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アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
χ:Cruel Cradle

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6. Deep Drive

 カイは、バーチャル・ワールド内のパーソナル・スペースで、椅子に座りながらログを見ていた。自分のリンク・スフィアに記録されている、ネットワーク・ログやシステム・ログを展開し、少し前にシーラから聞いたドライブ中毒者たちの所在について、調査するのが最近の日課になっていた。


 しかし、すでに2度エレン・リードと接触しているとはいえ、どう条件を変えてみても、彼女の元へ辿り着く再現性のある方法が確立しない。それが最大の問題だった。


「ねぇシーラ、少し話せる?」カイは、何もない空間に呼びかけた。


 シープリンクドライブの基幹システムを担っているシーラは、カイのパーソナル・スペースでの呼びかけには、大体いつも応じてくれる。案の定、カイが呼びかけて1分も経たないうちに、真っ白い空間の中にシーラの像が現れた。


 ―はい、どうかしましたか?カイ。


 シーラはそれが当たり前のことであるかのようにカイに尋ねた。彼女のプラチナブロンドの髪が、風もないのに揺れている。


「あのさ、シーラ。……エレンさんのところに行く方法を探してるんだ。協力してくれない?」カイが要件を話すと、シーラは少し考え込むように間を置き、静かに返答した。


 ―カイがやりたいことならば。


 シーラは柔らかく微笑んでそう言った。


「ありがとう。」カイもまた微笑み返すと、さっそくシーラに、前にエレンと接触した2回分のログを共有ウィンドウで示した。

「ねぇシーラ、これなんだけど――。」


 ―あぁ、確かに。2度とも通常のワールド遷移とは異なる同期変動を記録していますね。


 カイが説明をするよりも早く、シーラが即答する。


「わかるの?」カイが驚いて目を見開くと、シーラが近づいてきて、カイの横で屈んだ。


 ―もちろんです。ネオステラ社のサーバーにある、全データを掌握しておりますから。


 シーラの微笑みは相変わらず美しかったが、カイはわずかに寒さを感じた。


「あ……あぁ、そうだよね。そうだった。」


 ―はい。それで、カイのやりたいことはなんですか?


「エレンさんのところに行きたいんだけど、再現性のあるやり方が見つからないんだ。」カイは気を取り直してそう言った。


 ―あぁ、なるほど、そういうことでしたか。


 シーラは軽くまつ毛を伏せたが、すぐにまた元の調子でこう言った。


 ―でしたら、同期をサポートすれば良いのですね?


「え?」てっきりシーラは止めるものだと思っていたため、カイは再び驚いた。

「止めないの?」


 ―はい。


「どうして?」


 ―カイがやりたいならば、止めません。


 シーラは端的に言い切った。


 ―それに、カイのログはやはり通常のものとは違います。道理で、通常のシステムからでは辿り着けないわけですね。……これはサラも言っていたことですが、カイだからこそ辿り着ける領域かもしれません。


「え?……どういうこと?」カイはシーラに、詳しい説明を促した。


 ―まず、現状わかっていることですが、ドライブ中毒者たちのいるアドレスは、通常のバーチャル・ワールド上にはありません。これを、私たちは通常の位相から別位相へと滑落したのだと表現しています。


「より深いところに落ちたってこと?」カイはシーラの言葉を言い直す。


 ―えぇ、端的に言い表すならそうですね。……実際の理論上では、位相そのものに上下の判別はありませんので、必ずしもその限りではないのですが。


「なるほど。」


 ―とはいえ、我々のシステムからは手の届かない領域に行ってしまったことは確かです。ゆえに、通常のシステムからは、その存在を追うことができません。


 シーラはそこで一息置いた。


 ―ですが、カイがやるなら話は別です。あなたはASTDを患っており、通常の人間よりもドライブとの親和性が高い。すでにログに残っているセッション遷移や位相ズレのパターンを再現すれば、ドライブ中毒者のいる別位相へも、辿り着けるものと思われます。


 シーラは滑らかにそう言った。


「再現、できるの?」カイはログから目を逸らしてシーラの方へ向き直る。


 ―はい。ですが、一発でうまく行くかはわかりません。少しずつ同期を深め、まず別位相へとカイを滑らせます。そのままあなたを中心にして周辺の状況を取得します。


「状況取得?」


 ―はい。まずはエレン・リードのアドレスを足がかりにしますが、別位相のマップを少しずつ仮構成していけば、いずれは他のドライブ中毒者の元へもアクセス可能になると思われますので。


 まぁ、やってみなければわかりませんが、とシーラは補足した。


「うん、でも、何も手がないよりはいいからね。……それでいこう。」カイはシーラの案に同意した。

「でも、どうしたらいい?」カイがシーラに尋ねると、シーラはカイの椅子の正面にすっと立つ。


 ―はい、カイはそのまま椅子に座っているだけで大丈夫です。バーチャル・ワールドに接続したまま、あなたの状態を私の力で動かします。一度、眠りにつくような感覚になるかもしれませんが、むしろその方が都合がいいです。


 シーラの言葉にカイは頷く。


「わかった。それじゃあ始めよう。」そう言うと、カイは椅子に深く腰掛け、脱力した状態で目を瞑る。


 ―では、始めましょう。


 シーラの声があたりに響く。


 ―ディープ・ドライブを開始します。


 それはおそらく、シーラがたった今名付けた名称だろうが、開始宣言はあった方がありがたいな、とカイは思った。


 ―ディープ・ドライブ、同期率上昇中です。現在50%。


 シーラの読み上げとともに、カイの意識は少しずつあやふやになっていく。それは確かにシープリンクドライブに入る時のそれに近いが、実体に伴う重みがないせいか、よりグラグラと揺れるような感覚を胃のあたりに感じる。


 ―70%。


 シーラの計らいか、カイの瞼の裏に、プログレス・インジケータが表示されている。時計回りに何度も回転し、少しずつ同期率を上げていく。


 ―90%、100%。カイ、落ちます。


 シーラの言葉を聞いた後、ぐんと下に引っ張られるような感覚とともに意識が落ちた。


 ―カイ、大丈夫ですか?


 シーラの声に瞼を開けると、そこは見慣れたバーチャル・ワールドの噴水広場だった。しかし、どこか違和感を覚えてあたりを見回すと、全く歩いている人が見当たらない。


「誰も、いない。」


 ―はい、そのようですね。


 シーラの言葉にハッとしたカイの目の前に、ポンッ!と何かが落ちてきた。


「わっ。」


 ―キュー!


 それは、カイのアンドロイドシープである、アルファの姿だ。


「なんでアルファが?」カイがアルファに尋ねると、アルファはキュー?と鳴いて首を傾げた。


 ―その子はアンカーです。


「アンカー?」シーラの声は聞こえるものの、彼女の姿はどこにも見えない。


 ―はい。私がカイを見失わないようにするために、そちらに送ることにしました。まぁ、ベースはペット・モジュールですが、私とのネットワークを有しています。アルファを起点にすることで、カイを通常の位相と紐付けながら、周囲の探知を行うことが可能です。……早速、周囲のマップを更新しました。マップをどうぞ。


 シーラの言葉とともに、目の前にワールド・マップが開かれる。マップ上の文字は全く読めなかったが、それがバーチャルシティ・トライアングルの反転マップであることに気づいた。


「反転してる。」カイのつぶやきに、近くをポテポテと歩き回っていたアルファがキューと鳴いた。


 ―そのようですね。では、ここの座標を元に、エレンの位置情報を再計算します。


 ―できました。……反転マップ上のバーチャル・ベガにある、カフェですね。転送しても良いですか?


 シーラの手際の良さに、カイは少しだけ救われていた。


「わかった。お願い。」


 ―キュキュ!


 カイの返事に呼応するようにアルファも元気に返事をする。


 ―ではカイ、アルファをしっかりと抱いていてくださいね。


「OK。」カイは急いで地面にいたアルファを抱き上げ、シーラの転送に身構えた。


 ―転送します。


 シュン、というSEとともに、カイの視界が一瞬だけブラックアウトする。しかし次の瞬間には、カイはまた例の、ウッド調のカフェの店内へとワープしていた。


「着いたみたいだ。」


 ―そのようですね。


 ―キュ!


 穏やかなBGMの鳴る店内と、木で作られたテーブルや椅子、オレンジ色の照明に彩られた暖かな店内は、ハロウィンを模した小さな小物で彩られていた。


「あれ?カイくん!また来たの?」その明るい声のした方に目を向けると、そこにはエレン・リードが立っていた。

「エレンさん、あの――。」


 ―カイ、同期が少し不安定です。長居はできません。


 シーラの声に、カイは少し慌てながらも、カウンター近くにいるエレンの方へと近づいた。


「あ、どうしたの?」エレンは少し不安そうな顔でカイを見ている。

「うん、あのね。」カイはエレンと向き合うと、一呼吸置いて彼女に告げた。


「あなたの意思を聞きに来たんだ。」


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