2. Broken BlueBird
「それで……、なんでお前がここにいるんだ……。」連れてこられた廃工場で、あからさまに顔を歪めながらハインはバートにそう言った。
しかしバートは特に表情を変えるようなこともなく、たださらりと揺れるボブカットに手をやり、耳元を軽く直しただけだった。
「なぜ……と、言われましても。」説明する気があるのかないのか、バートはいまいち釈然としない返答をする。
「アンチ・プロジェクトの活動には、私のような技術者が必要不可欠でしたので。」バートはハインの方を見ることなくそう言った。
「は?」どういうことかわからない、とハインが言うよりも先に、間に割って入ったのはハインを連れてきたカイラ自身だ。
「まぁまぁハイン?ちゃんと全部説明してやるんだから、ちょっとぐらい落ち着いたらどう?」カイラはニヤリと笑いながら、鋭い眼光をハインに向ける。
「そうだよ、ハイン……。あんまり騒ぐとみっともない……。」いつの間にかハインのそばへと近づいていたセレンが、ハインの袖を引っ張った。
「……わかったよ。じゃあ頼む。説明してくれ。」ハインが両手をあげながらそう言うと、カイラが「待ってました。」と言って笑った。
カイラの指示に従い、ステファンを含めた工場にいたメンバーはそれぞれ適当な場所に集まった。何人かはパイプ椅子に座り、何人かは廃材やドラム缶に寄りかかる体勢でカイラの言葉を待っている。セレンはハインに対して、近くの空き箱に座るように促し、自分もまた近くの空き箱へと腰掛けた。バートは少し離れた位置にある、2階へと上がる階段の柱に寄りかかっている。
「準備はいい?それじゃ、新メンバーのハインくんに、我々の活動を説明しまぁす。」カイラはハイスクールの教師を真似たような、わざとらしい口調でそう言った。
「まだメンバーじゃねぇって。」不貞腐れるように口を尖らせたハインに対し、カイラは「んー?」とわかっていないようなふりをした。
「ま、いいわ。ハインくんの気が変わらないうちにしないとね。」カイラはニヤリとして言った。
「まずはじめに、ここにいるのはアンチ・プロジェクトの主要メンバー。つまり、一番活動量の多いメンバーね。当然、私がリーダーってわけだけど……。」そこまではいい?と、カイラはハインに目配せをした。
「いつ立ち上げたんだよ。」
「大体2年前くらいかしら。……そうよね?」カイラは近くにいるステファンに確認を取る。
「そうそう……。最初は単なる憂さ晴らしって感じだったけど――。」
「んっんー。」ステファンの言葉を、途中でカイラが遮った。
「最初は数人の若者グループで動いてたんだ。でもその後で、ドライブ中毒者の家族って人たちの話も聞いて、正式にチームとして活動することにしたの。……それが大体、1年前ね。」カイラの説明は不明瞭だったが、今は突っ込むべきではない、とハインは堪えた。
「とはいえ、うちらだけじゃやれることとか限界あるし、結局若者の暴徒グループだと思われっちゃって成果とかも特にはなかったわけー。……ドライブ中毒者の情報提供スレッドとか、訴える系のスレッドとかも立ててみたけど、いまいちって感じだし……。」
「そうそう、オカルト・スレッドって、煽られてたな。」ステファンが笑いながら茶々を入れた。
「でも状況が変わったの。」カイラのトーンが急に変わった。
そこまでは割と笑いながら聞いていた周囲のメンバーも、どこか気を引き締めたように姿勢を整えている。やっと本題に差し掛かりそうな空気を察して、真剣な表情をするものもいれば、何人かはまだ落ち着かないように体をくねらせている。
「どう変わったんだよ。」ハインが先を促すと、カイラはもったいぶったようにこう言った。
「新しい協力者の存在よ。」
―ヒュー!
どこからともなく口笛の音が聞こえたと思ったら、ステファンだった。カイラは話の腰を折られることが好きではないようで、ステファンをじろりと睨みつけている。ステファンは理解したのかよくわからない様子で「へへっ。」と笑った。
「ねぇ、バート・クレイブ?……ポラリス・アカデミアの、優等生さん?」カイラは気を取り直すと、ハインにしたようなわざとらしい口調でバートを呼んだ。
「えぇ、そうですね。その認識で、相違ありません。」バートが目線をこちらへ向ける。
「暴徒なのか支援グループなのかよくわからない組織でしたので、少し技術面でお手伝いをしております。私と、……もう1人の技術者とでね。」バートはやや皮肉にも取れるような言い回しでそう言った。
「ん〜、暴徒って言わないでくれる?」カイラがやや憎々しげにバートを見つめる。
「……適切な表現だと思いますが?」バートは怖気付くでもなく、カイラを見つめ返した。
「チッ。」小さく舌打ちが聞こえた気がしたが、ハインたちはそれをスルーした。
「なぁ、技術者?って……、何してるんだ?」ハインは少し前に、カイラが『ブラック寄りのギーク』という言い回しをしていたことを思い出す。
「まさか……、ブラック寄りのギーク?」怪訝そうなハインに対して、カイラもバートも眉を持ち上げただけで、明確な返答はしなかった。
「おい……、式典妨害したのってお前らか?……カイが倒れて大変だったんだぞ?」やや怒りを顕にするハインに対し、カイラが涼しい顔でバートに言った。
「ほら、正解だったでしょ?」
「……そのようですね。」バートは小さく頷いた。
「なんのことだよ?」ハインが聞くと、バートは軽くメガネを直す。
「カイ・ブライトの存在と、ネオステラにおけるその重要性を、測るための攻撃でした。」バートは何食わぬ顔でそう言った。
「は?……どういうことだよ。」
「ネオステラ内部に協力者がいます。ただ、彼は権限的には中流らしく、上位層で扱われている研究資料にはアクセスできません。ですが、なんとか入手した情報によると、χというユーザデータが上位機密扱いになっていることがわかりました。」バートは淡々と説明を続けた。
「χというユーザIDがカイ・ブライトのものだということはわかっています。ですが、なぜカイ・ブライトが上位機密扱いになっているのかまではわからなかった。ですから、ネオステラ側がどう対応するのか、確認するのが目的でした。」
「……結果は……。」
「もちろん、成功です。あなたの行動ログを見ましたが、ネオステラは確かにカイ・ブライトという御曹司の存在を隠しています。もう……何年も。」呆然とするハインに構うでもなく、バートはさっさと説明を終えた。
ハインは新しく出た情報の多さに、わかりやすく頭を抱えた。そもそもハインはベガに住んでいる人間なのに、アンチ・プロジェクトのような裏ネットワークが存在することを知らなかったのだ。当然、セレンがそこに属していることも。
「でも、待て、バート。お前は、自分の大学のやつを昏睡状態にまでしたんだぞ?」ハインはバートに詰め寄った。
「そうですね。あなたがポラリス大学病院に行ったのも知っていますし、式典も自分で確認していましたから、当然知っていますよ。」バートはカイの身に起きたことについては、大して興味がないようだった。
ハインはその返答に、軽い目眩を感じていた。
「待ってくれよ……。いや、本当に待てよ。お前ら俺の動向も監視してたのか?」ハインは途端に大きな声で疑問をぶつけた。
「あー。まぁ、それはね?うん、必要悪ってやつよ。」カイラはやや気まずそうに言葉を濁し、バートは興味なさそうに顔を逸らした。
「くっそ、お前ら……。」ハインは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、小さく唸った。




