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27、真相



 

 二人はそのまま邸宅へ戻り、翌日にアカデミーへと帰還した。

 マチルダの手には、あの花畑で摘んだ紫の花がある。その花は一度枯れていたとは思えないほど、みずみずしく咲いていた。

 けれど隣を歩くフェリシアンの表情は、どこか硬いままだ。あの後からずっと、彼はどこか上の空だった。


(どうしたのかしら……)

 

 マチルダは彼に声をかけるべきか迷っているうちに、建物の入口へとたどり着く。

 すると、待ち構えていたように一人の青年が手を挙げた。


「やっと帰ってきた」


 その声はジェイスだった。昨日まで伏せっていたとは思えない足取りだ。


「もう身体は大丈夫なの?」


 マチルダが駆け寄ると、彼は軽く肩をすくめる。

 

「うん。三日も寝てたら回復するよ。それより、すごいことが分かっちゃってさ」


 その言葉に、空気がわずかに張り詰める。


「ちょうどいいタイミングで、お客様も来てる」


 意味ありげにそう言うと、ジェイスは二人を談話室へと案内した。

 扉を開けた瞬間、マチルダは目を見開く。


「……え」


 そこにいたのは軽く手を振る青年。


「よお、久しぶりだな」

「レオニス、お兄様……?」


 思わず顔が強張った。アカデミー生でもないレオニスがなぜここに。

 彼はいつもよりも地味な装いではあるが、その独特な雰囲気は隠しきれていなかった。

 そしてその隣には、俯いたままのミレイユの姿があった。

 状況がまるで飲み込めない。


 一方でフェリシアンは、青い顔でその場に立ち尽くしていた。額には冷たい汗が流れる。


「フェリシアン、里帰りは楽しかったか?」


 レオニスはいつも通りの軽い口調だ。

 だが今は、その明るさがフェリシアンを追い詰めていた。彼は返事をすることすらできない。花畑で見た光景が、再び現れる。

 沈黙を破ったのはジェイスだった。


「順番に説明するよ。ちょっと長くなるけど」


 そう前置きしてから、ミレイユへと視線を向ける。


「こないだ彼女に触れたとき、違和感があったんだ。マチルダへの親愛は本物なのに、同時に強い罪悪感があった。まるで誰かのために動いてるみたいな」


 静かな声だったが、その内容は重い。


「僕もすぐには動けなかったけど、回復してから問い詰めた。そしたら……レオニス殿下に繋がったってわけ」

「なぜ……お兄様と?」


 マチルダは信じられないと言いたげな表情でミレイユを見る。


「申し訳ありません……マチルダ様……」

 

 ミレイユは顔を伏せたまま、小さくそう呟いた。いつもの明るい彼女はいない。今にも泣き出しそうだった。

 代わりに口を開いたのはレオニスだった。


「お前が特待生で入学なんてするからだよ」


 あっけらかんとした口調で言う。


「アカデミーに入るのにはそれなりの後ろ盾がいる。それがない子女は特待生になれないなら、夢を諦めるしかなくなる。だから、俺が救ってやっただけだ」


 話を聞きながらミレイユはハンカチで涙を拭った。彼女の事情など知らなかった。マチルダは彼女を責める気持ちになれなかった。

 レオニスは一拍置いて、続ける。


「その代わり、条件をつけた。ある人物を監視するようにな」


 マチルダの胸がざわつく。


「……それで私を?」


 そう問うと、ミレイユは慌てて首を横に振った。


「違う」


 レオニスが答える。そしてマチルダの隣の彼を指刺した。


「俺が見張らせてたのは、フェリシアンだ」

「……え?」


 マチルダとフェリシアン、二人の声が重なる。

 空気が一気に重くなる。


「どうして……フェリシアンを?」


 問いかけると、レオニスは一瞬だけ言葉に詰まった。


「それは……」


 そこで、ふと彼はジェイスへと視線を向ける。


「なあ。確認したいんだけどよ。マチルダも……俺と同じなんだよな?」

「はい」


 ジェイスは即答した。マチルダは何のことか分からずに眉を顰める。


「先ほど殿下に触れたときに見えたものは、マチルダと同じでした」

「え……?」


 マチルダの胸の奥のざわめきが頂点に達した。レオニスは小さく息を吐く。


「俺も巻き戻ってる」


 その一言で、空気が凍りつく。


「なんでかは知らねえ。お前が刺されて、一ヶ月後だ」


 わずかに目を細める。


「今度は俺が刺された。フェリシアンに」

「……っ」


 息を呑む音が重なる。フェリシアンはよろめくように後ずさる。


「うそ……よね?」


 マチルダの声は震えていた。

 彼は顔色を失いながら、冷静に答えた。


「おそらく……本当です」


 彼の中で全てが繋がった。地下書庫に潜入した時、レオニスがなぜ二人の行動を見逃したのか。そしてなぜいつもフェリシアンを気にかけるようなそぶりを見せたのか。


「昨日、花畑で……私も、そのような記憶を見てしまいました。今も少しずつですが、鮮明に頭に浮かびます。おそらく、マチルダ様の神力の影響でしょう」


 彼がそう言うと、マチルダは目を見開いて固まった。室内に重苦しい沈黙が落ちた。


「……なるほどね。だいたい話は繋がってきた」


 沈黙を破るのはいつもジェイスだ。

 彼は思考を整理するように言葉を続ける。


「つまり、フェリシアンの行動が時戻りに関係した。まずマチルダの神力を利用したい誰かがいたとする。そいつがマチルダを殺した。でも、その時は時間は戻らなかった」

「どうして……?」


 マチルダは頭の中が混乱して、うまく思考が回らない。


「本来なら戻るはずだ。君には時戻りの血と、王家の血の両方があるのだから」


 その言葉に、マチルダははっと顔を上げた。


「……まさか」


 胸の奥で、何かが繋がる。


「私に……王家の血が、流れていなかった?」


 自分で口にした言葉に、涙が出そうになる。

 母の言葉がよみがえる。

 『無力だ』と言われたあの日。


 もしそれが……。彼女を守るためだけでなく、自分の立場を守るためだったとすれば。


(私が不義の子だと気付かれることを恐れた……?)


 喉の奥が詰まる。大好きだった母の身勝手な一面に怒りとともにやるせなさが湧く。

 それでもマチルダは、ぐっと感情を押し込めた。

 今は、立ち止まっている場合ではない。


「だから次に、レオニス殿下が狙われた」


 ジェイスが淡々と続ける。


「それで王家の血を持つ人物が死んで、条件が揃った。結果として、時間が十年も巻き戻った。おまけに刺された二人は記憶持ちってわけだ」


 ジェイスの分析に、誰もすぐには言葉を発せなかった。


「……では」


 かすれた声でフェリシアンが口を開く。絶望が、その表情に浮かぶ。まだ見えない全貌に、最悪のシナリオが彼の頭に浮かんだ。


「私が……マチルダ様を……」

「おい、待て」


 即座にレオニスが遮った。


「話をちゃんと聞け。確かに俺を刺したのはお前だが、あの時のお前は変だった」


 鋭い視線で言い切る。


「あの時のお前は……どう見ても、時戻りの仕組みを知っている様子ではなかった」

「……」

「母親に続いて妻まで殺されて……お前が正気でいられるはずがねぇのは……理解できる。俺を襲ったのは王家への復讐だったんだろう」


 レオニスは断言するように言葉を続けた。

 

「だから、マチルダを殺して『時戻り』を発動させたかったのは別の人間。お前はそいつに利用されたと考えた方が俺は納得がいく」

「……そうよ」


 マチルダも強く頷く。


「私が刺されたあと……あなたは、取り乱していた。あなたが黒幕であるはずがないわ」


 その記憶が胸を締めつける。

 マチルダはフェリシアンの手を握る。彼の手は冷たく震えていた。


「……っ」


 彼は言葉を失ったまま、視線を落とす。

 ジェイスが空気を切り替える。


「殿下、『時戻り』を目論んだ黒幕に心当たりは?」

「……いや。何年も一人で考えたけどな。分からなかったさ」


 レオニスは渋い顔で首を振った。


「だからせめて、自分の死とリチャードの自害だけは防ごうと動いていた」

「自害……?」


 マチルダは眉をひそめる。


「リチャードお兄様は……殺されたんじゃないの?」

「ああ……お前は知らないよな。母上が隠蔽したんだ。自ら命を断つことは神の教えに反するってさ」

 

 レオニスは淡々と答えた。

 衝撃の事実にマチルダはうまく息ができなかった。


「前の人生で、母上はリチャードを追い詰めた。でもあいつもあいつで、違法な魔法実験をしてたからな。民の犠牲も隠してたんだ」

「……え」

「母上はそれを告発して、あいつを王宮から完全に追い出したかったんだ。だがそれでリチャードが自ら死を選ぶとは思わなかった」


 言葉を失うマチルダ。信じたくない。でも、彼の言うことが本当ならば説明がつく。死の真相を隠されるように葬られたリチャードの異例の扱いが。


「今の人生では、争いの種はいくつかは防いだ。けど、全部は無理だった」


 重い現実が突きつけられる。皆が俯き、黙り込む。


「辛い状況ですが向き合うしかないですね。……そう言われると、リチャード殿下の周辺、かなり怪しいです」

「ああ、最近分かったことがある」


 ジェイスの相槌に、レオニスが腕を組んで続ける。


「前の人生と明らかに動きが違う奴がいる」

「それはつまり……記憶があるってことですか」


 マチルダは鋭く声を上げた。

 自分のように二度目の人生であれば、以前の後悔を教訓に違う行動をとるだろう。


「それは誰ですか?」

「……ここの教員をしてる女だ。どうもリチャードと親しいらしいな。マチルダは知っているか?」


 空気がぴんと張る。

 昨日会った、リチャードにやけに親しげなピンクの髪の女性が思い出される。


「……エミーナ・ベネット」

「ほう、知ってるのか。あの若さで教員になれるほどの知識。ただの天才じゃない。俺の記憶じゃ、前回はそんな逸材いなかったんだから」


 二人の会話にフェリシアンが声を上げる。

 

「……女性でした。私に宝剣を託した人物は」

 

 過去のまばらな記憶が彼の頭に蘇ってきた。絶望の中で差し出された手は意外に小さく、耳元で囁く声は高かった。

 マチルダを失い、自身の無力さに絶望したあの時……フェリシアンはその人物に縋るしかなかった。


「僕の直感では、その人が宝剣の持ち主である可能性が高いね。そして持ち主も以前の記憶があるってことだ」


 ジェイスの言葉に皆が頷く。


「じゃああの時、私を刺した衛兵は……」


 記憶がよみがえる。あれは男だった。

 今考えると、今まで一度も見たことのない顔だった。

 あの時、あの場にいたのはマチルダとその衛兵だけ。

 人が少ない場所は、変装魔法に適した状況だ。それは変装の魔法具を使いこなすマチルダもよく知っている事実。

 

 チャンスはいくらでもあったのに、相手はわざわざ人が少ない時を狙っていた。

 つまり、あれは彼女の変装だった可能性がある。

 静かに導き出された答えに、マチルダは決意に満ちた表情で声を上げる。


「行きましょう。彼女のところへ」



 


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