7. False Positive
「全員、ちゃんと揃ったわね?」ネオステラ・タワーから少し離れた建物の陰で、カイラが言った。
アンチ・プロジェクトの選抜メンバーは、それぞれに頷き、カイラの次の言葉を待っている。彼らは3日間の準備期間を得て、デネブにあるネオステラ社の企業特区へと集まっていた。さらに今回潜入する5人に関しては、インターン・スチューデントを装うため、それぞれリクルート・スーツを身に纏っている。
カイラがネオステラ・タワーの方をチラリと見ると、そろそろ退社の時刻であるにもかかわらず、正面エントランスから出てくる人が多くはない。カイラは小さく舌打ちをしたが、おそらくここ最近のアンチ・プロジェクトの攻撃のせいで帰れない人が多いのだろう、とハインは察した。
「まぁ、仕方がないわ。計画上は、トレードオフよね。」カイラは自分を納得させるようにこう言った。
「それで、最終チェックはどうなんだ?」空気を変えるためにハインが言うと、陽動担当のハッカー、ロイディが答えた。
彼はキャップの上にフードを被った、いかにもそれっぽいストリート・ハッカーで、式典妨害用のシステムも、彼が自前で組んだとハインは聞いた。
「あぁ、問題ないぜ。バート経由で内部協力者に仕掛けてもらったバックドアの方にも、すでにアクセスは完了してるし、ここからネットワークもシステムも追える。……全部じゃないが、ある程度はな。」ロイディは手を擦り合わせ、軽く笑いながらそう言った。
「ふむ……、リンク・スフィアでも確認はできています。改めて言いますが、作戦中は私と彼で、内と外からハッキングを仕掛けます。情報の抜き取りやデバイス対応は私が、遠隔での陽動やハッキングは彼が担当します。いいですね?」バートはホログラム・ウィンドウを操作している。
すでにインターン用IDでコーティングした偽造IDは、各自のリンク・スフィアに紐づいている。あとはこのまま何食わぬ顔で侵入すればいいだけだ。
「ま、念の為受付嬢とか?カメラとか?その辺に顔が残らねぇようには気をつけてやるよ。……つっても、持ち運び用PCなんで、複雑なことはできねぇけどな。」ロイディはやけに楽しそうだ。
「わかった。」カイラは軽く頷いた。
「じゃあみんな、準備はいい?」
「あぁ。」カイラの言葉にハインが答え、他のメンバーもそれぞれの言葉で返事をする。
「OK。それじゃ、行きましょう。……あとは、中で対応するわよ。」カイラの言葉に従って、潜入メンバーの5人――カイラ、ステファン、ハイン、バート、リディアは、ネオステラ・タワーのエントランスへと向かって行った。
ネオステラ・タワー91階、サラ・ファルツ研究長のラボでは、ソレアとジェイがネットワークの監視をしていた。
「ねぇ、本当に今日現れるかしら。」側でコーヒーを飲んでいたサラがジェイとソレアに軽く尋ねる。
「う〜ん、どうかな……。確率的には70%。でも、天気予報なら高確率だ。」ジェイは冗談めかしてそう言った。
「はぁ、その確率なら傘は必須ね。」サラは困ったように肩をすくめた。
「でも、コンピュータ貸してくれたのには感謝してるよ。……自前のでもいいけど、向こうは多分ポータブルだ。据え置きの方が一段強い。」
「そういうものなの?」ジェイの言葉に、ソレアが尋ねる。
「そうね。回線も有線で安定してるし、無理にアクセス経路を確保する必要もない。元からネオステラの環境に最適化されたコンピュータよ。……いわば、ホームグラウンドってわけ。」ジェイの代わりにサラが答えた。
「そういうこと。……まぁ、向こうはバックドアまで仕掛けてるしね。無理やりこじ開けるわけじゃないから、本来なら気づいたかどうかもわからない。」
「あぁ、昨日あんたが言ってたやつね。」ソレアはジェイの言葉を思い返した。
「内部協力者の社員が、システム上に裏口を作ったって。」
「そ。企業のシステムってのは強固なもんだ。外側からこじ開けるには根気がいるし、AIがいるって言っても基本面倒だから、そんなことするのは暇なやつらぐらいでしょ……。リアルタイムハッキングなんて、そんな準備を重ねてやっとできるようになる代物だから、そう簡単なことじゃない。」ジェイは呆れたように言って、足を組む。
「でも、今回は相手も念入りだ。わざわざ式典妨害の前からネオステラ内部に協力者を作り、こうしてバックドアまで仕掛けてる。空き巣に例えるならすでに合鍵を持ってるようなもんだからね。……そこまでしてるのに来ないわけがない。」ジェイは頭の後ろで手を組んだ。
彼の前には、サラのラボから貸し出された、5台のモニターが配置されている。本体も2台、キーボードも2台。ジェイの手が足りなくなるようなことがあれば、研究員の1人が手を貸すことになっていた。
―ピピッ
モニターの一つでアラートが鳴る。
「よし、来た来た。」ジェイは組んでいた腕をほどき、腕や肩を軽く伸ばすようにストレッチをすると、そのままさらに手首を振る。
「準備はOK。じゃ、始めよっか。」ジェイはニヤリと口角をあげた。
ネオステラ・タワーのエントランス・ゲートを、カイラたち5人は通り過ぎる。事前にロイディが受付嬢たちに架空の通話を取らせ、注意を逸らしてくれていた。
「はぁ……、まずここはOKみたいだな。」
「そのようですね。」ハインの言葉に、バートは素っ気なくも返事をする。
―首尾はどう?OK?……だよね。そうこなくっちゃ。こんなところでつまずいてたら困っちゃう。
リンク・スフィアで繋いだ通話越しに、ロイディがテンション高く喋っている。
「えぇ、その通り。でもIDが機能することは実証できた。ならエレベータも問題ないはず。……まずは、一般公開層を抜けて、社員専用エレベータが使える20階まで一気に行くわよ。」カイラの言葉に頷いて、5人は何食わぬ顔を装いながらエレベータへと向かった。
ロイディは自前のポータブル・コンピュータで、終始システムを監視している。リンク・スフィアはコンピュータと同期接続中であり、立ち上げた複数のホログラム・ウィンドウの一つでは、常にマップ上のGPSポインタを確認している。
「ははっ。いいね……最高にホットだな。」ロイディは両手を擦り合わせ、指を握ったり開いたりしながら次を待つ。
「……あ?」しかし順調に移動する5人のポインタの様子とは裏腹に、モニタリング用のウィンドウには不規則なログが吐き出されていた。
「チッ……、気づかれたか。」それは、ロイディが遠隔操作したはずの監視カメラの一台だ。
5人の姿ができる限り確認されないように、ノイズを走らせたはずだったのだが、5秒ほどのノイズがわずか3秒で消失している。
「こりゃまた……、相手側もちょっと手間なことをしてくれますね。」ロイディは周囲にいる待機組に聞かれないように呟いた。
「来たね、細かいのはそっちで対処して。俺はでかいのを抑えとくから。」
「わかりました!」91階のラボでは、ジェイと研究員が手分けして敵の攻撃を捌いていた。
「まず21階オフィス・フロア・サーバにDDoSです。」研究員がジェイに報告する。
「そんなとこに攻撃仕掛けたってしょうがないのにね。……あぁ、目的は陽動か。やっぱエレベータで上がってくるね。」研究員はジェイの隣でキーボードを打ちながら、オフィスフロアに仕掛けられた業務妨害の対処をしている。
「電子ロックが不正アクセスの回数制限によりロックかかりました。……開錠には少し時間かかります。」
「物量攻撃の裏でエレベータ付近のスタッフを減らそうってわけね。……全くよくやるよ。おおよそ事前に仕込んでたんだろうけど、にしたってやることが豪快だ。」ジェイは口元に笑みを浮かべながらコマンドを叩いた。
「よし。君、そっちは他の人に投げられない?監視カメラのノイズはカット。敵の動きは補足できてる。ターゲットの姿はまだ認識できてないけどね、動く場所で動きがあるから逆探知には最適だ。」ジェイの視線は20階フロアの監視カメラを睨んでいた。
「……あらら?」へぇ〜、こりゃ面白い。
ジェイは監視カメラに映っていた人物を見つめ、この後の展開を予想してニヤリと笑った。久しぶりに少し楽しめそうだと思ったが、こんなことを口にしては、またソレアに怒られてしまう。
「ね、何か見つけたの?」ジェイの様子を察してか、ソレアが腕を組んだまま近づいてきた。
「うん、まぁね?でも、後でわかるよ?」
「そういうのやめてって言ったでしょ。お楽しみなんていらないの。」ソレアはスパッと言い切った。
「はいはい……。じゃあ言うけどね。俺たちの敵、知り合いだったよ?」ジェイは監視カメラのモニターを指差し、ソレアに言った。
「……。」ソレアはしばらく沈黙し、「なるほど、よくやるわ。」と呟いた。




