大姫の秘密5
「……うっ……」
やがて……こぷりと口元から水を零すと、大姫は目を開けて激しく咽た。
「姫さま!ああ、良かった」
丸くなって激しく咳き込む姫の背を優しく撫でた。
やがて落ち着いた大姫は、ぬれねずみでしょんぼりとうつむいたまま、一言も言わない。
きっと義高が怒っていると思って顔を上げられないでいた。
付いていかないとげんまんしたのに、約束を反故にしたのを悔いていた。何より大好きな義高に嫌われるのが怖かった。
「大姫さま。苦しくはございませんか?」
「うん……」
「良かった……本当に良かった。姫さまに何かあったらと思うと、義高は血が凍る思いでした」
「……父上に叱られるから?」
「いいえ。ご家老さまにお叱りを受けるのは構いませぬ。義高が恐れたのは……姫さまを失う事でございます」
義高は、姫の手をきゅっと取った。
「義高は十歳で親元を離れ、この国に参りました。知り合いも独りも居ない心細い毎日に、明るい姫さまの存在がどれほど救いになったか分かりませぬ。義高は、姫さまを誰よりも大切に思っております。その姫さまが青い顔をして、気を失っておいでだったのです。生きた心地がいたしませんでした」
「まあ、うれしい。義高さま。心配してくれたのね。大津も義高さまが、いっとう好き。……ああ、どうしましょう。胸の中でぽんぽんと鼓が鳴るみたい」
「姫さま」
二人はそっと指を絡め、いつしか額を寄せた。抱きしめた大姫の薄い肩に、義高は胸の内で呟いた。
「姫さま。覚えていてください。義高は姫さまの為なら、命を賭しても構わぬのです」……と。
義高は丸めていた自分の着物を広げると、急ぎそっと大姫の肩に掛けた。
「さ、姫さま。濡れた着物はお身体にさわります。あちらを向いておりますから、お嫌でなければ義高の着物をお召しになってください」
「下帯も取るの?」
事も無げに問う大姫の言葉を、思わず義高は呆けたように反芻した。
「は?下帯……?……」
「……だって、濡れてしまったんですもの。お腹が冷えまする」
義高は濡れた着物のせいで、唇を震わせる大姫の着物の襟に手を掛けた。
「……まさか……」
「脱がせて。義高」
がんがんと後頭部を木槌で殴られているような心持だった。
紅い着物の肩を抜くと、現れたのはまろみのない白い裸身……。
ついで濡れたのは幼い男子が着ける布の少ない下帯(もっこ褌)だった。
そっと濡れた下帯の紐を解くと、薄桃色の幼い皮かむりが震えていた。
「こ、これは……・?大姫は、男子であったのか……しかし、信じられぬ。何故、勇猛で知られた国家老様の御子が、いかなる仕儀でこのような事になっておるのか……?お預けの身の自分が……もしや、決して触れてはならぬ他藩の根幹を揺るがす一大事を知ってしまったのではないか?」
口に出来ない疑問が義高の内側で渦巻いた。
受け止めるには、事実は余りに衝撃的だった。
しかも大姫には、事の重大さが余り良くわかっていない風だった。恐らく、姫としてこの十年間育った日々に、何の疑いも持たなかったのだろう。
「さ。草履が流れてしまいましたから、帰りは負ぶって差し上げます。義高の背にお乗りください」
「ん……」
何とか着物を巻き付けおぶってやると、いつしか安心したのか背中で寝息を立てていた。
大姫の秘密と溺れたのに気を取られ、その時、義高は周囲に気を配るのを抜かっていた。
藩校で共に学ぶ友人の一人が、様子を眺めていたのに気付いていない。
「なんと……国家老の御息女には、このような秘め事が……。男子とは、願ってもない」
見つめる一回り体の大きな少年の父は、藩でも実権を持つ剣術指南役。
義高の背に揺れる大姫は、視線の意味を何も知らなかった。




