10. Handshake
ジェイは、さらに数歩中へ入って入り口周りのスペースを開けた。ソレアもジェイに倣って中へと入り、リンク・スフィアでどこかへ連絡を取っている。セキュリティ・ガードが数名、固まっている5人を集めるように包囲した。
「ちょっと、ごめんなさい。そのコンピュータの位置は開けてくれる?すぐに復旧作業をしないと。」中へと入ってきた白衣の女性と男性の2人が、セキュリティ・ガードごと5人を押しのけるように手で払う。
「失礼。お前たち、もう少しそちらへ寄れ。」セキュリティ・ガードのリーダーらしき男が指示を出し、囲みを部屋の別角へと移動させるのに、ハインたちは大人しく従った。
「全く、ロックごと破壊するだなんて信じられない。」白衣の女性は、ぶつぶつと言いながらキーボードを叩き、もう1人の男性はバートの残したハードウェア・デバイスを丁寧に押収している。
「サラ研究長、あとは代わります。シーラさん、コンピュータのコントロールを渡してください。外部ネットワークへの接続は、確認できますか?」白衣の男性がそう言った。
―いいえ、外部サーバーへのデータ転送などは確認できませんでした。コントロールを譲渡します。……外でアシストしていたハッカーの方も、すでに差し押さえが完了しています。
AIシーラの音声と共に、けたたましく鳴り響いていたアラート音もストップした。
―すみませんみなさん、ホログラム・スクリーンを起動しますね。
なぜかシーラはそう宣言し、ラボ内の照明を明るくしたあと、部屋の隅にあったホログラム・スクリーンを起動した。本当にネオステラ・タワーを掌握しているのだな、と改めてハインは実感する。起動したスクリーン上には、三角都市記念式典でも見たシーラの姿が映し出される。
なんだこの状況は、とその場にいた5人全員が思っていただろう、とハインは思う。通話越しのロイディも沈黙し、あの終始冷静だったバートすら、舌打ちの音を小さく漏らした。
「ん?シーラさん、彼らを捕まえて終わりじゃないの?」ジェイが軽い調子でそう聞いた。
やけに親しげな様子だが、そういえば元々こんな感じだったかもしれないとハインは思った。
―えぇ、当然その予定だったのですが、少し事情が変わったのです。ネオステラ社CEOルーディス・ブライトと、ご子息のカイ・ブライトが、一緒にこちらへ向かっております。
「え?」その場の全員がそう言った。
正しくは、セキュリティ・ガードの面々と、バート以外の全員だ。しかし、声に出さなかっただけで、彼らもまた驚いているのだろうと仕草で分かった。
「え、どういうこと?」沈黙する面々の中で、ジェイだけが変わらぬ調子でそう言った。
―あ、あ、えー、聞こえてる?俺も、俺も入れて!
突如スピーカーからロイディの声が聞こえてきた。
「え?誰?」ジェイの間の抜けたような問いかけに、ロイディがスピーカー越しに回答する。
―俺俺、俺!あんたと対峙してた、ハッカーさんだぜ!……あれ、興味ない?
「何やってんの、あいつ。」もうどうにでもなれと思っているのか、カイラが呆れたように呟いた。
「あぁ、確かに、君、すごかったね。シーラさん来なかったらちょっと丸ごとぶっ潰してたかも。」ジェイが笑うような口調でそう言った。
―え、こわー!そういうお前も厄介だったぜ?制約だらけのホワイトの癖に、あんなやらしいことよくできるよなぁ!
脈絡なく始まった技術屋同士の会話に、若干空気が冷えつつあるのをハインは感じていた。
「うっさいわねあんたら。まずは説明が先でしょう?」ソレアが流れをぶった切るようにそう言った。
「その必要はない、ファルツ嬢。……あぁ、今ファルツは2人いるのか。」重々しく響くようなその声に、皆は一斉に気を引き締めた。
―ルーディス様、この場に関係者全員を揃えております。……あのスピーカーの方は、処分はいいがどうしても顛末を見届けさせろとうるさかったので、少しだけ回線と設備を貸しました。
「そうか。」上等なスーツ姿のルーディス・ブライトに対して、シーラが恭しげにそう言った。
「あの、久しぶり……。」その後ろから、部屋着姿のカイ・ブライトが伏目がちに現れる。
心なしか、カイは少しだけやつれたように見え、ハインは心臓のあたりがキュッと締め付けられるのを感じていた。
「はぁ、全く。内部に協力者がいたとはいえ、こうも荒らしてくれるとはな。その胆力は評価してやろう。……だが、お前たちは正式な業務妨害の犯罪人だ。そのあたり、理解していないわけではあるまいな?」ルーディスの声は低く冷ややかだったが、その中にある圧が、彼の怒りを表しているようにハインは思った。
「り、理解しているわ!でも!あなたたちだってなかなかドライブ中毒を認めてくれなかったじゃない!!」カイラがセキュリティ・ガードを押しのけるようにそう言った。
「そうだ!このままじゃ兄さんだって死んじまうし、ハインの姉だってもう!長くないんだろ?」ステファンもカイラに続いてそう言った。
「あ……、いや、俺は。」唐突に振られたハインは、何をどう答えればいいかわからずに沈黙を選んだ。
その様子に、カイラが苛立つように舌打ちをする。
「何よあんた。お友達の前だからっていい子ぶるのもいい加減にしなさいよ。」
「な、仲間割れはよくないですよ。」カイラの言葉に、リディアが泣きそうな声でそう言った。
「俺は……、俺は。俺は、カイと話したかったんだ。」ハインは目を泳がせながらそう言った。
「え?」カイは驚いたように声を漏らす。
「俺は、ただカイと、話がしたくって。……でもエレンが目を覚まさないのも、本当で。あんたたちと、敵対したかったわけじゃ……。」ハインは言葉を詰まらせる。
「そうやって、流されたからこうなったんでしょ?……あんたは何を、自分で決めたの?」
「え?」ソレアの冷ややかな言葉に、ハインは一気に冷や水を浴びせかけられたような気分になった。
「ソレアさん、きっびし〜い。彼、今回何にもしてないよ?式典の時も、計画には加担してないって睨んでるんだけどさ。」ジェイはハインをチラリと見て、その後バートを軽く睨んだ。
「だとしても、やったことの意味ぐらいはわかるでしょ?あんたのことは信じてたのに、簡単に裏切るような真似をして。……バッカじゃない?」ソレアはジェイの言葉を一蹴するようにハインを睨んだ。
「そこまでだ。言い争うなら他でやれ。」ルーディスがその場を一声で沈めた。
「はぁ、どこまでもガキらしい戯言を……、このネオステラ社にぶつけるとはな。」彼は大きくため息をつく。
「いいか、これはカイに言われたことだから相手をしてやってるんだ。本当ならば問答無用で警察に引き渡しているということを忘れるな。」ルーディスはガードの位置を手で払って少し下げ、アンチ・プロジェクトの面々の前へと歩み出る。
「特に、お前たち2人はポラリス・アカデミアの優等生だろう。こんなことをすれば、学業どころではなくなるぞ?……それとも、何か後ろ盾でもあったのか?」ルーディスはデスクに腰を預けて寄りかかり、そのまま真っ直ぐにハインとバートを見つめた。
「……。」ハインはなんのことかわからずにバートを見たが、バートは苦々しげな顔で沈黙している。
「ふん、所詮お前も誰かの手駒か。……だがな、お前が狙った私の息子は、お前のおかげで昏睡状態になったんだ。お前たちが家族を心配するように、この会社も他の不眠症患者の治療に貢献し、生活のある社員を養っている。」ルーディスは淡々とそう言った。
「そ、そんなことだって。分かってるわよ。」さすがに気圧されたのか、カイラの声も弱々しくなっていた。
「でも、何度正規の嘆願書を送ったって、相手にされなかったって人がたくさんいるのに!それは許されていいっていうの?」カイラの言い分に、ルーディスは2〜3度頷いた。
「だが、お前たちの言い分も聞いてやる。……カイ、説明しなさい。」ルーディスはカイの方を見てそう言った。
「あの……、まず、ハイン。」
「あぁ。」カイとハインは向き合った。
「エレンさんのことだけど……。目覚めさせる方法が、見つかったんだ。」
「え?」カイの言葉に、ハインだけでなく、アンチ・プロジェクトの全員が息を飲む。
「会ったのか、やっぱり、エレンと。」ハインは前に、マップ上に重なったエレンとカイのユーザネームを思い出した。
「うん……、言わないでいて、ごめん。エレンさんに会って、話をしてきた。目覚められるなら、目覚めたいって。ハインが心配してるって言ったら、先に伝えてくれって言われたんだ。」カイはハインの方を、真っ直ぐに見ている。
「待って、やっぱり会える方法を隠してたんじゃない!」カイラがハインを押しのけるようにカイに詰め寄る。
「隠してたわけじゃない。……ただ、ようやく見つかったんだ。」カイは怖気付かずにそう言った。
「カイラ、俺たちは侵入者だ。今こうして話を聞いてもらえているだけありがたいんだぞ。……もう少し、話をさせてくれ。」ハインはカイラに向き直り、先ほどまでよりずっと強い眼差しでそう言った。
「なぁ、カイ、それは他のドライブ中毒者にも、適用できるのか?」
「うん、できる。でも、準備が必要だ。」ハインの言葉に、カイは大きく頷いた。
「なら、頼む。罰なら受けるし、今さらで申し訳ないがこの通りだ。……俺たちの家族を、助けてください。」ハインはカイに頭を下げる。
「分かった。……僕がバーチャル・ワールドで、彼らを救うよ。」カイはほっとしたようにそう言った。
少しだけ、場の空気が緩んだような気がして、ハインはわずかに顔をあげた。まだ問題は山積みだったが、カイの穏やかな微笑みに、ハインはどこかほっとした。
「いいわ……、そこまで言われちゃったらしょうがない。大変、申し訳ありませんでした。」ハインの隣で、カイラも大きく頭を下げる。
アンチ・プロジェクトの面々は、まだ何かを噛み締めたような顔のバートを含み、皆それぞれの想いのもとで頭を下げた。




