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アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
α:Ancient Lullaby

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5. CEOルーディス・ブライト

 カイの自室は円形ビルの119階に位置している。円周に沿って左右にゆるくカーブしながら伸びる廊下を前に、カイはわずかにため息をついた。中央をコアとしてエレベータや機関部が配置され、外周に沿って各部屋が配置されている構造のビル。デネブの中でも一際目立つそのビルは、ネオステラ・タワーと呼称されていた。


 今カイのいるフロアは、ブライト家の居住スペースがあるフロアだった。北東側はゲスト用エレベータから直結している大リビング、応接室やキッチンスペースなどのパブリックゾーンであり、虹彩認証ゲートを挟んで南西側がカイの部屋や父の寝室、書斎などのプライベートゾーンになっている。


 祖父がネオステラ社を建てて以降、カイたちブライト家の人間は、この120階建てのネオステラ・タワーに住んでいた。外形が目立つことを除けば、やたら白くて広い以外に、困ったことはほとんどない。


 しかし今現在は、カイの父ルーディス・ブライトがネオステラ社CEOに就任し、祖父はすでに名誉会長になっていた。そこで祖父母はこのビルではなく、このビルがあるデネブ・ネオステラ企業特区の一角に、一軒家を建てて住んでいる。


「じゃあ、行こうか。」カイがそう言うと、i-voに入ったスーリは、フェイスモニターの目を動かしてニコリと笑った。

「了解です。ギリギリまで、同行します。」スーリとカイは廊下を左へと進み、虹彩認証ゲートを通ってダイニングへと向かう。


 外周に位置する各部屋のドアは、いずれも境目が見えないぐらいピッタリと壁に収まっていて、壁に設置された認証キーがなければただの真っ白な壁にしか見えなかった。これは現代の工学分野の最高水準であり、ネオステラ・タワーはそういう意味でも注目を浴びる建造物だ。


「カイ、お時間5分前です。歩行速度が、10%ほど低下しています。」ちょうどダイニングのドアの前に到着したあたりでスーリが言った。

「はぁ、まぁ、そうかもね。」大した距離を歩いたわけではないはずだが、カイは肩を上下させながら呼吸を整えていた。


「でも、ちょうどいい時間でしょ。」そう言うとカイは、スーツを軽く整えてから認証キーの前に立ち、自分の虹彩を読み込ませて、ドアのロックを解除する。

「はい、いい時間だと思います、カイ。私はこちらに待機しておりますので、何かあったらいつでも呼んでくださいね。」そう言うとスーリは、i-voの体を中央の壁に寄せ、近くにあった充電ポートにプラグを差し込んで停止した。


 室内に入ると、廊下の白い明かりとは違って、暖かなオレンジ色の照明に彩られた部屋があり、外壁に沿って並んだ大きな窓から街の明かりが夜景となって見えている。自分の家ではあるのだが、格の高いレストランを思わせるような内装に、少し気後れしないでもなかった。


「いらっしゃいませ、カイお坊ちゃん。ルーディス様はまだご到着されておりませんよ。……ちょうどいいお時間でしたね。」ブライト家のハウス・スチュワード(邸宅支配人)ジルヴァ・ルダンが、カイの側に来て微笑みながら頭を下げた。


 長い白髪を一本に束ね、口元に薄く髭を生やした老齢の男だ。彼は祖父の代からブライト家で働いており、ナーサと一緒で幼い頃からカイの近くにいた。


「ありがとう、爺や。……昼ぶりだね。」カイはハウスホールド・スタッフ(邸宅使用人)のリン・ソラにジャケットを渡し、シャツの襟を軽く緩めながらそう言った。

「はい、お坊ちゃん。……今日は少々、お疲れですかな?」

「どうだろう……。そう、見える?」カイがジルヴァを上目遣いで見ると、ジルヴァは瞼をすっと細めてカイを見つめる。


「ふぅむ。……いいえ、爺やには、元気そうな坊ちゃんの顔が見えますな。」

「そう、よかった。……父さん、厳しいからね。」カイは少し俯きながらジルヴァに言った。


 CEOルーディスは、カイの顔色が少しでも悪いと、すぐにシステムの不調を疑って技術者たちにメンテナンスを促す癖がある。時間なんてお構いなしにネオステラ社員の技術者たちを呼び出す様を見ていると、カイはどうしても父に不調を見せる気にはなれなかった。


「そのようですね。」ジルヴァはカイに同意とも取れる返事をしたが、すぐにインカムに手を当てた。

「はい……、承知いたしました。」ジルヴァがインカムを通して、何かやりとりをしているようだ。


「そろそろルーディス様もいらっしゃるようですので、カイお坊ちゃんはお先に椅子にお座りください。」インカムから手を離したジルヴァが、カイに対してそう言った。


 カイはジルヴァに促され、ダイニングの中央に置いてあるテーブルへと向かい、ジルヴァが引いてくれた一番手前の椅子に腰掛ける。大きめのテーブルはライトを反射する薄ピンク色のクロスで覆われ、その上にはすでに火のつけられた燭台がある。


 大体は祖父の趣味をそのまま引き継いだ形となっているが、シンプルであることを何よりも優先するルーディスの意向も考慮して、繊細ながらも無駄のないデザインのものをジルヴァが選んでいるはずだった。


「では、ルーディス様が来るまで、もう少々お待ちくださいませ。」

「ありがとう、爺や。」カイが礼を言うと、ジルヴァは軽く頭を下げて、入り口付近へ戻り、待機した。


 カイが夜景の見える窓をぼんやりと見つめながら待っていると、入り口の方から認証キーの開錠される音がした。静かに開くドアに目をやると、上質な白いスーツに身を包んだルーディスの姿が現れる。ルーディスは黒い髪をきっちりとワックスで撫で付け、少しの皺も見えないような小洒落たスーツに、黒いサングラスという出で立ちだった。


「いらっしゃいませ、ルーディス様。すでにお食事の準備は整っております。」ジルヴァがルーディスに頭を下げる。


 ルーディスはカイと同じようにリンにジャケットを渡し、薄いグレーのベスト姿でカイのいるテーブルの方へと近づいてくる。その後をジルヴァが付き従い、一番奥の椅子を引いてルーディスが座るのを促した。


 一瞬だけ、カイはルーディスと視線が合ったような気がしたが、サングラスがなくともほとんど変わらない表情のせいで、何を考えているのかわからなかった。


「ルーディス様、お食事をご提供してよろしいでしょうか?」

「あぁ、ジルヴァ、そうしてくれ。」そう言ってルーディスが黒いサングラスを取り外すと、その下からは切れ長の青い瞳が現れる。


「かしこまりました。」ジルヴァはルーディスのサングラスをシルクのハンカチで受け取り、頭を下げた。

「ディナーのご用意を。」ジルヴァがインカムに指示を出すと、入り口のドアが開いて、2人のフットマンが、それぞれ食事の乗ったワゴンを引いて現れる。


「それでは、本日のメニューについてご説明いたします。」ジルヴァがメニューの読み上げを行う間、フットマンがルーディスとカイの前にディナーの皿を配膳していく。


 前菜はサーモンとディル(ハーブ)のロヒケイット(サーモンスープ)、メインはヴェニソン(極上鹿肉)のローストにコケモモとポルチーニのソースを添えたもの、サイドはルイスレイパ(カルダモン香る黒パン)とホイップ発酵バターという内容だ。


「……以上でございます。」ジルヴァの説明が終わる頃には、ルーディスとカイそれぞれの前に皿の配膳が済んでいた。


 スープについたドームカバーをジルヴァが取り払ってくれる時、カイの口内に思わず唾液が溢れた。いくら食が細いと言っても、温かそうに湯気の立つスープは、カイの食欲をそそるには十分すぎるものだった。


「で、だ。」食事が始まると、ルーディスがおもむろに口を開いた。


 ディナーの時間恒例の質問攻めが始まるようで、カイはごくりと唾を飲み込んだ。毎度のことではあるのだが、ルーディスのその隙のない言動に対して、カイはどうしても萎縮してしまう。自分の父とはいえ、目の前にいるのが大企業のCEOであることには変わりなかった。


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