3. Gilded Cage
ネオステラ・タワーの119階にある執務室で、ルーディスはサラ、ロシュカの2人と対面していた。室内のホログラム・スクリーンにはAIシーラが大人しく居座っている。サラ研究長は、やや怪訝そうにスクリーンをチラリと横目で見たが、ニコリと微笑むシーラに対して、またいつものようにため息をついてスルーした。
「それで、事態の究明は。」窓際で、冷やしたワイン・グラスを傾けながらルーディスが尋ねる。
サラはロシュカと互いに軽く顔を見合わせながらも、ルーディスの前へと歩み出た。
「ルーディス様、攻撃元は判明しませんでしたが、攻撃手法と対象の割り出しには概ね成功いたしました。それから、1ヶ月ほど前から連日のように続いていた攻撃についても、おそらく関連性があるものと思われます。……詳細はレポートにて提出済みです。」
「あぁ、確認した。」ルーディスは、辛口のアモンティリャード・シェリーを一口飲んだ。
口に含んだ淡いトパーズの色の液体からは、草木やナッツのような香ばしい香りが漂っていた。わずかに酸味を感じる風味で滑らかな舌触りのドリンクだが、その割に甘みはなく、苦くて渋いという方が正しい、切れ味のある一品だ。
「確認はしたが……。」ルーディスのサングラス越しの鋭い眼光が、サラを射抜くように向けられる。
「あれは一体、どういう意味だ?」ルーディスの言葉は、質問というよりは納得のいく見解を用意しろ、と詰め切るような含みがあった。
「ユーザχとして管理されているカイ・ブライトが、ネオステラにとってどういう存在なのか。敵側はそれを探っているものと思われます。」サラは手元の端末をサッと見ながらそう言った。
ルーディスは再びグラスを煽り、カバーパネルの開いた状態の窓辺から、外の風景をじっと見つめた。綺麗に磨かれた窓ガラスには曇り一つも存在せず、またわずかに反射しているその顔からは、表情すらも読み取れない。
しかし振り返ったルーディスは、ほとんど空になったワイン・グラスをデスク上にカタンと置くと、やや所在なげな視線をシーラへと投げた。
「そんなことは分かっている。……それを確かめるためだけに、カイの身が危ぶまれたのか、と聞いているのだ。」ルーディスの声は静かだったが、その轟くような重みを含んだ声色からは、その内心は怒りであろうと察する分には十分すぎるほどだった。
サラは、ルーディスの心境を密かに慮っていた。サラにもカイより一つ年下の娘がおり、またカイ自体も、それこそエレメンタリーの頃から見てきたのである。
「……我々も、今回の件は酷く遺憾に思っており、またカイ様への敵の攻撃を通してしまったことを、酷く悔やんでいるところでございます。」サラは、ルーディスの荒れ狂う内心を沈めるようにそう言った。
「分かっている。」ルーディスは小さく呟いた。
CEOとしての仮面を削ぐわけではないが、今回の一件はあまりにもラインを越えすぎた。いかなる立場であったとて、そのままにしておくにはもう遅すぎる、とルーディスは思った。
「ふむ……、引き続き相手を探せ。業務妨害の罪を問わねばならん。」
「承知いたしました。」サラは丁寧に頭を下げた。
「ロシュカ、カイの調子はどうだ。」ルーディスの問いかけに、サラは再び下がり、今度はロシュカが前に出た。
「……概ね良好、とは、言い難いですね。」ロシュカは言葉を濁しかけたが、結局濁しきれずにそう言った。
どういうことだ、と言いたげなルーディスの視線を受けて、再度聞かれる前にロシュカは続ける。
「ASTD――覚醒–睡眠遷移障害が、明らかに悪化の傾向を見せています。」端的なロシュカの言葉に、ルーディスだけではなくサラの顔もまた苦しげに歪む。
「あぁ……、そのようだな。まぁ、あの病には治療法がない。父の代から解決策を模索してきた我々であっても、未だ延命療法しかできていないのだ。……このままでは、いずれ頭打ちになるだろうことは目に見えていた。」ルーディスは素直にそう言った。
「では、ロシュカ。……サラでもいい。カイの今後の展望は?」
「正直言って、芳しくありません。ますます睡眠と覚醒の切り替えがうまくいかなくなるでしょう。……ポッドのディープ・スリープを、起動するしかなくなります。」ルーディスの言いにくいであろう部分まで、ロシュカが先んじて彼に答えた。
「ですが、カイ・ブライトの肉体自体は至って健康ですし、精神的な乱れも大きくありません。ディープ・スリープは安定して実行できると思われます。」サラが、少なからぬ希望とでも言いたいように、付け足した。
「ふむ……、そうだな。後継の問題は依然として消えないが、カイの生命の存続を優先する他はないだろう。……ポッドの調整・点検は、引き続き行っておくように。NSS-01 "Morpheus"(NeoStella Sleep-Support system - 01)は、そのための特別製で、他とは違う。その性能を、決して損なわないようにしてくれ。」ルーディスの言葉と険しげな顔に、サラは再度「承知しました。」と頭を下げた。
「シーラ、お前から見て、あの子はどうだ?」ルーディスがスクリーン上のシーラに尋ねると、シーラは柔らかな笑みを浮かべながらこう言った。
「カイの状態は非常に安定しています。ですが心配事が多いようで、最近は少し、眉間に皺が寄っていますね。」シーラは穏やかに微笑んだ。
「心配事?」カイは、あまりそういうことを言わない。
自分には言えないことだろうか、とルーディスが思うよりも先に、シーラがその意を汲んでか、説明を続ける。
「そうですね、サラ研究長なら、もうすでに知っていらっしゃると思うのですが。」シーラはそこで一息おくと、スクリーン上からサラの方に目配せをした。
「昏睡中のドリーム・リンクで、ドライブ中毒者の女性に会ったそうです。」シーラは端的に言い切った。
「……。」ルーディスは、言葉を失っていた。
「ファルツ女子。」
「はい。」
「より詳しい説明を。」ルーディスに促され、サラはわずかに動揺を表に出しながらも、より詳細な説明を始めた。
「ふぅ……、これは、我々も後になってから気づいたのですが……。カイ・ブライトのリンク・スフィアのシステム・ログに、ドリーム・リンクアクセスの形跡がありました。履歴を探すと、その、『ドライブ中毒者』と思しき女性のアドレスが保存されておりました。」
「……なぜ、『ドライブ中毒者』だと?」その切り返しに、サラは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「えっと、ポラリス大学病院からの、提供情報にデータがあります。……その、長期入院患者だと。」サラの回答にルーディスはサングラスの下で目を細めた。
「なるほど。接続したのは院内ネットワークで、か。」ルーディスの言葉に、サラは大きく頷いた。
「はい、そうだと睨んでいます。ネットワーク・ログから分かった範囲ではありますが、正常終了せずに宙に浮いたセッションがバーチャル・ワールド側から再起動され、近くにあったアクティブなネットワークと接続しました。その後、ロシュカの持ち込んだアンドロイドシープデバイスによって、正規の安定的な回線へと復帰したものと思われます。」
「なるほど。シープはどうして持って行った?」ルーディスの言葉に、今度はロシュカが口を開いた。
「……シーラ嬢に、提案されました。それに巷では、ドライブ中毒患者が、バーチャル・ワールドに接続中のまま昏睡することが多い関係で、ネットワークを安定させるためにシープを持参するという話があります。それが、今回はいい方に働いたようですね。」ロシュカは淡々と説明をした。
「はぁ……、システム上、『ドライブ中毒者』の観測はほぼ不可能だ。」
「シーラ嬢からでも、見えないのですか?」ため息をつくルーディスに対し、ロシュカはシーラに話題を切り返す。
「えぇ、そうですね。システム上、ネットワークで追えないものは私であっても追えません。ですが、推測することは可能です。」シーラはおもむろにそう答えた。
「どういうことだ?」ルーディスもまた、期待するようにシーラに尋ねた。
「それはですね、アクセス中のユーザに紐づいたアドレスは、ネオステラ社が仕組んだワールド上の座標ではありません。すなわち、同じ位相には存在しない空間があるということです。そこを仮定するならば、アクセスしているにもかかわらず追跡できないユーザが、現状どこに存在しているのかを推測できます。」そのシーラの言葉に、ルーディス含めた3人が同時に息を飲んだ。
シーラの言っていることは少しややこしいが、もう少し噛み砕くならば、正規のワールドの地表とは別の地表にユーザがいるということになる。UI上にマーカーがあるからと言って、そのままそこにいるわけではない、ということか。
「はぁ……、なるほど。それは余計に表沙汰にするわけにはいかないな。」ルーディスは大きくため息をつくと、デスクの上のワイン・グラスを手に取り、わずかに残っていたアモンティリャード・シェリーを飲み干した。




