4. Thunderous Silence
エレベータを降りて、ソレアはネオステラ・タワー75階へと足を運んだ。母のサラはまだ忙しく、今日は父のラボに足を運んだ帰りであった。タワー全体が妙に騒がしい。張り詰めているのは主に上位層だが、アクセス権限のない中位層にも、その緊張感が滲み出ていた。
なんだか妙に気疲れするな、とソレアは思った。でもそれもそうかとため息をつく。1ヶ月前からほぼ途切れることなく続いているハッキングによる業務妨害だけでなく、世間ではドライブ中毒の話題も少しずつ取り上げられるようになっていた。
最初はオカルトだと言われていたドライブ中毒だが、式典を妨害するほどの勢力が現れたせいで、注目度が上がっているのかもしれない、とソレアは思う。最近少しずつ大学に姿を見せなくなったカイの容体も心配なのだが、そちらは少なくともバーチャル・ワールドでは会えているので保留にできる。
そんなことを考えながら75階のフロアへ降りると、他の階とは違ってカバー・パネルが全開に開け放された空間の中に、見知った顔を発見する。
「あれ、ジェイくんだっけ。」ソレアの視線の先には、ウィンドウシートに腰掛けて長い足を組み、パックジュースを飲んでいるジェイ・ルブランの姿があった。
彼は近づいてくるソレアに気づき、パッと顔を綻ばせると「ヤッホー!」と言いたげな表情で手を振った。
75階フロアは中位層のレスト・スペースで、パンやドリンクの自販機とともに、ソファスペースが多めのフロアだ。仮眠スペースは74階、食堂があるのは73階だ。他にも、働いている社員のために、カフェやシャワールーム、ジムといった福利厚生施設が各層ごとに存在している。
ソレアは軽く足を速めてジェイに近づき、彼の隣に腰掛けた。
「こんにちは。ねぇ、式典ぶりでしたよね?ジェイ・ルブランさん?」ソレアは相手の出方を探って、まずは当たり障りのない挨拶をする。
「そうだね。でも俺はもう入学式の時に君を見てるんだ。……カイの幼馴染でしょ?カイにタメなんだったら俺にもタメでいいと思うよ?」ジェイは非常に気さくな様子でそう言った。
正直、理屈はあまりよく理解できなかったが、彼はつま先をブラブラと揺らしたまま、昼食と思しきパンの袋を開けようとしていた。その様子を見て、まぁその方が都合がいいか、とソレアは思った。
「じゃあそうするわ。」
「わ、受け入れはやーい。」ソレアの返答に、ジェイも多少驚いたのか、ビリッと勢いよく破れたビニールの袋から、クロワッサンを取りこぼしそうになっていた。
「おわっ、危ない危ない。」
「……大丈夫?」危うく落としかけたクロワッサンをすんでのところでキャッチしたジェイに、ソレアは慌てたようにそう言った。
「うん!平気〜。なんとかキャッチしたしね!……てか受け入れ早すぎてびっくりしたわ。君、結構適応力高いタイプだね。」ニコニコと笑いながら言う割に、即座に相手を分析し出すその様子に、ソレアは少しだけ身構えた。
ちょっと厄介なタイプかもしれないな、と苦笑する。
「それで、ソレアさんはこんなところで何をしてるの?」インターン?にはまだ早いよねぇ、とジェイはクロワッサンを齧りながら尋ねた。
「えっと……、まぁ、学業上の関係よ。」
「ふーん?ご家族が働かれている、とかではなく?」ソレアが濁した部分を、ジェイはなぜか的確に拾ってくることに驚いた。
「……分析癖があるタイプかしら。」わずかに目を細めながら牽制すると、ジェイは「かもね。」と言ってニヤリと笑った。
「それで、あなたは?」
「ん?俺はポラリス・アカデミア限定の短期インターンだよ。」
「通ったの?倍率高いのに?」ソレアの反応に、ジェイはパンを齧るのをやめてあははと笑った。
「ねぇ、カイとおんなじ反応するじゃん。」
「そりゃ、まぁね?……てか、カイと連絡とってるの?」ソレアはほんの少し怪訝そうな顔をした。
「ん?そりゃ、まぁね?……あはは、俺もおんなじ反応しちゃった。」ジェイは陽気な青年に見えるが、それでも優秀なのは確からしい、とソレアは思う。
「それで、何か面白いものあった?」ソレアは軽い雑談を続けるために、当たり障りのない質問をした。
「あぁ〜、あったよ?」ジェイは、なぜか声のトーンを下げてそう言った。
「へぇ、どんな?」
「うん、多分君たちにとってよくないことだよ?」笑っているにもかかわらず、ジェイは底の見えない眼差しでソレアを見つめる。
「オーケー、いいわ。探り合うのはなしにしましょう。単刀直入に聞くけど、何を見つけたの?」ソレアはスッパリと切り替えて、ジェイに尋ねた。
「うん、いいね、そういうの。俺は好きだよ?……ちょっと拍子抜けはしちゃうけど。」ジェイは一度肩をすくめた後で、話を続けた。
「ちょっとね、よくない動きをしてるやつが、いるんだよね。」
「中位層に?」
「そう。」ジェイはパックのイチゴジュースを一口吸った。
「なんで気づいたの?」ソレアはさらに体を寄せて、ジェイだけに聞こえるように声を潜めた。
「うん、それはね、俺の担当がログ解析だからだよ。」
「インターン実習の?」
「そう。」ジェイは再びジュースを飲むと、思い切ったように一息で話し始めた。
「まず、俺の研修内容はログ解析。部署は71〜80階のBIS連携ラボで、端末・ウェアラブル・社内システムなんかのログを横断して異常挙動を探す特別実習。アクセスパターンを見て、異常な挙動があれば報告するってやつなんだ。……ここまでOK?」ジェイはソレアの様子を確認する。
「私の友達、カイとハインだから、基本気にしなくって大丈夫。」ソレアは問題ないと、ジェイに返した。
「なるほど。じゃあ遠慮なく。」ジェイはわずかに目を細めると、乾いた唇をするりと舐めた。
「当然、社員のログも混ざってるんだけど、一個だけ、一般ユーザに見せかけた不審な挙動を見かけてね。……報告するか、迷ってたんだ。」ジェイは挑発するようにそう言った。
これは他の人に聞かれるとまずいのではとソレアは思い、一度フロアをざっと見渡す。しかし今の時間は食堂やカフェに行く人の方が多いのか、75階は閑散としている。たまにちらほらと研究員やスタッフの姿が見えるものの、大体は疲れたように項垂れていて、こちらに目を向けるものは誰もいない。
しかし、それでも念の為と思ったソレアは、ジェイ相手にドリーム・リンクの招待を送った。
「ちょっと、勝手にアドレス拾ったけど、了承してくれるわよね?」ソレアが聞くと、ジェイはニヤリと笑ってこう言った。
「OK〜。」ジェイはリンク・スフィアを操作すると、ソレアの招待を受け取った。
2人のリンク・スフィアに共通のシステム案内が表示され、すぐに共有のバーチャル・ワールドへと現実が上書きされた。ソレアの選択したワールドは『秘密のプレイリスト』。球体上の狭い空間だが、全面がふわふわとした毛の長い素材で覆われた、一見ファンシーな空間だ。
「これって密会モード?」初めて見たぁ、とジェイが言う。
「そう。行動は無理だけど、言葉はお互いの知覚上だけでやりとりされる仕様で、外の人には内容が漏れないようになってるの。」ソレアは唇に人差し指を当ててそう言った。
「へぇ、便利だね。」ジェイは面白そうに目を見開いた。
「まぁ、気をつけないに越したことはないけどね。うっかり大声を出して、内容が漏れたら厄介だし。」
「まぁ、そうだよねぇ。」ジェイはソレアに同意した。
「で?不審な動きって?」
「うん。まず第一に、社員も混じってるログなのに、わざわざ一般ユーザに見せかける必要がない。それが一つ目の不審点。これはまぁ、知られたくないことがあるのか、プライベートアカウントでアクセスしてるのかにもよるんだけど、でも権限を使った痕跡があるから、後者はほぼほぼないと思う。」ジェイはジュースを飲んで一息ついた。
「で、二つ目。これが核心。その偽造したアカウントで、さらに上位の権限を必要とする領域へのアクセスを試みている。それも、うっかり接触しちゃいましたぁみたいな挙動を装って。……そもそも、上位権限を必要とする領域へのアクセスって、かなり序盤で弾かれる仕様になってるはずなのに、その第1層は突破できてしまっている。」
「セキュリティ・インシデントね。」ソレアは思わず頭を抱えた。
「そ。これだけでも相当頭が痛い話じゃない?」ジェイは足を組み替えながらニヤリと笑った。
「で、極め付け。俺の配属ラボでは、式典用のドリーム・リンクシステムの調整もしていたらしい。……で、そのあたりのシステム・ログに、追加システムを他者承認なしで埋め込んだ痕跡があったんだ。それも、巧妙に隠してね。……まぁ、これはすでに判明しているやつで、テストとして見せてもらったログなんだけど。」ジェイはわずかに肩をすくめる。
「でも、俺、気づいちゃったんだよね。そのシステムの埋め込みに使われたアドレスが、その不審なアクセスをしたアドレスと同じ、偽造されたアドレスだって。」ジェイはソレアに対して、不敵な笑みを見せた。
「なるほど……、検証は必要だけど、紐づける余地はありそうね。」
「うん、だからね、ここにそのデータがありまぁす。」ジェイは自分のリンク・スフィアを操作して、ソレア宛にシークレット・ファイルを送った。
「……ちょっと、それは一歩間違うと危ないやつよ?」ソレアは思わず眉をしかめた。
「ん?これ、ただの提出用のファイルだよ?……提出先を、間違えただけ。」ジェイは不敵そうな顔をした。
「で、ここからは俺の提案ね?」
「何よ。」ソレアは思わず身構えた。
「そのログの内容とアドレスの本体を調べたら、ほぼ誰なのかわかっちゃうと思うんだ。……でも、やってることがやってることだからさ、裏にいるやつがいると思うんだよ。」ジェイはさらに一層声のボリュームを落として言った。
「俺たちでそれを、捕まえない?」ソレアは思わず目を見開いた。




