61.綱紀粛正の通達
皇女殿下が学院生活を始めている頃、帝国皇帝からの通達が出された。内容は最近の帝国内の風紀の乱れを正し、秩序を回復するようにとのことである。その主な項目は以下の通りであった。
1.夫は妻を愛し、妻は夫を愛するように。浮気は厳禁。また、既婚者を口説くことも厳禁。
2.婚約者がいる場合も同様とし、婚約者がいる人間に言い寄ることも厳禁。
3.貴族の結婚は契約なので、浮気は契約違反になる。違反した場合は多額の賠償金を支払うこと。
4.婚約も同様とする。違反した場合は多額の賠償金を支払うものとする。
5.貴族家を継ぐのは嫡子を基本とする。嫡子以外が家を継ぐ場合は第一夫人と皇帝の許可を得ること。なお、愛人の子供については相続権はないものとする。
6.新たな妻を迎える場合は第一夫人の了解を得ること。親戚から養子をとる場合も第一夫人の了解を得ること。
7.貴族の一方的な離婚については、皇帝に報告し許可を得ること。その場合税を支払うこと。また、貴族の一方的な婚約破棄も同様とする。
8.第一夫人の許可の得られていない妻についてはその家の資産あるいは収入からの支出を禁ずる。また、生まれた子の支出についても同様とする。
この通達自体は内容的に当たり前のことを言っているので、それ自体は何ら問題になるようなことではなかった。少なくとも、皇帝や宰相たち王宮の上層部はそう考えた。
この通達を出すときは教会関係者にも確認したが、
「婚姻や婚約時に教会で神に誓っているのだから当然である。この誓いをないがしろにすることは神への冒涜である」
との回答であった。
5番と6番についても貴族の婚姻が契約である以上、その第一人者である第一夫人をないがしろにするのは契約違反である。ちなみに、中世ヨーロッパでは庶子に相続権はなかったそうである。
しかし、最近の「白馬の浮気男」の小説で、浮気生活をおう歌していた一部の帝国貴族には耳に痛い物であった。また、フェアフュアングの側室の座を狙っているアンネリース侯爵令嬢をはじめとする一部貴族令嬢たちには非常に都合の悪い物であった。
この通達に不満を持つ浮気肯定派貴族たちは、密かに会合を持った。この、動きに危機感を持った夫の浮気に頭を悩ます貴族夫人たちも同様に会合を持った。そして、くしくも同時に皇帝への陳情に訪れた。浮気肯定派貴族は、この通達の撤回を求めて皇帝に陳情に訪れた。また、浮気否定派貴族夫人は、この通達の厳守と罰則規定の追加を求めて宮殿を訪れた。そして、宮殿の待合室で鉢合わせた。
宮廷の官吏は、夫と夫人が同時に来たということで、同じ部屋にしたのであるが、これが悪かったようである。待合室の雰囲気は最悪である。宮廷ということで、つかみ合いのけんかにはならなかったが、罵詈雑言は飛び交う。こんなことになるとは思っていなかった官吏は考えることをやめてしまった。そのまま、皇帝や宰相のいる謁見の間に通してしまった。
宮殿の謁見の間に通されたドルムント侯爵たち浮気肯定派貴族は
「お久しぶりです皇帝陛下。この度は先に周知された綱紀粛正の通達について、思うところがあってまいりました。あの通達は、昨今の帝国の自由恋愛について水を差す内容になってお入りまして、そのすべてがいけないというわけではないのですが、少し修正をしていただけないかと思いまして、まかり越したわけです」
「そうか、あの通達は周知を少し急いだこともあって、内容的には完全でない部分もあるのだ。それで、今はあの通達の細部を詰めるべく、内容を補完する細目を作成中なのだよ」
「そうでしたか。それではあの内容が変わることもあるのですか」
「通達の理念は変わらない。今作っているのは、あくまであくまで細目であって、上位の通達の内容を具体的に述べたり、参考事例を追加したりしてより解り易くしているのである」
「すると、通達の改定ではないのですか」
「そうだ、今出した通達をすぐに改定したのでは余の威厳にもかかわる。それにあの通達を出すにあたっては、帝国の法務学者にも聞いたし、教会にも聞いた。教会からは通達を出すが遅すぎると言われてしまった」
「それでは、大きな変更はないと」
「そうだ」
「それでは少し不都合がありまして」
「おかしいことはないと思うが、夫が妻を愛するは当然のことと思うか。違うか」
「はあ、まあ、夫が妻を愛するは当然でございますが。しかし、1人の女性を愛するというのは、いささか問題がありまして」
「あの通達では1人の女生とは書いてないぞ、側室の取り方にも記載があるではないか」
「そうでありますが。あの通達に従うと、自由恋愛が出来なくなります」
「結婚した人間が自由恋愛と言うのは、いささか問題があるのではないか。それでは第1夫人がかわいそうでないか」
「それはそうですが」
どうもドルムント侯爵より、皇帝の方が上手のようである。結局ドルムント侯爵は反論できなくなってしまった。すると後ろに控える貴族が
「今帝国では自由恋愛を肯定する機運が広がっており、それに水を差す内容なので、一度公聴会を開いて広く意見を聞く必要があるのではないか」
という意見が出てきた。
皇帝は
「確かに、あの通達の徹底を図るためには、みんなが納得する必要があるのも一理ある。公聴会については宰相とも協議してみる」
「ありがとうございます」
浮気肯定派貴族の陳情が終わると、今度は浮気否定派貴族夫人の番となった。
「先ほどの話を聞いていると、私たちの夫は、あの通達を骨抜きにしようとしているとしか思えません。そのようなことは絶対にあってはなりません。
私たち第1夫人は今までどれほど夫の浮気に頭を悩ませてきたとお思いですか。あの通達は絶対に順守されるべきです。そして、罰則規定を設けるべきです。2度と浮気が出来ないように。
若し公聴会を開催するというので、あれば、私たちも意見を述べさせてください」
「わかった。広く意見を聞くつもりなので、意見を述べる人数は多くするようにしよう」
「ありがとうございます」
こうして相反する陳情がでてきて、身動きの取れなくなった皇帝であった。




