人の少女。
ニーナベルクレ、通称アイナ――――監獄に君臨する一級。
「何が決定なのかしら?」
アイナはもう一度その言葉を繰り返した。
どうして一級がここにいるのか?少年達は状況が理解できなかった。だが、今、自分たちがまずい状況に陥っていることは理解した。少年の一人は口を開こうとした――――無謀であった。
「もしかして誰かを襲おうとかしていないでしょう?私の治める監獄内で、そんな粗雑で品性の欠片もないことはしないわよね」
少年達はアイナの言葉を肯定するなんだか似たようなことを次々に言葉にした。だが、焦りと恐れで引き攣る口と舌に邪魔されて、それらの言葉はあまりきれいに発音されなかった。
少年達は必死であった。たった今までの熱狂は容易く冷めて、自己保身に全力で走った。冷や汗が背中を伝っていた。
「ふふっ」
アイナは少年達のそんな様子を見て、笑みを浮かべた。赤い唇が吊り上がって、酷く華のある笑み。
少年達はその顔を見て安堵する――――俺達は許された。アイナは笑ったまま唇を開いた。白い歯が見える。
「屑どもが」
吐き捨てるような乱暴な言葉遣い。
少年達は遅まきながら気づく。赤い両目に煮えたぎるは激烈な憤怒。アイナに少年達を見逃す気など毛頭ない。
右手に扇。擦れる音を立てて開かれた扇に描かれるは、黒に舞い散る見事な赤い花びら。
――――それは一級の審判であった。
一瞬にして室内を埋めるごとく、赤い花が咲き誇る。独特の匂い、乱れ一つない完全な形。狂気的な光景。
アイナの右頬には、薄く光る赤い刻印が刻まれていた。棘の生えた意匠で、繊細。アイナの激情を受け、《刻印》はまさしくその名を晒していた。
アイナの手が閃いて、扇は華麗にその身を翻した。扇は一体の生き物のように滑らかに動く。少年達はぼうっとそれを見ていた。
少年達は違和感を覚えて、両手を見下ろす。どこからであろう?いつからであろう?床に咲いているのと全く同じ、赤い花が絢爛に咲いていた。自らの手から生えているのだ。いや、手からだけではない。身体の至る所から――――。
少年達は狂乱に陥った。だが花をむしりとろうとしても、花びらは手の隙間をすり抜けた。花びらをつかむことができない。ただ美しく、ただただ狂ったように赤い花は咲いていた。どうもできない、何もできない。
それはどれほどの恐怖であろうか?
いつしか少年達は疲れて床に倒れていた。床に横たわった隙間から赤花は生え、赤花は咲き、嗚呼、赤花は狂う。
「ねぇ、知っているかしら」
アイナは笑みを浮かべて、少年達を見下ろした。少年達は何を騒ぐでもなく、呆然とアイナを見ていた。騒ぐ気力は既になかった。
アイナは優雅に腰を落とした。着物の裾が広がって、赤い花の上に絨毯のように引かれた。アイナは憐れな少年の一人を真正面から覗き込んだ。それは先日の試合でヴィアを痛めつけた人であったが、アイナがそれを知っていたかどうかは分からない。
アイナの赤い目と、少年の目は合う。少年は気の毒なほどに震えていた。目の前に存在するのは人の形をした災害であった。少年の命はアイナの柔らかな両手に握られていた。たおやかな白い手に――――。
アイナの白い細い指がそっと少年の顎をなぞった。形のよい爪の先が、少年の肌に引っかかる。絞り出すように少年の口から小さな怯え声が出たが、アイナは気にする様子一つ見せなかった。アイナは唇を開いた。
「私は花をどこにでも生やせるわ――――だけど人肌のどこに赤い花が一番似合うかは決まっているわね」
アイナはいきなり両手で少年の顔を掴んだ。少年はアイナを、壊れかけの人形のように見つめた。少年に、目を離すという行動はできなかった。アイナは美しく、何よりも魅力的だった。どれほど怖くても、怖いからこそより一層、アイナは人目を惹くのだ。
囁くようにアイナは言った。
「両目ね。赤い花が瞼の上に咲いて、目の代わりに麗しき二輪の花が彩る。それが一等美しいの」
アイナは笑った。絢爛な花のごとく美しい笑みがアイナの顔に浮かび、ころころとした笑い声が戦意どころか生きる気力まで喪失した少年達の頭上に響いていた。
何よりも鮮やかに、鮮烈に、狂気に浸されたように咲く、完璧で完全な赤い華。
それがアイナ――――。




