絵草子の極卒10
義高は仕方なく高坂と連れだって門をくぐった。
いつものように、門の内側に大姫がいると困ると思いながらくぐると、そこには大姫の姿はなかった。ほっと安堵の反面、心配になる。
まだ熱がひかないのだろうか。
「義高さま。すぐにすすぎ(足を洗う水)をお持ちいたします。……そちらは?」
「菊さん。こちらは藩校の友人で、高坂殿です。大姫さまの見舞にいらしたのです」
高坂は神妙に頭を下げた。
「まあ、義高殿。奥方さまは、ご重役の奥さま方と今日はお茶会の日ですよ。お聞きしてからでないと、姫さまを知らない方とお引き合わせなどできないとご存知でしょう?」
「はい。わたしもそう思いますので、お見舞は後日にしていただき……」
小さな顔が様子を伺って、ひょいと覗いた。
「義高さま。お帰りな……あ」
「お。これは、お可愛らしい。大姫さまですか?お初にお目にかかります。拙者、大槻殿の友人の高坂一颯でございます。共に藩校で学んでおります」
「あの……お初に……御目文字致します。」
「きちんとご挨拶もおできになる。お可愛らしいだけではなく利口な姫さまじゃ」
侍女の菊は血相を変えて、大姫を退出させた。
「いけません!大姫さま。まだ歩き回ってはなりませぬ。やっとお熱が下がったのですから、早くお部屋にお戻りください」
「……はい」
義高を待っていたのに、思わぬ友人連れで話も出来ず、大津は……すんと鼻を鳴らした。
「大槻殿。此度は無理を言ってすまなかった。この通りだ。」
義高は宛がわれた居室で、頭を下げる高坂に内心驚いていた。余り良い噂を聞かないが、やはり武門の家に生まれただけあって、礼儀はわきまえているように見える。
「いささか緊張して、喉が渇いた。茶を一杯所望してもよろしいか?」
「あ……これは、失礼した。しばしこちらで待たれよ。貰って来よう」
「かたじけない。……そちらにある図画は、大槻殿のお国から持ってこられたものかな?」
「はい。食せる山野草を旅の僧がまとめてくれたものです。しばらくそれでも御覧になってお待ちください」
高坂一颯を一人自室に残し、侍女の菊を探しに勝手に向かう義高は、何の疑いも持っていなかった。
しかし、ほんの少しの隙を付いて、高坂は大津を屋敷から連れ出してしまう。義高の姿が見えなくなった途端、野草の図鑑を放り出して、そっと辺りを伺った。
大津の部屋に目星を付けた高坂は、少年らしく明るく声を張った。
「大姫さま。義高殿が後から迎えに参りますから、先に出かけましょう」
「お出かけ?……義高さまが、お迎えに来て下さるの?」
閉ざされた部屋から、小さな声がする。
高坂はからりとあけ放ち、部屋を覗き込んだ。
「はい。それに大姫さまがわたしと出かけて下さらないと、ご家老さまが殿にお叱りを受けるのです」
「父上が殿さまに……?どうして?」
「それは行きながらお話いたします。さ、義高殿の御背に乗ったように、私の背にお乗りなさい」
「大津は知らない方の背には乗りませぬ。それに……当分、お出かけはならぬと父上がおっしゃって……」
高坂一颯はずいと膝を進め、大津に近付いた。
優しく笑いかけたつもりであったろうが、大津は高坂の笑みを怖いと思った。絵草子の地獄の獄卒に似ている気がする。
「……義高さまは、どこですか?……」
「父上と義高殿を守りたければ、わたしの言うとおりにした方が良い。さ、お背に。あなたも痛い目を見たくはないでしょう?男ならば、腹をくくるのです」
「男……なら……?」
涙が盛り上がって頬を転がった。




