↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
χ:Cruel Cradle

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/55

エピローグ:アンドロイド・シープは夢をみる

 ネオステラ・タワーの119階、カイ・ブライトのポッド・ルームに、ハインは訪れていた。カイがディープ・スリープに入って、もう軽く10年になる。


「点検だ。スーリ。何か、変わったことは?」ハインはカイの入ったNSS-01 "Morpheus"(NeoStella Sleep-Support system - 01)のメンテナンス・モードを起動する。


 ―ありません。被検体0:カイ・ブライトの容体は正常です。


 少し高い電子音声のスーリが答えた。


「あぁ、それならいいんだ。……カイは、昨日も眠れていたのか?」すでに日課と化してしまった問いを、スーリに投げる。


 ―いいえ、カイ・ブライトは覚醒しています。覚醒記録を、更新中です。


「そうか。」スーリの音声に、ハインは小さくため息をついた。


 カイの患っているASTD――覚醒–睡眠遷移障害(Arousal–Sleep Transition Disorder)は、未だ治療法の見つからない未知の難病だ。症例も少なく、ネオステラが総力をあげていても、依然研究成果が乏しい。だが、眠りの神の名を冠するNSS-01 "Morpheus"ならば、カイの肉体を延命させたまま、治療法を探すことが可能になっていた。


 ハインはポッドの稼働データを確認すると、メンテナンス・モードを終了する。そのまま着ていたスーツのネクタイを直し、次世代型リンク・スフィアのホログラム・ウィンドウを立ち上げた。


 ―Hein:おはよう、カイ。気分はどうだ?


 ―χ:おはよう、ハイン。調子はいいよ。


 カイとのチャットのやりとりも、毎朝の日課になっている。カイはディープ・スリープに移行したあと、バーチャル・ワールド内で意識を保つ形となった。そのおかげで、カイとの交流はできるのだが、やはり生身のカイが少し恋しい、とハインは思う。


「ちょっと、ハイン?あんた、ちゃんと時計は見てるのよね?」ポッド・ルームに、同じようにスーツ姿のソレアが入ってきた。

「あぁ、見てるよ、ちゃんと。……それに、まだ時間じゃあないだろ?」ハインが言うと、ソレアは少し厳しい顔をする。


「まぁそうなんだけど、色々と事前チェックがあるのよ。……ネオステラ次期CEOの、マネージャーとしてね?」ソレアはスカートスーツのジャケットを軽く直した後、首を少しだけ傾けた。

「あぁ、そうだったな。ふぅ……、久しぶりの式典だ。」ハインは重たい空気を吐き出すように、深く息を吐き出す。


「そうね。……まぁ、なかなか様になってきたじゃない。」ソレアはハインの着ている上等なスーツをチラリと見た。

「そうかな……。昔に比べたら、慣れたかもな。」ハインはリンク・スフィアで、カイにチャットの続きを送った。


 ―Hein:それじゃあ、式典の準備があるから、行ってくる。


 ―Hein:また後でな。


 ―χ:うん、また後で。


 最後にカイからの返信を見て、ハインはメッセージ・アプリを閉じた。


「まず、特別チームのラボで、ジェイを回収して行きましょう。」119階フロアの専用エレベータで、ソレアがハインの到着を待っていた。

「あいつ、また泊まり込んだのか?」ハインは、動き出すエレベータの浮遊感を体に感じる。


「あぁ……昨日はさすがに帰らせたわよ。」ソレアが呆れたようにため息をつく。

「ちょっと目を離すとすぐ徹夜し出すし、そういうのやめてって言ってるのにね。」


 ジェイはカイ・ブライトの治療のため、特別チームのチーフを務めている。その行き過ぎた好奇心を活かすにはちょうどいいのかもしれないが、泊まり込みを前提とした作業をよくしがちなせいで、一部研究員からささやかな苦情が上がっていたりする。


「そうだな、あいつはもう少し、自分の体を考えるべきだな。」そんなことを話しているうちに、2人は特別ラボがある95階へと到着した。


 ラボの認証キーにアクセスしてドアを開けると、ぼんやりと明るい部屋で、何人かの研究員が朝食を取っていた。


「おはようございます、ハインさん。」気づいた研究員たちが、慌てたようにハインに挨拶するのを、ハインは片手で軽く制した。

「あ〜、すまない。ジェイ・ルブランを回収しに来たんだが。」ハインが言うと、研究員の1人が「あちらにいます。」と一つのデスクを指し示す。


「やっほー、ハインくんに、ソレアさん。」ジェイはスーツ姿で椅子に沈み込み、ひらひらとこちらに手を振った。

「待って、さすがに帰った……のよね?」


「帰った帰った。……さすがにね?シャワー浴びたりとかしないといけなかったし、ネオステラ社CEOの就任式があるのに、リクルート・スーツなんかじゃ出られないしさ。」ジェイは少し揶揄うような顔をハインに向ける。

「あぁ……、ならいいのよ、別に。」ソレアはわかりやすく呆れた顔でそう言った。


「そういえばさ、シーラさんに聞いたんだけどさ、シーラさんって、カイの母親の人格データから作られてんだね。」知ってた?と、ジェイは世間話でもするかのように話し始めた。


「あぁ、その話、な。」ハインは数年前に、すでにルーディス本人から聞いていた。

「亡くなった母親の人格データを、移植したAIモデル、か。まぁ、今でこそ割と普通になったが、昔は結構驚いたよな。」


「そうでしょ?……それをさ、俺は研究に必要になって、今更急に聞かされたってわけなんだけど、カイに聞いたら、『え?知らなかった?』って聞き返されたよ。……何、こんな面白いこと、俺だけ知らなかったとでも言いたいの?」ジェイは研究員に淹れさせたのだろうホットコーヒーをごくりと飲んだ。


「あ〜、まぁね、ほら、あんたに言うと、なんかろくなことにならなさそうじゃない?」ソレアが素直にそう言った。

「え〜信用されてないってこと?これでもラボのチーフなのに?」ジェイはわざとらしく拗ねたように、ぷくりと頬を膨らませた。


「ま、シーラさんもさらにアップデート入って、シープリンクドライブやドリーム・リンクだけじゃなく、ドライブ中毒者の救出対応までこなすようになっちゃってさ。ほんと、女神様様だよね。」


 ネオステラとアンチ・プロジェクトの対立の要因でもあったドライブ中毒問題に対しては、カイの持ち帰ったデータと証言により、あれからすぐに対策チームが作られた。実際にはさらに数年の時間を要したが、ハインの姉のエレンを筆頭に、戻る意思のあるドライブ中毒者から、順番に引き上げられることとなった。


 この件を公表したことによって、ネオステラ社のドリーム・リンクプロジェクトは、一部縮小を余儀なくされたが、さらなる調整と依存度合いの対策が構築されたことにより、中毒者自体は年々減少傾向になっている。また、カイがディープ・スリープに移行したことで、ドライブ中毒者への対応がしやすくなったこともまた、要因の一つであった。


「ま、ともかく、あれから追加で大きな問題もなくて、よかったね。」ジェイはつまらなそうにそう言うと、ガタリと音を当てて椅子から立ち上がり、入り口に向かって歩いて行く。


「あ、そうそう、今日の式典、バートくんも来るんだってさ。……ヴォルクス重工の代表として。」ジェイはラボのドアに手をかけながらそう言った。

「そうなのか?」

「そうなのよ。……てか、出席者リスト見ておいてって、言ったわよね?」ハインの言葉に、ソレアが厳しくそう言った。


「いや、言ってたけどな……。さすがに全部は覚えらんねぇって。」

「バートくん、それ聞いたら悲しむよぉ〜?」

「さすがのあいつにそれはないだろ。」エレベータに向かいながら話す3人を、フロアの研究員たちが遠巻きに見ている。


 バーチャル・ワールドのカフェ・リードでは、カイがシーラとともに、店主のエレンと話をしていた。近くには、ペット・モジュールのアルファもいる。アルファはテーブルの上にちょこんと座り、ミルクとクッキーをもらって喜んでいた。


「エレンさん、最近仕事は順調?」カイは、現実に戻ったエレンを気遣って言った。

「はい、おかげさまで、最近は!お母さんたちも、私が帰ってから少し元気になったみたいで、みんなでほどほどに暮らしています。」エレンはコーヒーをカップに注ぎながらそう言った。


 数いるドライブ中毒者たちの中で、真っ先に引き上げられたエレンだったが、体の衰弱が思ったよりも激しかったようで、最初の数年は回復するので精一杯だったそうだ。その後も、他のドライブ中毒者たちが1人ずつ引き上げられて行く中、社会復帰のための手伝いもしてくれた。


 今は軽く現実の仕事もしながら、たまに社会復帰支援をし、バーチャル・ワールドでのカフェの経営を息抜きにして暮らしているらしい。前よりも明るくなったエレンさんを見て、カイも心なしか嬉しくなった。


 エレンの経営するカフェもまた、引き上げられたドライブ中毒者たちが中心となって訪れることで、前よりも賑わいを見せるようになっている。


「ねぇシーラ、そろそろネオステラの次期CEO就任式典が始まる時間だったよね?……会場の様子、見られるかな?」カイの言葉に、シーラはニコリと笑って頷いた。


 ―もちろんです、お繋ぎしますね?


「エレンさんも見る?」

「あ、見ます!いいですか?」


 ―それでは、店内のホログラム・スクリーンに映しましょうか。……少々お待ちを。


 シーラがそう言うと、カフェ・リードのホログラム・スクリーンに、アストライア・グランド・ホールの、アトリウム・ホールの様子が映し出される。


「わ、すごい!」エレンさんが、スーツ姿のハインを見て、はしゃいだように声を上げた。


 ―それでは、新CEOハイン・ブライトが、皆様に挨拶をいたします。お願いいたします。


 中継映像の中で、アナウンサーがハインの名を読み上げた。


 ―ここ十数年の間、ネオステラ社は様々な壁にぶち当たり、様々な問題と対峙してきました。


 学生だった頃よりもはるかに堂々とした出で立ちで、少し前までは父ルーディスが立っていたその壇上で、ブライト家の養子となった友達が、スピーチをしているのをカイは見ていた。


 ―しかし、いかなる苦難にも屈することなく、また皆様の健康的な睡眠のために、尽力していくことを誓いまして、ここにCEO就任の挨拶といたします。


 未だ、解決しない問題はあるものの、現実世界で頑張る友達の姿を見ると、カイもまた誇らしいような気持ちになった。


「ねぇシーラ、明日の僕は、眠れるのかな。」カイがシーラに尋ねると、シーラはこれまでと変わらぬ母のような表情で、カイにふわりと微笑んだ。


 ―わかりません。……ですが、明日の彼らを信じましょう。


 ―キュキュ!


 シーラの言葉に、アルファが耳をパタパタとさせて飛び跳ねた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。