6. ディナーの時間
「今日の予定はどうだった?」ルーディスはメインの肉を切り分けながらカイに尋ねる。
「あ、はい。今日は、その……。」
「バイタルデータはすでに確認済みだ。……概ね良好、とは言い難いが、大きく悪化することもなかったようだな。」
「はい。」カイは目を泳がせながら返事をすると、スープを一口飲み込んだ。
生クリームをベースとしたスープに、ハーブの爽やかな香りが染みている。小さめにカットされたスモークサーモンを口に入れると、ジャガイモの甘味とほどよく混ざって美味しいと感じた。
「で、予定の方は?」ルーディスは再びカイに尋ねる。
「予定は……、今日は、ポラリス・アカデミアのオリエンテーリングだったので、午後から出席してました。」
「フィジカル・キャリブレーションは。」ルーディスはカイの方をほとんど見ずに質問を続ける。
「はい、えっと、それは午前中に行いました。その……、今日のは歩行トレーニングです。」
「そうか。で、ファルツ研究長のお嬢さんには、会ったのか?」
「はい、今日、入学式があったので……。」淡々と繰り出される質問に答えながら、カイは肉を小さく切り分ける。
ルーディスの様子を横目で伺うと、もう皿の半分以上を食べ切っていた。カイは少し焦りながらも、自分が食べ切れる大きさにするため、少し余分に肉を切り分ける。
「なるほど。カイ、他に友達は?」
「……え?」ルーディスの口から友達という単語が出たことに、カイは少しだけ驚いていた。
「あ、はい……。その、同じ学年の人と、何人か話しました。クラブに誘われたんですが、ちょっと活動的だったので……、自分は忙しいからと断ったんです。」カイはジェイとのやりとりを思い出しながら、それとなく答えた。
「他には?」
「他……、えっと、他には。」カイは小さく切りすぎて細切れになったロースト肉を口に運びながら、もうすでにパサパサになってしまった食感に眉を顰めた。
しかしながら、元々脂身の少ない鹿肉は非常に食べやすく、甘酸っぱいジャムのようなコケモモのソースが味にアクセントを加えていてとても美味しい。できればゆっくり食べたかった、とカイは悟られないよう心の中でため息をついた。
「その、特待生と、仲良くなりました……。」
「ほう?」ルーディスは、珍しくカイの回答に興味を示したようだった。
そのことに動揺しつつも、カイは当たり障りのない範囲でハインとの出会いを説明しようと試みた。
「えっと……、なんというか、入学式の終わったソレアと昼食を食べた後、2人でオリエンテーションのある教室に向かったんですが、そこで唐突に会ったんです。ベガ出身の特待生で、5年前に新設した、身体機能工学科(Dept. of Somatic Engineering)の男子学生です。」カイのざっくりとした説明に対し、ルーディスはナプキンで口元を軽く拭いながら沈黙している。
「そうか。……彼のことが嫌いでないなら、仲良くしなさい。」ルーディスの言葉は意外なものだった。
「はい?……一応、そのつもりです。」ルーディスの言葉の真意を探りながらも、カイはハインのことが嫌いではなかったために、そう言った。
「ふむ、それでいい。身体機能工学科の学生で、優秀なものは我が社にとっても貴重な存在だ。今後の展望を思えば、お前にも他学科の学生との関係性は、あった方がいい。」ルーディスは表情ひとつ変えずに淡々と言った。
つまり、ハインをいい感じに取り込めということだろう、とカイは理解した。
「はい、そうします。」そう言うとカイは、細切れの鹿肉を再度口に突っ込んで咀嚼した。
「ソレア嬢の学科は。」
「生体統括マネジメント学科(Dept. of Bio-Management)です。」もはや学部については確認する必要もないと言わんばかりのルーディスに、辟易としながらもカイは答える。
「なるほど、それは何かと都合がいい。」
「はい?」ルーディスはカイに言葉を返したようで、その実独り言のように呟いただけだったらしい。
カイの反応などまるで気にしていないかのように、最後のパンのかけらを口に含むと、ナプキンで指先を拭い、くつろぐ暇もなく立ち上がる。
「ルーディス様、お戻りですかな?」傍に控えていたジルヴァが、リンに目配せをしながらそう言った。
「あぁ、まだ、仕事が残っている。」ルーディスは端的にそう言うと、リンが持ってきたジャケットに腕を通して、その長い足でダイニングを横切り、入り口へと向かっていった。
「カイのことはお前たちに任せる。何かあれば、報告を。」ルーディスはジルヴァに向かってそう言い残すと、廊下に控えていた秘書たちとともに、自分の仕事へと戻っていった。
「坊ちゃん。」
「はい?」唐突なジルヴァの声に驚きながら、カイは返事をした。
「お食事は、お口に合いましたかな?」年相応にシワの多い、ジルヴァの穏やかな微笑みを見て、カイも釣られるようにふっと笑った。
「もちろん、とても美味しいよ。」
「それはようございました。……デザートは、食べられますかな?」まだ半分しか減っていないカイの皿を軽く見ながらジルヴァが尋ねる。
「うん、食べようかな。……今日は結構食欲あるんだ。」
「そうですか。では、ただいまお持ちいたします。」ジルヴァはカイの言葉を聞いて、とても嬉しそうに微笑んだ。
夫と子供のいるナーサと違って、ジルヴァには妻も子供もいないらしいが、カイのことは自分の孫のように思っていると、ずっと昔に聞いたことがあった。カイはデザートを待ちながら、少しだけ冷めたサーモンスープにパンを浸して一口食べた。
デザートまでしっかり食べ終えて一息つくと、パーソナル・アテンダント(専属従者)のロシュカ・ルブランがカイの元へとやってきた。
「カイ、食事の時間は終わったかな。」ロシュカは驚くほど色白の肌に、艶やかな黒色の髪をふわっと整えた男性だが、その長身ですらっと伸びる手足に似合う白衣姿が、ルーディスとはまた違った意味でカイに緊張感をもたらしていた。
「あ、はい。少し、休憩してました。」カイが言うと、ロシュカは手に持ったタブレット型の端末に何かを記入した。
「ふむ、顔色は悪くない。……お皿は全部、食べたのか?」
「はい。」
「カイお坊ちゃんは、今日はデザートまで綺麗に召し上がられましたよ。」ロシュカの質問に対して、ジルヴァがカイを助けるようにそう言った。
「あぁ、そのようだな。……了解した。」ロシュカは端末から一切顔を上げずにそう言ったが、しばらくすると唐突にカイを見つめてこう言った。
「カイ、健診の時間だ。移動しよう。」
「あ、はい。」
「いってらっしゃいませ、お坊ちゃん。」
「うん、じゃあね、爺や。」ロシュカのいつも通りだがやや強引な言葉に促され、カイは頭を下げるスタッフたちを後に残して、ダイニングルームから出て行った。
「それで、体調はどうだ。」ロシュカはカイを連れて、プライベート・エレベータで120階へとあがりながら質問する。
「あ、えっと、データの通りでは?」カイの返答に対し、ロシュカは少し険しい顔をして言った。
「違う、体感の話をしている。」
「あぁ、今日は少し、疲れました。」ルーディスとの会話の後だと忘れがちになるのだが、ロシュカはこういう人だったなとカイは思い出した。
「新しい交友関係があったとか。」
「えぇ、まぁ。」ロシュカと話している間にエレベータはあっという間に120階へと辿り着き、2人はエレベータを降りて、歩きながら会話を続ける。
エレベータを降りた先は119階と同じ真っ白な廊下だが、ここには部屋が3つしかない。そのうちの一つのドアのロックを開錠し、ロシュカはカイを招き入れた。部屋の中はモニター付きの診察室になっていて、内向きの窓にはブラインドがかかっていた。部屋の奥にはもう一つドアがあったが、そこはロシュカのプライベートスペースになっているらしい。
ロシュカはモニター前の椅子の一つにカイを座らせ、自分もまたカイと向き合う形で椅子に座ると、コンピュータを起動してカルテをモニターに表示した。複数台のモニターが一斉に起動し、カイに関する参照可能な複数のデータが綺麗に並べられている。
「今日の活動ログには、君が寄り道をした形跡があるな。」そのうちの一つのデータを示しながらロシュカは言った。
「しましたね、寄り道。……ダメ、でしたか?」少しめんどくさそうに顔を顰めるカイに対して、ロシュカはあっさりと否定した。
「いや、行動範囲が広がることはいいことだ。」
「そうですか。」この人も全然よくわからないな、とカイは思った。
ロシュカはつい最近、カイの病状に合わせて選任された新しいパーソナル・アテンダントで、優秀そうな言動は確かであるものの、いまいち人となりが掴みきれないでいるカイだった。
「では、今日の健診を開始しよう。カイ、君の1日について、聞かせたまえ。」ロシュカは長い足をゆっくりと組みながら、カイに説明を促した。




