5. Thinking Time
「さて、それじゃあ具体的な作戦の話をするわよ。」アンチ・プロジェクトの面々を前に、カイラは気を取り直してそう言った。
「なんだよ、作戦って。」ハインは怪訝そうに眉根を寄せる。
「そのまんまの意味よ。チームなんだから活動しなくちゃ。……それに、あんたを引き入れたのも、すでに作戦が決まってたからだし。」
「は?」カイラの言葉に、ハインは信じられないという顔をした。
「待てよ……なんでそう新事実のオンパレードをかましてくんだよ。つまりなんだ?お前らが俺を監視したり鎌をかけたりしてたのも、全部作戦のためだって言いたいのか?」ハインはもはや怒りを通り越して、呆れたような気持ちで言った。
「まぁ、概ねそんなところよ。」カイラはあっさりと肯定した。
「でもね、ハインくん。あんた、こっからはちょっとマジになってもらわなきゃ困るわよ?あんたを入れたせいで失敗したらたまったもんじゃないんだから。」カイラは真剣な顔でハインに詰め寄った。
「ここにいるのは、あんたと同じ、自分の身内がドライブ中毒でしんどい思いしてるような人たちなんだ。あんたがいつまでもその調子だと、全員道連れになっちゃうの。……わかる?」カイラの言葉に、ハインは一度周りを見回した。
廃工場にいる十数人ほどの人々は、警戒と不安の入り混じったような目でこちらを見ている。中には焦ったそうに爪を噛みながら体を揺らしている女性や、苛立ちを隠しきれずに舌打ちをしている男性もいた。
「……わかった。」ハインはその場の空気に押されるように、カイラに抵抗するのをやめた。
「それで、作戦ってのは?」ハインがカイラに説明を促すと、近くでセレンのため息が聞こえた気がした。
「えぇ、説明するわ。」カイラは自前のリンク・スフィアで、廃工場にはやけに不釣り合いなホログラムボードにアクセスした。
ボード上にはいくつかのファイルが展開され、その場にいる全員が見られる状態になっている。バートがいつの間にか、近くのテーブルの上でノート型コンピュータを起動していた。
「まず、内部協力者の話からよ。」カイラは一つ目のファイルを前景に映した。
「ネオステラ社の社員が、我々の活動を後押ししてくれることになっているの。これは、その社員から事前に受け取ったデータ群。今この場にいるメンバーだけにリンクするから、絶対に外には、漏らさないでね。」カイラはリーダーらしく、しっかりとした調子で説明を続けた。
ボードに表示されているものとは別に、ハインのリンク・スフィアにも同じ圧縮データが転送されてきた。ハインはそれを解凍したが、いつの間にか自分がアンチ・プロジェクトのプライベート・ネットワークに接続させられていることに気づいて驚いた。
「おい、接続した覚えのないネットワークだ。」ハインが言うと、カイラはバートを指差して言った。
「彼がやってくれたわ。」
「そうか……。」ハインは、それ以上突っ込むことを諦めた。
「で、これは……、内部情報か?」リンク・スフィアでデータを展開しながらハインは言った。
「そ。」
「こっちがネオステラ・タワーの内部マップで、こっちは……セキュリティ・ゲート・マップ?……しかも、一般公開されてないやつだ。」ハインの言葉に、カイラが感心したような顔をした。
「あんた、飲み込みはやっぱり早いわね。さすがエリート、ってとこかしら。」『エリート』の言い回しに若干の皮肉っぽさを感じないでもなかったが、それでもカイラが自分を褒めるようなことがあるとは思っていなかったので、驚いてしまった。
「まぁ、このデータについては、ハインが言った通りよ。このマップを、バートがさらに加工したものがこれ。」カイラの説明とともに、また新しいデータが送られてきた。
「うわ、すげ……。館内マップにセキュリティ情報を上乗せしたのか。……あと、このラインは、侵入ルートか。」ハインは加工されたマップデータに、思わず息を飲み込んだ。
マップ上には、120階まであるネオステラ・タワーの1階から100階までのフロアの内訳と、セキュリティ・ポイントが記載されている。さらに、赤いラインで侵入経路と、目標ポイントまでのルートが示されている。
「なぁ、なんか100階より上の情報が少なくないか?」ハインが聞くと、カイラは「あぁ。」とため息をついた。
「さっきも言ったけど、協力者の権限は中位のもので、上位層の中でも最上位に位置する100階以上の情報はさすがに抜き取れなかったの。」
「ですが、ここまで内実が分かれば、あとはおおよそ推測可能な範囲内です。」バートが不意に口を挟んだ。
「例えば?」ハインが聞くと、バートはメガネを軽く直して説明を始めた。
「例えば、ネオステラ・タワーには、ドリーム・リンクプロジェクトの根幹を担うAIシーラのコア・ルームがあるはずですが、それがこのマップ上では記載がぼかされています。つまり、シーラ・コアはほぼこの100階から120階のフロアのうち、どこかにあるということになる。それに付随して、ネオステラ社CEOルーディス・ブライトの執務室や、CEO付属のセキュリティ・チームなどもこの100階以上のフロアに集まっているでしょう。」
「なるほど。」
「ですが、今回はそもそもそこまでの情報は必要ではありません。」
「なんでだよ?」バートの言葉にハインは思わず突っ込んで聞いたが、カイラが横から掻っ攫うように補足した。
「今回の作戦は、ネオステラ社の81階から100階の間にある上位層フロアから、ドライブ中毒か、あるいはプロジェクトに関する秘匿情報を抜き出すことだからよ。」
「あぁ、なるほど。最上位層には手を出すつもりがないから、いらないってわけか。」
「まぁね。それに、最上位層に関する情報の抜き出しも、今回の目的のうちに含まれてるの。……今後のためにね。」カイラはボードを指差しながらそう言った。
「なるほどな。……つまり、見つかることなく行って戻って来れればそれでいいってわけか。」
「まぁ、そういうことね。」カイラの同意を得て、ハインはほっと胸を撫で下ろす。
周りの人たちを見ても、カイラの計画に異論はないのか、うんうんと頷きながら聞いている者がほとんどだ。
「けど、侵入経路のセキュリティはどうすんだ?セキュリティ・ゲートを入り口から順番に突破してるように見えるんだが。」
「あぁ、それはね……。チッ、なんだっけ。」カイラがバートに目配せをした。
「はい、5人分の認証IDをいただきました。今ネオステラ社内で行われている、ポラリス・アカデミア短期インターン用のIDです。それを使えば、BIS連携ラボのある中位層までは突破できます。さらに、同じIDには上位層フロアへの簡易権限も紐づいています。……本来のインターン用IDにはない権限ですが、偽造IDなので。ともかくこれで、中位層突破まではそう簡単には見破られないと踏んでいます。」バートはさらりと説明を終えた。
「そうそう、そういうこと。」カイラは、自分がわかっていないことを誤魔化すかのように頷いた。
「なぁ、ってことは潜入できるのは5人までなのか?」ハインはカイラとバートの顔を交互に見た。
バートは偽造IDが5つと言った。今廃工場にいるのは十数人。ならば、人員わけが必要になるはずだろう、とハインは思った。
「まぁ、概ねあんたの推測通りよ。……偽造IDを持って潜入する5人のチームと、外側からハッキングを仕掛けて陽動、潜入サポートをする技術屋が1人、んで、タワー近くに待機して、何かあった時の援護をするためにプラス3人。他は、潜入チームに何かあった時のために廃工場を守るお留守番。……ちなみに、あんたは偽造IDで潜入する5人チームに入ってもらうわ。」カイラが軽々とそう言った。
「は!?急すぎねぇ?」ハインは大きく驚いて抗議をしたが、カイラたちはもう人選を固めてしまっているようだった。
「あんたができないなら他の人に行ってもらうことになるけど……。でも、ねぇ、皆見てたでしょ?こいつ、ほんとに頭が切れるの。実地にいてくれたらすっごく頼りになると思うんだよね。……そうじゃない?」カイラが全体に呼びかけると、ステファンがニコニコと笑いながら大きく拍手をし、それ以外のメンバーも頷き返すか、まばらに小さめの拍手を返した。
「ほらね、満場一致。……ちなみに他のメンバーは、私、ステファン、バート、セレンよ。」カイラはハインに向き直って言った。
「待て、セレンはまだハイスクールだ。潜入はさすがに危険すぎる。……それに、インターンはみんな大学生だ。見た目が若すぎても老いすぎても疑われるぞ!」ハインの言葉に、カイラは「なるほど。」と納得したように頷いた。
「確かに、あんたの言うことも一理あるわね。……じゃあセレン、あなたはタワー周辺で待機するチームに移動で、潜入チームにはリディアを入れましょう。」いいわね?とカイラが呼びかけると、セレンはやや不服ながらも了承し、リディアと呼ばれた女性も頷いた。
「よし、皆ありがとう!……それじゃ、詳しい話はまた明日にしましょ。決行日は、ネオステラ社のインターンが終了する3日後にするわ。……それまで、色々と準備をしないといけないものね。OK?」カイラの意気揚々とした指示出しに、廃工場の面々は妙な結束感を感じて強く頷いた。
「ちょっと、ハイン、大丈夫?」隣に座っていたセレンがハインの服の袖を引く。
「あ、あぁ……、大丈夫だ。ちょっと気圧されただけ。」
「ならいいけど。……しくじらないように、気をつけてよね。」セレンの言葉に、ハインは深く頷きを返し、そうしてアンチ・プロジェクトの集会は一時解散となったのだ。




