9. Access Denied
「つまり、何?知り合いなの?」ネオステラ・タワー91階のラボで、サラがジェイとソレアに尋ねた。
攻防は依然続いていたが、それでもまだ抑え込める範囲内ではあった。ターゲットはもう20階から社員用エレベータに乗り、順調に中位層フロアへと乗り込もうとしていた。
「まぁ、知り合い?」ジェイはサラの質問に答える。
「なんで疑問系なの?」
「ほら俺からしたら、式典で会ったきりだからね。」ジェイはタワー内に仕掛けられた監視カメラのノイズをまた一つ削除した。
プロンプトにコマンドを打ち込み、ターゲットが通過したセキュリティ・ゲートの認証情報にアクセスする。モニターに直前のアクセス・ログを表示すると、通過したIDを5名分抜き出して並列展開した。
「申し訳ないんだけど、各フロアのハッキングへの対処は君の方でやっといてもらっていい?」ジェイが研究員にそう言うと、研究員は「はい。」と答えた。
「その間に俺の方で、ターゲットの進行確認と身元割り出しやっとくからさ。まぁ、シーラさんがいたら早そうだけど、彼女はドリーム・リンクプロジェクト周辺がメインだもんね。」
「まぁ、そうですね。基本はですけど。」ジェイは研究員と話している間にも、監視カメラの画像とID情報を紐づけている。
「ソレア、あなたはどうなの?」サラはソレアに確認するも、ソレアは終始真顔で返答しないままだった。
「彼次第です。」しばらくの沈黙の後で、ソレアが言った。
「まぁ、一応ソレアさんのために補足しとくと、まず1人はハイン・リード、もう1人はバート・クレイブだよね。三角都市記念式典で、どっちも優等生として招待されてた。他の3人は俺は知らない。」ジェイは作業を進めながらも、説明を続けた。
「この2人に関しては、BISの学生情報照会したらすぐ身元出るよ。残念だけど。」そう言うとジェイは、ポラリス・アカデミアのポータルサイトを経由して優等生情報を表示させると、軽く笑った。
「運がないね。」
「そうね、雑だわ、色々と。」ソレアがはっきりと言い切った。
カイラたち5人は21階から50階までのオフィス層を抜け、さらに51階から80階までの中位層を抜けていた。計画ではひとまず81階で降り、上位層フロアのデータベースへとアクセスする予定だった。
「まぁ、ここまでは順調ね。」80階のセキュリティ・ゲートを抜け、上位層へと向かうエレベータ内でカイラが呟く。
―まぁな。でもあんまり良くない感じだぜ。ハッキングはもう対処され始めてる。しかもスピードがものすごく早い。……今、俺の手持ちから追加で何件か仕掛けてるけど、それももうすでにブロックされそうだ。
通話越しにロイディが、軽い調子でそう言った。
「それはつまり、侵入自体に気づかれている可能性がありそうですね。」バートが顎に手を当てる。
「そ、それはまずいのでは?」リディアが不安そうな顔で胸に手を当てた。
「まぁでも、もうここまで来たらいくしかないわよ?エレベータだって、動いてるしね。……ほら、ついた。」カイラの言葉と共に、エレベータの階数表示が81階を指し示す。
―ポーン
「さ、行きましょ。」エレベータのドアが開くと同時に、カイラが5人を促した。
81階フロアは人通りがなく、しんと静まり返っているようだった。心なしか、他のフロアよりも照明が少し暗い気がする。だが構造自体は、他のフロアと変わらないようで、エレベータの周りに円上の廊下と、ラボのドアが並んでいるのが見える。カイラたちはインターン用に偽装されたIDで、エレベータ前の認証ゲートを順番に通り過ぎていく。
「さすがにちょっと、緊張しますね。」最後にリディアがゲートを通った。
「そうね。……それで、目的のラボは?」カイラが聞くとロイディが言った。
―そこからすぐ右側にあるドアだ。……非開示のデータを扱っているラボだって聞いたぜ。
「了解。このドアね。」カイラはロイディの指示通りに、正面から右側にあるドアの認証キーにアクセスした。
―ウィーン
ゆっくりと開くドアを見て、一行は思わず安堵していた。偽装IDにより、81階へと上がるためのセキュリティ・ゲートを越えられた時点で分かってはいたが、本当にIDが使えるかどうかは、アクセスしてみないと分からない。部屋の中に踏み込んでみるも、中には誰もおらず、電源のついていないコンピュータが十数台ほど、デスクの上に乗っていた。
「それで……あとは頼んでいいのよね?」カイラがバートにそう言った。
「はい、もちろんです。今から一台のコンピュータにアクセスして、サーバーから情報を抜き取ります。アクセス権限の問題はありますが、突破するための方法はすでに用意してあります。」バートはメガネを軽く直しながらそう言った。
「他の人は、どうすりゃいい?」ハインが心配そうにバートに尋ねる。
「あぁ……、あなたは私の手伝いをしてください。カイラさんとステファンはデスクや戸棚に目ぼしい情報がないか探索を、リディアさんはドアから外を見ていてください。」
「は、はい!」リディアは慌ててドアの方へと移動し、カイラとステファンも室内の探索を始めた。
「なぁ、俺は何したらいいんだ?」ハインが言うよりも前に、すでにバートはコンピュータの電源を入れている。
「あなたはそこにいてください。……データの判別でサポートが必要になるかもしれません。」バートはそれ以上何も言わずに、コンピュータのロックを解除しようと操作を始める。
コンピュータ本体のポートに小型のハードウェア・キーを差し込み、コンピュータのロックをこじ開けると、バートはプロンプトウィンドウを立ち上げて操作を始めた。
「なぁ、どういう仕組みなんだ?それ。」ハインが声をかけると、バートは手を動かしたまま答える。
「ロックを解除するためのハッキングコードが入っています。これを差し込めば自動でコードが動いて、デバイスのロックを解除してくれる仕組みです。」そう言っている間にも、バートはコマンドを打ち込んで操作をしている。
「よし、通りました。ここからデータベースサーバにアクセスします。……非公開のデータ情報を、記憶デバイスに取り込むので。」バートはさらにもう一つ小型のデバイスを取り出すと、コンピュータに差し込んだ。
―ビー、ビー、ビー……
突然、コンピュータから警戒アラートが鳴り出した。
「あ、やべ、おいバート!」ハインはバートに声をかける。
「騒がないでください、今対処しています。ロイディ、外から観測できますか?」バートは落ち着いた口調だったが、その手と視線の動きの忙しなさから、さすがに焦りが見えていた。
「ど、どうしましょう。まだ、表には誰もいませんが、エレベータが動いています!」入り口のリディアが小さく叫んだ。
「ねぇバート、どうにかなりそう?」カイラとステファンが駆け寄ってきた時、コンピュータ・モニターに別の動作が割り込んだ。
―侵入者を、確認しました。直ちに降伏してください。
部屋中のあらゆるスピーカーから繰り返し聞こえる音声は、AIシーラのものだとハインは気づいた。
「しまった。こうなってはもうお手上げです。……ロイディ、退避は可能ですか!」バートが通話に向かって叫んだ。
―あぁ、こっちもコントロールを乗っ取られたよ。……お手上げだ。
ロイディのポータブルコンピュータでも、同様のエラーと音声が繰り返され、操作不能になっている。
「うそ、急いでここを出ましょう!」カイラがドアへと向かったその時、リディアの「きゃあ!」という声が聞こえた。
「あ……。」入り口の方を振り返ったハインは、その場に呆然として立ち尽くす。
入り口にいたのは、ソレアとジェイだった。
「ソレア……、とジェイ。」ハインの脳は必死で言葉を探したが、この状況にあっては何一つ言い訳にならないと悟ってしまう。
「久しぶり。」腕を組むソレアの声は冷ややかで、一切の言い逃れを許さないであろう圧があった。
「やっほ〜、お疲れさん。……俺のこと、覚えてる?」ジェイが室内へと一歩踏み込むと、その後ろからセキュリティ・ガードが警棒を持って入り口を固めた。
「侵入者5名。手を挙げて?」ジェイは革靴のつま先でコンコンと床を叩くと、ハインを筆頭に潜入者5名を見渡した。
大人しく5人は固まって手を挙げる。なぜジェイがここにいるのかという疑問はあったが、そんなことを聞いていいような空気ではなかった。




