70.浮気の是非を問う公聴会(1日目)
そのような各者の思惑を秘めた公聴会の日がやってきた。公聴会1日目、午前中は帝国の法務局職員による今回の通達の概要説明である。これは問題なく終わると誰もが思っていた。
しかし、会場の一角を陣取った浮気肯定派貴族の一団が異様な殺気を醸し出している。全員が赤のストラップを首から下げている。これはアンネリース侯爵令嬢が考えたもので、赤は情熱の赤で、これをまとうことにより、団結を示すという物である。
このような厳しい視線にさらされたことから、通達の概要を説明する帝国法務局の職員の顔に汗がにじむ。時々声も上ずっている。「浮気は契約違反になる」と言う部分の説明には、会場からヤジも飛ぶ。すると議長を務める皇帝が
「静粛に、午前中は通達の概要説明なので、私語は慎むように」
と言って黙らせている。
これに焦ったのが、浮気否定派貴族夫人である。早急に対策を取らないと今回の通達が骨抜きにされる。急遽使いの者をやって、白のスカーフを買ってこさせた。そして、浮気否定派貴族夫人たちが白のスカーフをまとい始めた。白は当然、清廉潔白のイメージカラーである。
そうすると、法務局の職員はさらにあせり出した。声がだんだん小さくなって、何を言っているのかよくわからない。
すると、
「もう少し声を大きくして」
こんな声が飛ぶ。
これはヤジではないが、説明する職員にはヤジに聞こえる。緊張のあまり倒れてしまった。
皇帝が
「代わりの職員に説明させますので、しばらく休憩とします」
公聴会の暫時休憩を宣言した。
そして、倒れた職員を担架で運び出した。
休憩が終わり、説明が再開された。その後はさしたる混乱もなく午前の部は終了となった。
昼食時に、皇女殿下は
「大丈夫?ヘレーネ」
「問題ありません。私の意見書は婚約時の婚約者の守るべきマナーと、結婚後の夫婦の在り方についての意見であり、倦怠期になった時の側室のことにも言及しているので、浮気肯定派貴族にも浮気否定派貴族夫人にも受け入れられると思います」
「そう、それならいいけど、もし魔力で威嚇してくる様な人がいたら、私が魔力で黙らせるから」
「あまり、過激なことはしないでくださいよ。少々の魔力なら私も耐性がついているので、こたえませんから」
午後の説明者が自分の意見書の説明に入った。最初は教会の司祭の説明である。さすがに司祭に向けてヤジを飛ばす不届き者はいないようで淡々と説明が進行していく。
「婚約も結婚も神の前で誓いを述べ、それに対して、神が祝福を与えたのだから、婚約者もお互いを尊重して、愛をはぐくむべきである。そして結婚後は家族を思いやるべきである。そのような姿を神は見ておられる」
「うーん。精神論だ。それでどうするのだ」思わず突っ込みを入れたくなるが、ここはじっと我慢である。今、教会関係者を敵に回すと後でヘレーネが攻められる。じっと我慢の皇女殿下であった。
次は浮気否定派貴族夫人の説明である。
「夫は結婚する時は調子のいいことを言っておきながら、いざ結婚したら、私が妊娠している時にメイドに手を出して、その後は………」
もう聞いていられない。よくこんな意見書が選定されたと思ってしまう。
すると、まだ質問の時間になっていないのに
「それは、お前が不細工で高慢ちきだからだ」
浮気肯定派貴族からヤジが飛ぶ。
すると、説明者は原稿を投げ捨てて、
「何言っているのですか、結婚する前は私ほどの美人はいないと言ったくせに。その舌の根も乾かないうちに浮気するとは、人間の風上にも置けない性欲の魔獣が」
皇帝が
「傍聴人はヤジを控えるように。そして説明者も説明に戻って」
こう言って、やっと混乱を収めた。
何とか説明者の説明が終了する。
皇帝が
「今の意見について質問はありますか」
すると先ほどの貴族が
「議長」
「まともなことを言ってくれるなら、発言を許可します」
「それで、先ほどの説明者に聞きたいのですが、具体的にどうありたいのですか」
「具体的ですか、夫は妻を愛し、浮気をしない」
「具体的には」
「具体的と言われても。それだけです」
皇帝が寂しそうな顔をしている。この意見者の意見は不採用だろうな。そう思う皇女殿下であった。具体論が何もない。午後の議題は通達を補完する細目なのだから、具体的な物がないと採用されない。
ヘレーネ子爵令嬢の番になった。前回の打ち合わせどおりに説明が淡々と進行していく。途中、浮気肯定派貴族からヤジが飛ぶが、ヘレーネ子爵令嬢はすました顔でそのヤジを飛ばした貴族を一瞥した。するとヤジを飛ばした貴族は苦しそうに黙り込んだ。周りの貴族は気づかないようだが、魔力を飛ばした。皇女殿下はそう思った。
説明が終了すると質問の時間になった。教会関係者と浮気否定派貴族夫人から好意的な質問が飛び、ヘレーネも冷静に回答している。
すると、浮気肯定派貴族から、手が上がった。アンネリース侯爵令嬢である。
「ヘレーネさんの意見書は内容をうまく整理して、さすが皇女殿下の側近と思いました。そこで、質問なのですが、婚約中の男女は婚約者を尊重するというのは分かるのですが、例えば男性が婚約者以外の女性と会話を交わさないというのは無理があると思うのですが、その辺の線引きはどのように考えているのですか」
「確かに婚約者以外の人間と会話を交わさないというのも無理です。私の私見なのですが、事務的な会話であれば問題ないと思います。事務的が象徴的と言われるのであれば、婚約者が聞いても不快に感じなければ問題ないと思います。ただこれも象徴的なので、具体的には行動が伴わなければ問題ないと考えています。ただ、言い寄られた男性が不快に感じる場合はこれも問題だと思います」
「そうですね、男性が不快に感じる場合は問題ありですよね」
このようにしてヘレーネ子爵令嬢の意見発表は終わった。




