表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/36

30、婚約



 時は過ぎていった。

 マチルダの心にぽっかりと開いた穴は埋まることはなく、もはやその寂しさに慣れてしまっていた。

 フェリシアンと鉢合わせしないように最善を尽くし、今世では一度も彼と話したこともなかった。

 しかし王都にいると、どうしても彼の話を耳にしてしまう。


「ところで、アスベル令息との婚約はどうなったの?」

「ふふ、次の顔合わせで正式に婚約よ」

「まあ! よかったわね。あの方は結婚に消極的って噂だったから」

「外堀から埋めたの。これでもう断れないわ」


 王宮の回廊で話す侍女たちの立ち話に、マチルダは思わず足を止めた。


「王宮はいつから、そのような無駄話をしてよい場所になったのですか」


 彼女がそう声を上げると、侍女たちは固まり、狼狽えて頭を下げた。


「……聖女様! 申し訳ございません!」

「場をわきまえるように。次はありませんよ」


 マチルダは凛とした声で去っていく。

 足元が淡く光る。その足はもう引きずっておらず、杖もついていない。

 

(つい叱ってしまったわ)


 マチルダはため息をつく。

 場をわきまえない彼女たちにもちろん非があったが、マチルダにとってはそれだけではなかった。

 聞き流せなかったのは、フェリシアンの話題だったからだ。

 

(あなたがどこかで生きているというだけで、私は幸せなはずなのに……どうしてこんなに苦しいの)


 いつか誰かと結婚する彼を想像しては、考えないように思考を逸らす。

 マチルダは自分の心の矛盾に気付かないふりをしていた。





 そんなことを繰り返しながら、マチルダはついに二十歳になった。

 レオニスとともに、リチャードとエミーナの接触を防ぎ、悲劇が繰り返されることはもうなかった。


 しかしあと数年で一回目の時戻り前の年齢を超えてしまう。もう未来の出来事を先回りして、予言することはできなくなっていた。

 そこで王太子レオニスは、そろそろ聖女を普通の王女に戻す頃合だろうと考えていた。聖女に神力がなくなったと公表し、普通の王女として貴族に降嫁させる。それがレオニスの計画だ。


「マチルダ、お前の降嫁先が決まったぞ」


 その口調は軽い。

 レオニスは前髪を掻き上げ、執務室のソファで足を組んでいる。

 最近は国王の体調が優れず、彼が内政のほとんどを担っていた。

 正面に座っていたマチルダは、持っていたティーカップをそっとテーブルに戻す。そして冷静に問い返した。


「……お相手は?」

「クローデル公爵だ。お前もよく知ってるだろ」

「ああ……クローデル公爵」


 マチルダはそう呟いて、自身の足元に視線を下ろした。

 彼から贈られたこの白い靴。

 特別な魔法が込められたこの靴で歩くたび、足元は微かに光り、彼女の足の痛みを和らげてくれた。


(この靴のおかげで、もう杖を使わなくてもよくなったのよね)

 

「あいつはこの国一の治癒魔法の使い手だ。少々変人だが、三度目を生きるお前なら気にならないだろう」


 レオニスはそう言って口角を上げた。


「……でもまあ、嫌なら断ればいい。他に心に決めた相手がいるならな」


 彼はそう言って片眉を上げて意味深な表情を作った。

 心に決めた相手――美しい碧眼の彼を思い出しそうになり、マチルダは目を伏せる。

 しかし彼女はすぐさま余裕のある笑みを浮かべて口を開いた。


「クローデル公爵にはたくさんのご恩がありますから、お断りする理由なんてありません」

「……本気か?」

「ええ、本気です。……私は公爵と結婚いたします」


 レオニスは目を見開いた。まるで彼女が違う答えを言うと思っていたかのように。


「……そうか」


 レオニスの表情はいつになく真剣だった。


「では話を進めておく。今までの聖女としての務め、ご苦労だった」


 彼は厳かな口調でそう言った。

 マチルダは優雅に立ち上がり、膝を折って深い礼をした。

 

「感謝いたします。お兄様」


 足元が青白く光る。もうほとんど足の痛みはない。しかし彼女の心の奥は、もう何年も前から誤魔化しきれない寂しさと痛みを負っていた。

 マチルダ自身もそれに気付いていたが、もう見て見ぬふりをするしかないのだ。


「最後に付き合って欲しい公務がある。来週の地方視察の同行だ」

「分かりました」

「これが『聖女』としての最後の仕事になるだろう。神力がなくなったと公表したら、すぐに婚約発表だ」


 レオニスは足を広げてソファの背に深くもたれかかる。疲労が溜まっているのか、その声は少し掠れていた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ